第三章 第三話


 一方。


「あんたねえ、この陽気でスキー持ってきてどうすんの?」


 ルッキーニは、夏のなかにスキー板とストックをかかえてやってきたエイラを見て、頭を抱えていた。


「だから、予告編だって」


 ごていねいにヤッケまで着込んだエイラは、クイクイとこしひねって、雪山をすべり降りる真似まねをして見せる。


「へ?」


「冬のしんぼく会に、うご期待ってこと」


「予告編だけかい! って、あんた、あたしたちをからかうためだけに、スキー持ってきたでしょ!」


「おお、当たり」


 わざとらしくおどろくエイラ。


「むしろ、ピンポイントでルッキーニをからかうためだったり?」


「……もういいから」


 ルッキーニは白旗をげた。


「裏に行って、子供たちに配る風船ふくらますの、手伝ってきて」


「はいはい、りようかいです……ルッキーニ隊長どの〜」


 エイラは舌を見せながら敬礼し、ヨタヨタとスキーをかついで退場した。


「オメ〜、確かこの前、うちの畑にっ込んだむすめだよな」


 お好み焼きと焼きそばを出す芳佳の屋台に、中年の農夫がやってきて笑いかけた。

 芳佳は、坂本少佐からもうとつくんを受けている時に、何度か村の近くについらくして、麦畑に大穴を開けている。

 この間、というからたぶん、二週間前の訓練のことだろう。


「そ、そ、その節はごめんなさい!」


 ねじりはちきにはつ姿の芳佳は、ひざに額をぶつけそうなほど深々と頭を下げる。

 わらの山に突っ込み、おしりだけを出して、無様にもがいていたところを引っ張り出してくれたのは、この農夫であることを芳佳は思い出した。


「まあ、いいってことよ」


 農夫はニットぼうの上から頭をいた。


ぁ、なかったか?」


「はい! もう元気いっぱいです!」


「その、パイみたいの、俺にひとつくれ」


「はい! これ、扶桑名物、お好み焼きって言うんですよ! あおと桜えび、サービスしておきますね!」


 お好み焼きは、たっぷりと緑と赤に染まった。

 そのとなりの、リーネの屋台では。


「へえ〜、あんたんとこじゃ、塩を入れないんだねえ」


 村の主婦たちが、プレーン・スコーンのねるリーネのぎわを、感心した顔つきでながめていた。


「はい! その代わりにほんの少しだけ、レモンじるを入れるんです! うちの秘伝なんですよ!」


「今度ためしてみようかしら?」


「それに、こっちのルバーブのジャムはですね」


 ワイワイやっている様子は、ほとんど、オバサンのばた会議である。


「そんでよ、こいつ、畑耕すのに使えんのか?」


 ストライカー・ユニットの展示場では、シャーリーが農夫たちのばやの質問にタジタジとなっていた。


「ええと……どうかな?」


 答えにきゆうするシャーリーは、小さくつぶやく。


どうエンジンのトルクとかエネルギー配分だったら、説明できるんだけどな……」


「水車には使えねえのか?」


 スペック的な数字よりも、ようの方が気になる農夫たち。


「た、たぶん、無理じゃないかと」


だつこく機にはならねえのか?」


「んじゃあ、まきりには?」


かんがいポンプに使うのにゃ、どんだけこれを並べればええのかの?」


「……だれか代わってくれ」


 楽をしようと思っていたのに、びんぼうくじを引いてしまった感じだ。


「……これがストライカー・ユニットですか?」


 ちょうどそこに立ち寄ったガレットしようが、シャーリーに声をかけてきた。


「間近に見るのは初めてですが、洗練された魔道エンジンですね」


「調整状態もいい。特にこれ」


 ガレットは展示中の三機の飛行脚ストライカーのうち、みぎはしのユニットを指さす。

 シャーリー自身のP‐51Dだ。


「無骨な機体に見えるけれど、かなりせんさいに仕上げてあります。といっても、これをあやつるのは、あらうまくらなしで飛び乗るようなものでしょうが」


「えへへ。分かるんだ?」


 められると、顔がほころぶシャーリー。


「家が機械屋なので、大いに興味がありますよ」


 と、ガレット少尉もつられて笑う。


「へえ?」


「うちであつかっているのは、農耕機やポンプ用の小さなエンジンですけどね。サフォーク州のレーストンという小さな町の会社で、僕がげば三代目になります」


「じゃあ、こんどチューンナップを手伝ってもらおうかな?」


「私でよければ。エネルギー配分はどうなっています?」


「今のところは……ほら、このくらい。でもさ、実戦になったら……」


 二人は村人そっちのけで専門的な話に花をかせた。


「さあさ、みなさんのお待ちかね! ストライクウィッチーズのはなの中の華! 赤毛のてきなお姉様! 女こうしやく、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの登場で〜す!」


 はくしゆの中、ルッキーニの前説で、白いドレスにえたミーナがステージに姿を現わした。

 一礼したミーナは静かに、故郷カールスラントの映画で使われた流行はやり歌を歌い出す。


 この世に生まれ ただひとたび

 夢ともまごう 素晴らしさ

 うたかたに 天から降りしこんじきの光

 この世に生まれ ただひとたび

 夢か、それともまぼろし

 二度とはない喜び

 この世に生まれ ただひとたび

 二度とは帰らぬ 美しきおもい出

 この世に生まれ ただひとたび

 春のつぼみがほころんで

 花開く時に


 言葉のちがいを飛びして、村人たちの胸をめ付ける愛の歌。

 客席のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてくる。

 芳佳などはもう、なみだダラダラでハンカチをはなすことができない。


「ふと〜ももが〜つやっぽさ〜ばくはつじゃあ〜、中佐どの〜」


 国防市民軍の老スコット少尉もかんるいしているが、こちらはいささか目つきがよこしまである。

 歌い終わった時には、ロンドンの大ホールのコンサートにまさるともおとらぬねつきようが、ちようしゆうを包み込んでいた。


  * * *


「リ〜ネ! 何か飲み物〜」


 ステージが小休止に入ったところで、リーネの屋台にルッキーニがけ寄ってきた。


「ルッキーニちゃん、ごくろうさま〜。オレンジ・ジュースでいい?」


「うん!」


 ルッキーニは、リーネが差し出したグラスのジュースを一気に飲み干した。


「素敵だったね〜、ミーナ中佐の歌」


 リーネはうっとりとした表情で微笑ほほえむ。


「ほんと、もうほとんどプロの歌手だよね〜。このまま営業に出よっかって感じ?」


「それにそれに〜、坂本少佐のけんも格好よかったし!」


「そうそう、れてボオ〜ッとなっちゃったぺたんこが、石につまずいてお尻から転んじゃって、笑えるのなんの! もう、腹筋が痛くって!」


「……いや、それは笑ったら可哀かわいそうだよ」


 さすがにリーネは、困ったような顔になる。


「そう言えば、芳佳は?」


 ルッキーニは、お好み焼きと焼きそばの屋台の方に目をやった。


「姉ちゃん、あと焼きそば二つな!」


「はい!」


「こっちはお好み焼き!」


「はい、毎度!」


「姉ちゃん、こっちも!」


「はいはい!」


 どうやら大はんじようらしく、芳佳はコテを両手にふんとうしている。


「……戦いより、あっちの方が向いてるんじゃないの?」


 ルッキーニは少しばかりあきれる。


(ほんと、何であんな子が戦ってるんだろ?)


「……ペリーヌじゃないけどさ、坂本少佐が芳佳を引っ張ってきた理由って、よく分かんないよね」


「そうかなあ」


 と、リーネ。


「私には、なんとなく分かる気がするよ」


「?」


「芳佳ちゃんはね、自分にがんれって言える子なんだ。私は誰かに認められないと、やっぱり自信持てないけど」


「自分に頑張れ、ねえ〜」


 ルッキーニは首をかしげる。


「……やっぱ、よく分かんないや」


「えへへ、私も分かってないのかも。でも、芳佳ちゃんを見ていると、何となく、元気もらえるの」


「あんたさ、元気といつしよに、胸も貰ったんじゃないの?」


 ルッキーニは、さっとリーネの胸に手をばした。


「な、な、何するんですか!」


 むなもとかくすように押さえ、顔を真っ赤にするリーネ。


「この半分でも、芳佳にあればねえ」


「半分あげたいですよ」


 リーネはくちびるとがらせる。


「大きいのだって、大変なんですからね」


 と、その時。


「!」


 遠くからサイレンの音。


「あれって、基地の警報!」


 今までの笑顔をかなぐり捨て、魔女たちはいつせいに走り出した。


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