第四章 第五話


 巨大ネウロイがほうかいしながら海中にぼつするのを見とどけて、ルッキーニと芳佳は村へと降りてきた。


「くったびれた〜」


 ゴムがびきったパンツを引き上げるルッキーニ。


「芳佳ちゃ〜ん!」


 と、手をってけてくるのはリーネである。

 坂本とシャーリー、ペリーヌも、高度を落としてこちらに向かってくる。


「リーネちゃん! よかった〜! は〜!?……っと?」


 芳佳もリーネに向かって駆け出そうとして、みずまりにはまってベチャッと転んだ。


「あたたた……、リーネちゃん、だいじよう!?」


 顔をどろだらけにした芳佳は、リーネに飛びついた。


「うん! 全然平気だよ〜! 飛行脚ストライカーが、私を守ってくれたみたい!」


 むしろ、リーネとしては、芳佳の方が心配だという様子でしようする。


「……ほんとに不思議……何なんだろ、芳佳って?」


 リーネと抱き合ってきゃあきゃあと喜ぶ芳佳を見つめながら、ルッキーニはつぶやき、かぶりを振った。


「ん、あいつか?」


 ちょうど降りてきた坂本が、ルッキーニのかたに左手を置く。


「うまくは言えないが」


 と、前置きしてから、坂本は言った。


「あいつがいざという時に力を見せるのは、約束、だからだろうな」


「約束?」


「その力をたくさんの人を守るために」


「え?」


「それが宮藤博士のめいであると同時に、宮藤芳佳というひとりの少女がき父親とわした約束なんだ」


「……約束ねえ? やっぱ、よく分かんないや」


 またまた首をかしげるルッキーニ。

 どうやらルッキーニにとって、芳佳は永遠のなぞのようだ。

 と、そこに。


「親分!」


「おやぶ〜ん!」


 村の子供たちが手を振って、ルッキーニのまわりに集まってきた。


「さっすが、親分!」


「親分、最高!」


 尊敬のまなざしを、ルッキーニに向ける子供たち。


「言ったでしょ、あいつを落とすって?」


 ルッキーニは胸を張って、ふと気がついた。


(……そっか。こういうこと)


「あたしも……、約束、守ったんだ」


 少女の口元には、いつの間にか微笑ほほえみがかんでいた。



「残念ですよ〜、村のみんなに取〜って置きの、宮藤特製タコ焼きをごそうする前に、しんぼく会が終わっちゃって」


 坂本のうでの手当てをしながら、芳佳は言った。


「一応、聞きますけれど、それは人間が食べても害がないものなのでしょうね?」


 疑いの視線を向けるペリーヌ。


「あ、当たり前ですよ!」


「どうだか?」


「ま、それは次の機会のお楽しみ、だな」


 と、坂本が包帯を巻いた腕を軽く回しながら立ち上がったところに。


「どうやら、ロンドンの方も無事に守れたようですな」


 オーウェルが頭をきながら、坂本の前にやってきた。


「ええ、おかげさまで」


 軽くしやくする坂本。


がいはほとんどゼロ。これじゃ大したニュースにはなりそうにありませんよ」


 オーウェルは言った。


「そのわりには、楽しそうな顔をしていらっしゃるが?」


 坂本はたずねる。


「実は、前に無くしたものを、ぐうぜんこの村で拾いましてね」


「無くしたもの?」


「ええ。きようっていう、つまらんガラクタです。今はここにしまってありますよ」


 オーウェルは自分の胸を指さし、それからカメラを構えた。


「一枚、よろしいですか? ウィッチーズのみなさん、ご一緒に?」


「……構わんでしょう」


 坂本はうなずき、みんなを呼び寄せる。

 坂本に寄りうペリーヌ。

 リーネと並ぶ芳佳。

 そして、シャーリーの胸をつかむルッキーニ。


「はい、笑って!」


 パシャリ!

 オーウェルはシャッターを押した。


 しばらくして、親睦会の後片づけも終わり……。


「芳佳〜」


 基地に帰るトラックに乗り込もうとする芳佳の背中に、ルッキーニは声をかけた。


「はい?」


 り返る芳佳。


「ありがと」


「えへへ」


 芳佳はちょっとっぺたを赤くして、照れくさそうに笑った。

 そして……。


  * * *


 翌日のトリビューン紙の第一面をかざったのは、次のような記事だった。


   『魔女たちの救いしもの』


 先日、しゆしようの視察をねらったかのようにロンドンをきゆうしゆうしたネウロイは、ヴィルケ隊長、Wエースのハルトマンちゆう、バルクホルン大尉を始めとする第501統合せんとう航空団、ストライクウィッチーズのかつやくによってげき退たいされた。

 だが、このテムズ上空の戦いが注目される一方で、ストライクウィッチーズの別働隊が、名も無き小さな村を救ったことも無視できない。

 ロードマップを見ても、その名を見つけることの難しい、小さな寒村。

 その田舎いなかの村もまた、我らが首相が、れきしたきならんとしていたその時に、ネウロイの襲撃を受けていたのである。

 戦略上も重要とはとうてい思えない、小さな村を攻撃したネウロイの意図は不明である。だが、彼らを撃退したウィッチたちは、ひとつの大きな戦果を挙げた。

 村を守ったウィッチの半数以上はWエースと比べると未熟な、若い乙女おとめたちである。リベリオン、ガリア、扶桑、ロマーニャと、こくせきも区々な彼女たちは、おのれの命をかけて、ロンドン防衛のために見捨てられてもいたかたないと思われる村と、そこに住む人々を守り通した。

 そうして勝ち得たのだ。

 村の人々のしんらいと友情を。

 これは、何ものにも代えがたい戦果と言えよう。

 魔女たちは、だれも見捨てはしない。

 多くの人々を守るため。

 そのために、今日も彼女たちは大空を飛び続けるのだ。



「……名も無き村、は失礼よねえ」


 新聞を机に置いたミーナは、クスリと笑った。





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