第四話


 その夜。


「ねえ聞いて」


 夜間飛行訓練に飛び立った芳佳は、星空の下を飛びながら二人に告白した。


「今日はね、私の誕生日なの」


「……え?」


「何でだまってたんだよ?」


 と、サーニャとエイラ。


「私の誕生日は……お父さんの命日でもあるの」


「…………」


「何だかややこしくって、みんなに言いそびれちゃった」


「……鹿だなあ、お前」


 エイラはふわりと芳佳の上に出る。


「こ〜ゆ〜時には、楽しいことを優先したっていいんだぞ」


「え〜、そういうものかな?」


「そうだよ〜」


「宮藤さん……耳をまして」


 サーニャがめずらしく目をらさずに芳佳に言った。


「え?」


 かんだかい雑音に混じり、人の声と音楽がかすかに聞こえ、それが、だいにハッキリしてきた。


「……あれ、何か聞こえてきたよ」


「ラジオの音」


 ちょっとおもしろくなさそうにボソリと言ったのは、エイラ。


「夜になると空が静まるから、ずっと遠くの山や地平線からの電波も、聞こえるようになるの」


「へえ、すごいすごい! そんなことできるなんて!」


「うん。飛ぶ時はいつも聞いてるの」


「……二人だけの秘密じゃなかったのかよ?」


 エイラはサーニャに近寄ると、そっとささやいた。


「ごめんね。でも今夜だけは特別」


 ゆるして、というようにサーニャは微笑ほほえむ。


「ちぇ、しょうがないな〜」


 頭の後ろでうでを組んだエイラは、ローリングしてサーニャからはなれた。


「え、どうしたの?」


 サーニャの顔を見る芳佳。


「うん。あのね……」


 少しはにかむサーニャと芳佳の間に、エイラは割り込んだ。


「あのな! 今日はサーニャも……」


 と、彼女が説明しようとしたそのしゆんかん


「あ!」


 サーニャの魔導針が反応を示した。


「どうした?」


 厳しい表情でエイラがたずねる。

 そのエイラの耳にも、インカムをかいしてサーニャが受信した音が流れ込んでくる。


「!? 何だ!?」


 つうの楽器の音とも、何かの声ともちがう音。

 だが、これはまぎれもなく……。


「これ、歌だよ」


 芳佳は言った。


「どうして?」


 つぶやくサーニャ。

 急接近してくるネウロイが放つこのせんりつは、まさに、普段、サーニャが歌っている歌だったのだ。



 同じ頃。


 第501統合せんとう航空団基地のかんせいとうも、ネウロイの歌をとらえていた。


「これが、ネウロイの声……?」


 今までになかったネウロイの行動に、ミーナはこんわくを禁じえない。


「サーニャを真似まねてるってのか? ……サーニャは!?」


 坂本はミーナを見る。


「夜間飛行訓練中のはずよ。宮藤さんたちといつしよに」


 ミーナはすぐにローテーション表でかくにんした。


「すぐ呼びもどせ!」


「無理よ! この状態じゃ、どこにいるのかも!」


 レーダーの画面は真っ白。

 基地は完全に目を失った状態だ。


「そうか……敵のねらいは……」


 坂本はくちびるめた。


「……どうして?」


 ネウロイの歌にきようがくしたサーニャは、その場から動くことができなかった。


「敵か、サーニャ!?」


「ネウロイなの!? どこ!?」


 エイラと芳佳が声をかける。


「二人とも、なんして! ……!」


 とつぜん、何かを感じ取ったサーニャは芳佳たちをり切るように急じようしようした。

 雲から発射されたビームがそのサーニャをかすめ、左のストライカーユニットをき飛ばした。


「サーニャ!」


 バランスをくずしてついらくしかけるサーニャを、エイラが受け止める。


「馬鹿! ひとりでどうする気だよ!」


「敵の狙いは私……間違いないわ」


 エイラのそでをつかむサーニャの指に力がこもる。


「私から離れて……一緒にいたら……」


「馬鹿! 何言ってんだ!」


 るエイラ。


「そんなこと、できる訳ないよ!」


 芳佳も頭を振る。


「だって……」


「…………」


 エイラはサーニャを芳佳に任せ、右手にサーニャのフリーガーハマー、左手にMG42を構え、芳佳たちの前に出た。


「どうするの?」


 と、芳佳。


「サーニャは私に、敵の居場所を教えてくれ」


 エイラは二人を振り返った。


だいじよう、私は敵の動きを先読みできるから、やられたりしないよ」


 いったん、サーニャから離れたネウロイは、再び高速でこちらに向かってきている。


「あいつはサーニャじゃない。あいつはひとりぼっちだけど、サーニャは独りじゃないだろ? 私たちは絶対、負けないよ」


 エイラの言葉に、芳佳もサーニャにがおを向ける。


「……うん」


 うなずいたサーニャの魔導針がかがやいた。


「ネウロイはベガとアルタイルを結ぶ線の上を、まっすぐこっちに向かってる。きよ約3200……」


「こうか?」


 東の空、天頂近くに輝く織女星ベガ、銀色の天の川をはさみ、東南のやや低いところに位置する彦星アルタイル

 エイラは指示されたコースに照準を合わせる。


「加速してる。もっと手前を狙って……そう。あと3秒」


「当たれよ!」


 フリーガーハマーのトリガーが引かれると同時に、芳佳たちのすぐ下をビームがかすめた。

 連射されたフリーガーハマーのロケットだんが、雲の中に光球を生み出す。


「外した!?」


 自分たちの真下を通過し、ネウロイはせんかいした。


「いいえ。速度が落ちたわ。ダメージはあたえてる……」


「戻ってくるわ!」


 サーニャは再びネウロイの接近を感知する。


「戻ってくんな!」


 ロケット弾をれんしやするエイラ。


「よけた!」


 ネウロイは左右にたくみに機体を振り、ロケット弾をかわす。


「くそっ、出て来い!」


 最後の一発。

 これがネウロイの機体を捉え、光のへんが飛び散った。


「出た!」


 雲の中から、こちらに向かってまっすぐに上昇してくるネウロイ。


「エイラ! げて!」


「そんなひまあるか!」


 フリーガーハマーを捨てたエイラは、MG42をネウロイに浴びせる。

 くだけ飛ぶ破片。

 だが、ネウロイの速度は大して変わらない。


「!」


 芳佳はエイラの前にシールドを張った。

 それがネウロイのビームをはじき、赤いせんこうが周囲に拡散する。


「気がくな! 宮藤!」


「大丈夫! 私たち、きっと勝てるよ!」


「それが、チームだっ!!」


「……あ」


 サーニャは芳佳がかたにかけていた九九式をにぎると、ネウロイに向けてトリガーを引いた。

 無数の破片を飛ばし、ほうかいしてゆくネウロイ。

 そして、き出しになったコアに、とどめの一弾が命中した。


「……まだ、聞こえる」


 エイラはつぶやいた。

 ネウロイが消えたはずのわたった空に、サーニャの歌がひびいている。


「何で……やっつけたんじゃ?」


 と、サーニャを肩で支えている芳佳。


ちがう」


 サーニャは空を見上げると、片肺で月に向かって上昇してゆく。


「これは……お父様のピアノ」


「そうか! ラジオだ!」


 芳佳はハッと気がついた。


「この空のどこかからとどいてるんだ……すごいよ! せきだよ!」


「いや。そ〜でもないかも」


 と、言ったのはエイラ。


「え?」


「今日はサーニャの誕生日だったんだ……正確には、昨日かな?」


 すでに、れいを回っていた。


「え……じゃあ、私といつしよ……!?」


「サーニャのことが大好きな人なら、誕生日を祝うなんて、当たり前だろ? 世界のどこかにそんな人がいるんなら、こんなことだって起こるんだ。奇跡なんかじゃない」


「エイラさんって、やさしいね」


「そんなんじゃねえよ、鹿


「馬鹿って……」


「お父様……お母様……サーニャはここにいます」


 サーニャはいのりをささげるように、どこか遠くにいる両親に語りかけていた。


「ここに……います」


「お誕生日おめでとう、サーニャちゃん」


 月光の真ん中で輝くサーニャに向かい、声をかける芳佳。


「……あなたもでしょ?」


 サーニャはまっすぐに芳佳を見た。


「え?」


「お誕生日おめでとう、宮藤さん」


「おめでとな」


 月明かりの波間をただよいながら、エイラもがおを向ける。


「……ありがとう」


 誕生日はうれしい日。

 今の芳佳なら、心からそう言えそうだった。



  * * *



 翌日の昼ごろ

 ミーナちゆうと坂本少佐は、宮藤一郎博士の墓をおとずれていた。

 すでに芳佳たちが墓参りに来たあとらしく、墓標はいろあざやかな花でくされている。


「今回のネウロイは、明らかにサーニャにこだわっていた。行動を真似まねしてまで」


 ミーナと並んで立つ坂本は言った。


「ネウロイに対するにんしきを、改める必要があるのは、確かなようね」


「上の連中、このことをどこまで知っていると思う?」


「さあ」


「もしかしたら、私たちより多くのことをつかんでいるのかも」


「うかうかしてはいられないか」


 そう言葉をわした坂本たちが、墓標の前に座ったその時。


「……お」


「あ」


 二人は花束の間に置かれた、一枚の写真に気がついた。

 写っているのは、バースデーケーキを前に、仲間に囲まれた芳佳とサーニャの笑顔。


 写真にえられた言葉に、坂本とミーナはクスリと微笑ほほえんだ。



  15才になりました

  サーニャちゃんは14才です!

  芳佳

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