第二章 第三話


「全機、スクランブル! 私も出ます!」


 ミーナはそうウィッチたちに指示を出すと、自分もハンガーに向かいながら通信兵にたずねていた。


「どうしてこんなに発見がおくれたの? 司令部からの言い訳は聞いてる?」


「どうやら、高度100m前後の超低空飛行で接近してきたようです」


 通信兵はミーナに歩調を合わせ、司令部からの通信に目を通しながら報告する。


ねらいがペヴンシーのレーダー基地なのは確か?」


「はい! 進行方向から見ても、確実かと」


(ネウロイが我々の目をつぶそうとしている?……まさか、ね?)


 かすかにまゆをひそめるミーナ。


「……でも、こうも不規則に来られると、みんなの負担が心配だわ」


 ミーナは小さくため息をらしてシートに座り、飛行脚ストライカーを装着した。


 一方。


「何で私が宮藤さんごときのめんどうを……」


「そりゃこっちの台詞せりふ!」


 芳佳=巴御前を両側からはさみながら、ペリーヌとシャーリーもハンガーに向かっていた。

 要領のいいルッキーニや他の面々は、もう先にハンガーで発進準備に入っている。


「ともかく、この頭のこわれた豆狸を空に上げて……考えるのは、そのあとにしましょう」


「いいのか、それで?」


ほかに何かいい方法が?」


「……ないよなあ」


 首をるシャーリーとペリーヌ。

 しかし。


しゆつげき?……いくさか?」


 ハンガーにとうちやくすると、芳佳=巴御前はあたりを見渡して言った。


「我も出よう」


「で、出てくださるの?」


 ホッとした様子のペリーヌ。


「我は戦しか知らぬおななれば」


 芳佳=巴御前は、飛行脚ストライカーに目を留め、向かってゆく。


「なあ、今の宮藤にこいつの操縦法、分かるのか?」


 眉をひそめてペリーヌに尋ねるシャーリー。


「……あ」


 ペリーヌは、額に手のひらを当てた。


「ちょっと〜、二人とも急ぎなよ〜!」


 と、声をかけてきたのは、すでに飛行脚ストライカーの装着を終えたルッキーニ。


「あなたねえ! この責任のいつたん、いえ、八割方はあなたにあるのですよ!」


だいじよう


 ニッと笑うルッキーニ。


「今の芳佳って、完全に巴御前って人になってんでしょ? だったら、絶対にいつもよりかつやくするよ、きっと」


「どういうこんきよでそんなことが言えるんです!」


「も〜、心配しようだなあ、ぺたんこは」


「ああ、坂本少佐にしかられます!」


 ペリーヌは絶望的な表情で頭をかかえた。

 一方。


「これがこの国の馬か?……はがねの馬とはな」


 芳佳=巴御前は、ストライカー・ユニットにれてつぶやいていた。


「弓もずいぶんと変わった……」


 弓、と呼んだのは、99式2号2型改13mmかんじゆうだ。


「引き金を引きゃあ、たまが真っぐに出るからさ」


 と、教えるシャーリー。


「ふむ。そうして乗るのか?」


 シャーリーが装着するのを真似まねて、芳佳=巴御前は飛行脚ストライカーをいとも簡単に身につけた。


「……ふむ。おもしろい、まるでごろもでもまとったかのようじゃ」


 その様子に、しんの目を向ける整備兵たち。


「い、いやねえ、宮藤さん! いつものボケ、今日は特にひどいですわよ!」


 笑ってそうとするペリーヌ。


「ほら、行くよ! 巴御前!」


 ルッキーニがまず見本を見せる。

 シュウウウ!

 ブロロロロロロロ!

 使い魔の耳と尻尾しつぽ、足元にはほうじんが出現し、小さな身体からだが宙にい上がった。


「こうやるの!」


 上空から振り返るルッキーニ。


「……なるほど、あまける馬、というわけか」


 ブワッ!

 すさまじい魔力が、芳佳=巴御前の周囲に、小さなつむじかぜを巻き起こす。


「飛べ! 天馬!」


 こうして平安の女武将は、ブリタニアの夜空へと飛び立った。


  * * *


「ネウロイの目標はレーダー基地。かんとうからの報告では、ちよう低空からしんにゆうしてきた六機以上の編隊よ。小型らしいけれど、みんな、油断しないで」


 真っ暗な洋上を飛行しながら、ミーナはウィッチーズに告げた。

 ゆうかがやく海面近くをネウロイは飛んでくる。

 かなり近づかないとにんできそうにない。

 たよりとなるのは、坂本の魔眼だけだ。

 坂本は眼帯を押し上げて、ネウロイの姿を探す。


「……来た! 二時方向! 高度は……100……いや、50……超々低空の20mだと!」


 てきえいとらえた坂本はさけぶ。

 ウィッチたちはいつせいに高度を下げて、交戦状態にとつにゆうする。


「まるで空飛ぶお皿ですわね」


 降下しながらペリーヌがつぶやいた。

 レーダーに映らない高度、というよりは海面上をすべるようにして接近してきたネウロイは、直径4mほどのえんばん形。

 こちらに向かってビームを放つしゆんかんだけ、その姿が洋上にかび上がる。

 監視塔の報告よりも多い、十機編隊だ。


「新型だな。ずいぶんと小回りがくようだ」


 坂本の口元にみが浮かぶ。


「バルクホルンとハルトマンが先行し、他の者はえんに回れ!」


りようかい、サムライ」


「了解」


 息の合ったバルクホルンとハルトマンのWエースはロッテ(二機編隊)を組み、ネウロイの編隊にっ込んでゆく。

 と、その時。


「……何だ、あれは!?」


 坂本は一瞬、自分の目を疑った。

 バルクホルンたちよりもさらに高速で、ネウロイに向かう機影があったのだ。

 白い水兵服に、ゼロ式艦上戦闘脚ストライカー22型こうのそれは……。


「宮藤だと!?」


「あちゃあ〜」


 手のひらで顔をおおうシャーリー。


「きゃあああ、芳佳ちゃん!」


 リーネが悲鳴を上げる。

 芳佳=巴御前は、もうスピードでWエースの間をすりけ、ネウロイに接近した。


「宮藤さん! 命令に従って!」


「……あれが敵、というわけじゃな」


 ミーナの声を無視した芳佳=巴御前は、13mmかんじゆうの銃口を小型ネウロイの一機に向けると、無雑作にトリガーを引いた。


「我は巴!」


 ビシュンッ!

 じゆうだんがネウロイの中心をつらぬく。

 いや、くと言うべきか。


「まずは一


 黒いばくえんを上げながらほうかいし、ついらくしてゆく円盤形ネウロイ。


「宮藤!?」


 ぜんとする坂本。

 バルクホルンとハルトマンさえ、一瞬、動きが止まる。


「ほらほら! やっぱ、あれって巴だよ! 芳佳じゃないって!」


 ルッキーニは大喜びする。


「……なあ、本当にトモエ何とかがいているんじゃないか?」


「暗示です! 暗示にかかっただけですわ! れいが憑くなんて、そんな非科学的な!」


 顔を見合わせるシャーリーとペリーヌ。


「二の矢は無用!」


 芳佳=巴御前はネウロイ編隊の中心に飛び込むと、さらにもう一機をほふる。


「どう……なっちゃったの?」


 つぶやいたミーナは、すぐに作戦をへんこうした。


「バルクホルン、ハルトマン! 美緒も宮藤さんをフォローして! 他は待機!」


 何しろ、芳佳=巴御前の動きが速過ぎる。

 ついてゆけるのは、Wエースと坂本ぐらいのものだ。


「……あれが宮藤だと?」


「宮藤さん、すごいね!」


 バルクホルンとハルトマンは目の前で起こっていることが信じられない様子だったが、ミーナの指示に従う。


「次!」


 芳佳=巴御前は、銃弾を放ったあとの目標のげきついを確認しない。

 一撃で仕留めたという確信があるのだ。

 ネウロイが応射するビームも、芳佳=巴御前のシールドにかすりさえもしない。


「私たちの援護なんからないね」


 ようやく一機を撃墜したハルトマンが微笑ほほえむ。


「……この戦い、宮藤に持っていかれたな」


 かたをすくめるバルクホルン。

 だが。


「……何故なぜだ?」


 がんで芳佳=巴御前を見た坂本が、表情をくもらせていた。


「宮藤の姿が二重に?」


 魔眼に映った芳佳=巴御前の姿が、まるでピンボケ写真のようにみようにずれている。


「何が起こっているんだ?」


「やれやれ! やっちゃえ〜!」


 かんせいを上げるルッキーニ。


「ブラボー! ブラボー!」


 その声に坂本はり返る。


「ルッキーニ? それに……」


 よくよく観察すると、シャーリーとペリーヌの様子も少しおかしい。


「……なるほど、あいつらのわざか?」


 坂本は、じようきようがようやく読めた、という顔になった。


「ならば、まずは目の前の敵を片付ける!」


 坂本は軍刀を抜くと、目標と定めたネウロイとのきよめていった。


「あれが……大将か」


 芳佳=巴御前は、他のえんばん形よりもやや大きめのネウロイに目をつけた。


「いざ! 最後のいくさしてたてまつらん!」


 空中をねるようにしてネウロイにせまる、芳佳=巴御前。


「木曾殿どの!」


 降り注ぐビームの矢。


「義仲殿!」


 芳佳=巴御前を、ネウロイのビームはまったくとらえることができない。


「何ゆえ、巴を解き放たれた!? 巴は何時何時いついつまでも、殿のためにものたかでおりたかったのに! 巴は最後まで、いつしよに戦いとうった!」


 ふと、その目にかぶなみだ

 平安末期、平家の暴政に対して挙兵した木曾義仲は、京に入ってせいたいしようぐんとなったものの、のちにちようていと対立。

 みなもとののりよりよしつねの軍に破れ、敗走の折、近江おうみあわで巴を一人、落ち延びさせて自らはち死にをげたとされている。

 芳佳=巴御前は、99式2号2型改をコアにき立て、トリガーをしぼった。

 せんこうを発してネウロイは飛び散る。

 同時に、だつする芳佳=巴御前。


「……よい戦であった」


 血振るいをするように、かんじゆうがさっと振られる。


「義仲殿に、この巴のひめ武者ぶり、見せとう……御座っ……た……」


 とつぜん、芳佳=巴御前は、意識を失った。

 プロペラが停止し、小さな身体からだはそのまま真っ逆様に落ちてゆく。


「キャアアアアっ、芳佳ちゃん!」


 あわててリーネが下方に回り込み、波間にぼつする前に何とか芳佳をきとめる。


「芳佳ちゃん! 芳佳ちゃん!」


「……ん、ん〜ん?」


 り動かされ、目を開く芳佳。


「……あれ、私……飛行脚ストライカーをつけてる?」


 自分の姿を見て、芳佳はとんきような声を上げた。


「ネウロイと戦ってたんだよ、さっきまで」


 リーネが説明する。


「い、いつの間にしゆつげきがあったの〜っ!?」


 自分は確か、食堂でみんなとコックリさんをやっていて、突然、風がいてペリーヌが立ち上がり……。

 そのあとのおくがない。


「覚えていないのか?」


 と、近づいてきて顔をのぞき込むシャーリー。


「あなたのおかげで、私たちは大、大、大めいわくでしたのよ!」


 ペリーヌがりつける。


「わ、私のせいって……」


 何も覚えていないのに、非難されるのは不当だと思う反面、覚えていない間に何をしたのか不安になる芳佳。


「……私のせい、なんですか?」


「決まっているでしょう!」


「うう……ごめんなさい」


 うやむやのうちに謝らせられる芳佳。

 やがて、他のウィッチたちも、芳佳のまわりに集まってくる。


「……」


 心配しているのか、おびえているのか分からない表情のサーニャ。


「いい、宮藤さん? あなたのせんざい能力が開花したのはうれしいけれど、今回の行動は命令はんで……」


 と、芳佳を注意しようとするミーナを、坂本が視線で制した。


「……さあて」


 坂本はルッキーニたちをわたした。


「どういう事態なのか、説明してもらおうか?」


 芳佳やリーネたちの視線が、ルッキーニに集中する。


(え〜、あたし?)


 小さく自分を指さし、顔をしかめるルッキーニ。

 うなずく一同。


「じ、実はですね」


 ルッキーニはしぶしぶ、説明し始めた。



「ほう、それでお前らは、コックリさんで何かに憑依とりつかれたと思い込んだ宮藤を、そのまま出撃させたわけだな?」


 話を聞き終わった坂本は、あきがおで一同を見渡した。

 その言い回しから察すると、どうやら坂本は本当に巴御前のれいいたとは思っていないようだ。


「でも、でも! 毎回出撃前にコックリさんをやれば、戦力倍増ですよ! みように役立たずの芳佳が、たちまちエース・パイロット!」


 ルッキーニは、ひとみをキラキラさせて坂本を見上げる。


「……微妙に役立たずって」


 かたを落とす芳佳。


「ほうほう、そうか。なかなかいい提案だな」


 坂本はニコニコしてルッキーニの前に立つと……。

 ゴンッ!

 こぶしをルッキーニの頭に降らせた。


「というわけがなかろう!」


「……つつつ〜っ」


 なみだで頭をかかえるルッキーニ。


「どうします、この連中?」


 坂本はミーナをり返った。


「そ、そうねえ」


 ミーナは困り果てた顔を見せる。


「……終身トイレそうってのはどうですかあ〜」


 と、とんでもない提案をするエイラ。


「こら〜! あんただって止めなかったじゃない!」


 あまりにもおそろしい提案に、ルッキーニの顔があおめる。


「んじゃあ、終身草むしり?」


「だ・か・ら! 提案しなくていいの!」


「……取りあえず、情けなくて報告書にも書けないので、この一件に関してのしよばついつさい行ないません。でも……」


 ミーナは微笑ほほえみながら宣告した。


「以降、基地内でのコックリさんは禁止」


りようかい〜」


「了解です」


 ホッと胸をで下ろす、シャーリーとペリーヌ。


「いいわね、ルッキーニしようも?」


「……は〜い」


 ちゆうの目が笑っていないことに気がついたルッキーニは、その場では小さくなって、うなずいた。


 しかし……。



  * * *



 数日後。


「中佐! クロステルマン中尉が、ルッキーニ少尉のダウジングうらないで、ジャンヌ・ダルクになってしまいました!」


 ハンガーの整備員が、ミーナのところにけ込んできた。


「……ルッキーニ少尉をここに呼んで」


 ミーナはこめかみを押さえてかぶりを振った。


 その数日後。


「中佐! イェーガー大尉が、ルッキーニ少尉のダイス占いで、カラミティ・ジェーンになってしまってます!」


 どこからか聞こえてくるじゆうせい


「ルッキーニ少尉を呼びなさい!」


 ミーナは、バンッとしつ机に手をいた。


 またまた数日後。


「中佐! 今度はリーネぐんそうが、ルッキーニ少尉のルーン占いで、不思議の国のアリスになっちゃいました!」


 もはや実在の人物でさえなかったりする。


「ルッッッッキィィィィーニ少尉!」


 ミーナはかみきむしり、悲鳴を上げた。

 もちろん。

 その後、ありとあらゆるオカルトしきが禁止になったことは、言うまでもない。


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