第三章 消えたルッキーニ  ──または、ポケットには入りきらないお宝

第一話


「宮藤さん、ルッキーニさんを見なかったかしら?」


 訓練を終えた午後。

 芳佳とリーネ、そしてペリーヌがミーティング・ルームでくつろいでいるところに、ミーナ中佐がやってきた。


「うぐんっ! ル、ルッキーニちゃんですか? いいえ」


 芳佳は食べかけのおはぎをみ込み、うれい顔のミーナに向かって答える。


「どうかしたんですか?」


「それが……昨日の夜から見かけないのよ」


 しゆつげきの時以外は、ほぼ好きに過ごしていいことになっているルッキーニのこと。

 基地のあちこちに作ったかくていて、見かけないことも多いのだが。


「確か……お昼にも、朝ごはんにも顔を出していませんね」


 と、おく辿たどるリーネ。


「それは変ですわね。あの意地きたなさが軍服を着て歩いている感じのルッキーニさんが、食事をかすなんて」


 ペリーヌもまゆをひそめる。


「うう、ひどい言われよう……」


 つぶやく芳佳。


「何かおっしゃいまして、まめだぬきさん?」


「だから、私は狸じゃありません!」


 芳佳はっぺたをふくらませたが、そうすると確かに狸っぽくなる。


「ともかく、見つけたら私に教えてちょうだいね。伝達こうがあるの」


 ミーナは三人にそう告げると、ミーティング・ルームから出ていった。


「どうせ隠れ家とやらでグースカ寝ているんでしょうから、ほうっておけばいいんですわ」


 ペリーヌはふんと鼻を鳴らすと、手にしていた雑誌を置いて立ち上がった。


「さてと、私は部屋にもどらないと」


 と、二人の前を横切るペリーヌ。


「……いいですこと、私は部屋に戻るんですのよ!」


 ペリーヌはとびらのところでり返り、もう一度念押ししてからミーティング・ルームを後にした。


「って、あっちは外……」


 部屋に戻るのなら、階段を上るべき。

 方向が違う。


「……さがしに行ったんだね?」


「た、たぶん」


 ペリーヌのあまりの演技力のなさに、顔を見合わせる芳佳とリーネ。


「私たちも行こう!」


「うん」


 二人はうなずき合い、立ち上がった。



「バルクホルンたい〜、ハルトマン中尉〜」


 芳佳たちは、ろうに出たところで、から戻ってきた二人に出くわした。


「おお、宮藤とリーネか、どうした?」


 れたかみつやっぽいバルクホルンはたずねる。


「ルッキーニちゃんを見ませんでした?」


「いいや。……そう言えば、今日は朝から見かけていないな。お前はどうだ?」


 バルクホルンはハルトマンを振り返った。


「見てないよ。隠れ家にいるんじゃないのか?」


 と、上気したはだでごげんな様子のハルトマン。

 だんはシャワー派の二人だが、ここ数日はネウロイらいしゆうの予測もなく、のんびりと湯船にかってきたようだ。


「そ、その隠れ家がいくつもあって、どれにいるのか……」


 リーネはいつもよりもさらに困り果てた顔をする。


「……大変そうだな。捜すのなら、私たちも手伝おう」


「え〜」


 バルクホルンの申し出に、ハルトマンは顔をしかめた。


「そ、そんな、悪いです!」


 顔の前で手を振る芳佳。


「そ〜だ、そ〜だ」


 ハルトマンは芳佳の背中に回ると、断固支持を表明する。


「気にするな、同じ隊の仲間だろう? ほら、貴様も寝ているひまがあるなら、少しは人様の役に立て」


 バルクホルンは、がっちりとハルトマンのうでをつかんだ。


「ええっと、それじゃあ、私と芳佳ちゃんはハンガーを見てきますから、お二人は二階をお願いします」


 リーネが頭を下げる。


「ああ、任された」


 快く頷いたバルクホルンは、ハルトマンを引っ立てて階段を上る。


「ほら、きりきり働かんか!」


「横暴だ〜! 湯冷めするよ〜、湯冷め〜!」


 ハルトマンのこうは完全に聞き流された。



「……何だか、大事になってきたな」


 ハンガーに向かって走って行く芳佳たちを、廊下の窓から見下ろした坂本はつぶやいていた。


「昨日、くしゃみをしていたから、あの子に薬をわたそうと思っただけなんだけど」


 とは、こんわく気味のミーナ。

 伝達事項という言い方が、芳佳たちには少しもったいぶり過ぎていたようだ。


「だが、ルッキーニはロマーニャ時代にも、母親にいたくて軍をだつそうした経験があるからな」


 坂本はルッキーニに関する軍の記録を思い出す。


「今のあの子は、そんなことしないわ」


 ミーナは頭を振った。


「特に、シャーリーさんが何かとめんどうを見てくれるようになってからは、ずいぶんと落ち着いているもの」


「実際には脱走でないにしても、だ。隊員が勝手に消えた、なんていうことが司令部に知れたら……」


「一部の人間がさわぎ立てるかも知れないわね」


 ミーナはしぶい表情になる。


「一部の人間? マロニー大将一派だろ?」


 せんとう機軍団司令官、トレヴァー・マロニーの名を口に出しながら、坂本も眉をひそめた。


「下手をすると、ウィッチーズのそんぱいまで話を持っていくかも知れないわ、あの人なら」


「ともかく、急いでルッキーニを見つけることだな」


「そうね。どこでだれの目が光っているか、分からないもの」


 二人は顔を見合わせると、芳佳たちに手を貸すために階下に向かった。



「し〜っ! サーニャを起こすな!」


 バルクホルンたちが扉をノックして部屋に入ると、エイラはご主人様を守る番犬のような目で二人をにらんだ。

 サーニャは部屋をちがえたようで、エイラのベッドの上でよくねむっている。


「わ、悪いな。ルッキーニをさがしているんだ」


「ここに寄んなかったか?」


 バルクホルンとハルトマンは尋ねる。


「……来た」


 ベッドの上で胡坐あぐらをかいたエイラは頭をく。


「何だと!? 何時だ!?」


「し〜っ! 声がおっきい!」


「ああっと、済まない」


「来たって言っても、昨日の夜だぞ」


 あくびをするエイラ。


「さんざん人の部屋で遊んで、かいちゆう電灯を持ってったんだ」


「懐中電灯、か」


 バルクホルンは考え込んだ。


「……これは何かの手がかりになるかもな」


「そうか〜?」


 と、ハルトマンは疑いの目を向ける。


「とにかく、宮藤にれんらくしよう」


 と、バルクホルンが芳佳の名を出したしゆんかん、今の今まで静かに眠っていたサーニャの目がパッチリと開いた。


「……宮藤さんがどうかしたの?」


 サーニャは起き上がり、エイラの顔を見る。


「あ〜っ! な、何でもないんだ、何でも! サーニャはつかれてるんだから、寝てていいって!」


 寝かしつけようとするエイラ。

 そこに。


「いや〜、ルッキーニが行方ゆくえ不明でさあ。宮藤たちと捜してるんだ」


 ハルトマンが笑いながら、余計なことをサーニャに告げた。


「……私も捜します」


 サーニャはベッドから起き上がり、え始める。


「サ、サ、サ、サーニャ! みんなの前で脱ぐんじゃない! わ〜かった! わかった、私も捜すから!」


 エイラは真っ赤な顔をして、スッポンポンになろうとするサーニャの頭から毛布をかぶせた。



 一方。

 ハンガーでは、ペリーヌがそれとなくシャーリーにさぐりを入れようとしていた。


「……どうしたんだ?」


 魔道エンジンのけいしや配分を調ちようせいしていたシャーリーは、ほおについたオイルを手のこうぬぐい、さっきから自分の周りをグルグル回っているペリーヌに声をかける。


「い、いえ、別に。……ただの散歩ですわ」


 ルッキーニのことを心配しているりなど見せようものなら、絶対にからかわれると思い、ペリーヌはなかなか切り出せない。


「……もしかして、胸を大きくする方法、聞きに来た?」


「な訳ありますかあああああっ!」


 やっぱりからかわれる運命である。


「そ、そう言えば」


 ようやく、話をルッキーニに持ってゆくペリーヌ。


「今日はそこらへんのはりに引っかかってませんの、例のくろねこむすめ


 実際は、ルッキーニが飛行時に出す使い魔の耳と尻尾しつぽは、黒猫ではなくて黒ひようなのだが。


「ん? ルッキーニか? そういや、昨日の夜、カナヅチとか板とか、あとロープとか持って走り回ってたのは見たけど……」


 シャーリーはまゆをひそめる。


「……あれから、見てないな」


「カナヅチと板、それにロープですか?」


 またどこかにかくを作ろうとしていた、と考えるのがとうな線だろう。


「……なあ?」


 考え込むペリーヌを、シャーリーはじっと見つめた。


「あいつのこと、心配してくれたのか?」


「べ、べ、べ、べ、べ、別に心配なんか!」


 どうよういちじるしいペリーヌ。


「ただ、ミーナ中佐が捜していたので、もしかしたらこっちに、なんて思っただけですわ!」


「……ありがとな」


 シャーリーは微笑ほほえんだ。


「けど、全然姿が見えないのか?」


「まあ、よくあることですけど、それでも朝食と昼食をくなんてこと、あの子らしくないと思いません?」


「…………」


 シャーリーはヘルメットを手に取り、バイクを引っ張り出してきた。


「ど、どこへ行くんですの!?」


「近くの村!」


 バイクのエンジンをふかしながら、シャーリーは答える。


「村の子供たちと、あいつ仲いいだろ? 村まで遊びに行ってるのかも知れない!」


「……お供しますわ」


 少しためらった後に、ペリーヌはシャーリーの後ろに横座りで乗った。


「二人でさがしたほうが、早いでしょう?」



「はい、隠れ家を作る道具を持っていたんですね。分かりました」


 村に向かうちゆうのペリーヌから連絡を受けたのは、芳佳たちがミーティング・ルームにもどった時のことだった。


「バルクホルンさんたちは、懐中電灯を持って行ったって言ってたよね、芳佳ちゃん」


 と、リーネ。


「う〜ん、暗い場所ってことだよね」


「それで、隠れ家を作れる場所って……」


「……地下!」


 二人は顔を見合わせ、同時に言った。


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