第四章 第四話


「何ですって!」


 ロンドンの司令部からのれんらくを受けたミーナは息をんでいた。


「チャーチルしゆしようさい視察のためにロンドンのシティ地区に!?」


「ネウロイの進行速度と進路を考えると、ちょうど首相の上空が戦場となります!」


 無線の声もきんちようしている。


「どうして退たいさせないの!?」


「そ、それが……」


「首相、お願いです! お車に! 安全な地域まで急いで避難を!」


 地上では、秘書官がチャーチル首相を移動させようと、必死の説得に努めていた。


「まだ、市民の避難が終わっておらんよ」


 チャーチルは葉巻きをくゆらせ、れきの山にこしを下ろした。


げるのは、ロンドン市民がすべて、避難を終えてからだ」


「し、しかし!」


「いいかね」


 チャーチルは、秘書官に落ち着いた声で語りかけた。


せんきよう厳しき折には、政治家が取るべき道は二つしかない。ひとつは、はんげきの時を待ち、退いてしのぶ道。もうひとつは、断固としてとどまり、がいを示す道。今、取るべき道は後者だよ」


「……首相」


「こうして市民をげきれいするために視察におとずれておきながら、いざ、敵を前にして尻尾しつぽを巻いて逃げ出すことは、一国の首相として断じてできんだろう?」


 チャーチルはそう言うと、葉巻きのけむりを吸い込み、気持ちよさそうにあおい空を見上げた。


「さすがは戦時の名さいしようと言ったところ?」


 無線でくわしい説明を受けたミーナは微笑ほほえみ、ウィッチーズに指示を出す。


「被害を最小限におさえるため、速度を上げて、テムズ川上空でネウロイを撃退します! みんな、いいわね!?」


 ここで魔道エンジンをフル回転させて速度を上げれば、その分、せんとうついやす時間は短縮される。

 おそらく、五分以下に。

 だが、長年いつしよに戦ってきたWエースへの絶対のしんらいが、ミーナの決断をうながした。


りようかい!」


 ウィッチたちは、魔道エンジンの出力を上げる。

 やがて、テムズ上に出て、川沿いに飛ぶウィッチーズの前に、ロンドン橋が見えてくる。


「ロン〜ドン・ブリッジ・イズ・フォ〜リンダウン……」


 古いどうようを口ずさむエイラ。

 そのあまりのきつさに、バルクホルンまでもがき出しそうになる。


「バルクホルンとサーニャ、ハルトマンとエイラのロッテでいきます!」


 降下してゆくきよだいネウロイ。

 そのえいとらえたミーナは命じた。

 ネウロイの方もこちらに気づき、ビームを放ってくる。

 ビームはかわへも命中し、白い蒸気が巨大ネウロイを包み込む。


「目くらましのつもり!?」


 エイラに小型機を任せて、蒸気の中に突っ込んでゆくハルトマン。

 後に続くエイラも期待にこたえ、小型機をハルトマンに近づけさせない。

 最初ににんしたしゆんかんから、ハルトマンののうには巨大ネウロイの姿が、コアの位置までもが焼き付けられている。

 目くらましは無意味だ。


「そこっ!」


 ブウン!

 ハルトマンのにぎるMG42から連射されたじゆうだんが、上皮組織をけずり、その下のコアをかいした。

 一方。

 もう一機の巨大ネウロイは、げいげきのために小型ネウロイを放とうと、下方のハッチを開き始めていた。


「……はなれるな」


 ギュン!

 サーニャに声をかけて、バルクホルンはそのハッチからネウロイ内部にしんにゆうする。

 ブウウウウウンッ!

 背中合わせになって、身体からだを回転させながらのうような乱射。

 無数の銃弾がないへきに吸い込まれ、バルクホルンとサーニャがコアを突きけて外に飛び出た瞬間。

 ピカッ!

 巨大ネウロイはかたむき、せんかいしながらテムズに落ちていった。


「残り一機!」


 小型ネウロイをそうとうしながら、確認するミーナ。

 バルクホルン隊とハルトマン隊は、きそい合うように最後の巨大ネウロイへと向かってゆく。

 そして、げきつい


「いつもより早いじゃない?」


 Wエースのだいたんな戦い方に目を細めるミーナに、司令部をかいして首相秘書官からのれんらくが入る。


「トゥルーデ、フラウ」


 あいしようでバルクホルンとハルトマンに呼びかけたミーナは、首相秘書官からの命令を伝えた。


「下に降りて、首相とあくしゆする写真をらせろって言っているけど?」


 ロンドン橋近くのはんには、秘書官やマスコミに囲まれた首相の姿が見える。


「ふん、くだらん」


 ミーナの予想通り、バルクホルンは言い捨てた。


「基地にもどり、補給。それから再出撃だ」


「そうそう、心配だものね、あの子たち」


 と、ハルトマン。


「べ、別に心配はしていない!」


 バルクホルンはほんの少しほおを赤くすると、先行して基地に向かう。


「……と、いうことです」


 ミーナは司令部に伝えると、チャーチル首相に向かって敬礼し、それからバルクホルンたちの後を追った。


  * * *


「……私は……まめだぬきじゃないですっ!」


 ネウロイ上部から4、50mほど落下したところで、芳佳は何とか体勢を立て直した。


「ごめんなさい、ルッキーニちゃん! 、してませんか!?」


「う、うん。だいじよう!」


 パンツはかなりびたものの、ルッキーニの身体に怪我はない。

 だが。


「もう一度、コアに接近します」


 そう言った芳佳の軍服の右わきには、赤いものがにじんでいた。


「芳佳、血!」


「自分で治せますよ。でも、今は……あいつを……」


 しやべたびに、ほんの少しつらそうな表情になる芳佳。


「でも!」


「守るんでしょ、子分さんたちを? ルッキーニちゃん、そう約束したじゃないですか?」


「芳佳……」


「いきます!」


 芳佳は上昇し、またネウロイの上方に回り込む。

 ギュン!

 げきとつ寸前まで急降下。

 ビームととげをかいくぐって、ルッキーニと芳佳はコアを探した。


「どこ!? コアはどこよ!?」


 シールドに棘がぶつかる度に、二人の身体からだに衝撃が走る。


「……見つけた! あそこです! あそこにコアが!」


 芳佳は指さした。

 同時に、ルッキーニのひとみかがやくコアをとらえる。

 きよ約300。

 風、向かい風。


(今!)


 トリガーを引くルッキーニ。


ごたえあり!)


 音速をえ、コアに向かって真っぐに飛ぶ銃弾。

 だが。

 ピカッ!

 突然、ネウロイのコアが、こう状のビームにおおわれた。

 銃弾はビームにれると、白熱化してジュッと蒸発して消失する。


「何、あれ! 反則! ずっるい!」


 さけんだルッキーニは芳佳をり返る。


「ど、どうしよ!」


「え、ええっと……ちょっと待ってて!」


 芳佳はいったんきよだいネウロイから距離を取ると、ルッキーニをその場に残し、再度ネウロイに接近する。

 おそいかかるビーム。

 フィールドでビームをそらしながら、芳佳は棘の間をうようにして飛び、もう一度コアに近づく。


「あれが……さい気球であんなに苦労したヤツの飛び方か?」


 小型ネウロイをげきついしながら、シャーリーは芳佳の飛行能力に目を見張った。


「いける……いって!」


 だんぎらいしていることを忘れ、ペリーヌもいのる。


「!」


 ダダダダッ!

 だんそうの13・2mm×99弾を、ありったけたたき込む芳佳。

 だが、ギリギリまで近づいての連射もすべて、回転する格子状のビームにはばまれてしまう。


「……やはり、か」


 らくたんの表情をかくしきれない坂本たち。

 だが。


「ルッキーニちゃん!」


 芳佳はルッキーニを待たせていたところまでもどってくると、再びルッキーニのパンツをつかんだ。


「格子のすき、2cmくらいありますよ! 回転の速度は大体一秒に一回ぐらい!」


「ど、どうする気!」


 背中からこしのあたりをきかかえられる格好になったルッキーニは、いつしよじようしようしながらたずねる。


「コアの真上に出て、そこから急降下します。私がルッキーニちゃんをかかえたまま、格子に合わせて身体を回転させますから、ルッキーニちゃんは格子の隙間からコアをいてください」


「無理だよ! あたしには無理!」


 確かに、身体を回転させる速度が格子の速度とピッタリ合いさえすれば、格子は静止しているのと同じ。

 だがそれでも、その隙間は銃弾が通り抜けられるギリギリのはばだ。


「きっとできます! 私、ルッキーニちゃんのこと、信じてますから!」


 急上昇をかける芳佳。


「……芳佳」


(そっか。リーネが言ってたの、こういうことなんだ。芳佳が勇気をくれるって……)


 芳佳とルッキーニは、ネウロイのコアの上空に出た。

 この高さからだと、巨大ネウロイがつうせんとう機程度の大きさにしか見えない。


「いきますよ!」


「もう! なるようになるわよ! マンマ・ミーア!」


 ルッキーニがうなずくと同時に、芳佳は垂直に急降下する。


「回転速過ぎ!」


 照準を合わせながら、芳佳に指示を出すルッキーニ。

 芳佳はわずかに回転の速度を落とす。


「今度はおそい!」


「はい!」


「もう少し……そう……今! バッチリ!」


 格子と芳佳の回転速度がいつした。


「あたしがあたしを信じらんなくても……あたしには、あたしを信じてくれる仲間がいる!」


 照準の先には、幅2cmの格子の隙間。


「この一弾に……乗っかれ、あたしの勇気!」


 ルッキーニはトリガーをしぼった。

 M1919A6のじゆうこうから放たれた一弾が、真っぐにコアを目指し……ビームのこうをすり抜けて命中した!


「……ったーっ!」


 光に包まれるコア。

 巨大ネウロイはゆっくりとかたむき、旋回しながら海へと落ちていった。


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