第二章 第二話
その夜。
と言っても、夏のブリタニアなのでまだ空は明るいが、夕食後のウィッチ
「おっかしいでしょ? 実戦と訓練の、あの落差!?」
「芳佳って、戦場だとまったく別人って時あるじゃない? 変! 絶〜っ対に変過ぎ!」
「あの〜、ここにまったく逆の例が……」
と、自分を指さすリーネは、思いっきり、ルッキーニに無視された。
「そうか?」
あまり気に留めていない様子のシャーリー。
「そ、そう言えば」
ペリーヌは
「あんな
「そこ〜で!」
バンッとテーブルに手を
「あたしは気がついちゃった」
「何に?」
「何にですの?」
「な、何です?」
顔を寄せ合う少女たち。
「……何だよ?」
「…………」
ルッキーニたちとは少し
「芳佳には……」
一同を
「……何かが
「憑いている?」
聞き返すシャーリー。
「何がです?」
と、リーネ。
「誰かの
ルッキーニは答えた。
「やれやれですわ、何を
ペリーヌは
「じゃあさ、ぺたんこに説明できるの、芳佳の落差?」
と、
「そ、それは……って、ぺたんこって呼ぶのは
「ウィッチは使い
シャーリーは
「アホだな」
小馬鹿にしたように舌を出すエイラ。
「…………」
サーニャまでもが、頭を
「何よ、あんたたち!? その疑いの目?」
ルッキーニは
「疑うんなら、調べてみましょうよ!」
「調べるって、どうやってです?」
リーネは眉をひそめる。
「交霊会よ」
ルッキーニは、ナイスアイデアと言わんばかりに胸を張った。
「こ、交霊会?」
「芳佳に憑いている霊を呼び出すんだってば」
「
意外と乗り気な表情を見せるシャーリー。
「何を非科学的な」
ペリーヌがフンと鼻を鳴らす。
「わ、私は反対ですよ! 大反対!」
リーネはブルブルと頭を振った。
「あっれ〜、
からかうような口調になるルッキーニ。
「ル、ルッキーニちゃんは、交霊会の
……どうやら、心底怖がっているらしい。
「と、とにかく、私は
バッ!
顔を真っ青にしたリーネは、
そして、ちょうどその時、控え室に入ってきた芳佳とすれ
「あれ、リーネちゃん?」
自分に気づかずに通り過ぎてゆくリーネの背中を、首を
「お
「……
「逃げましたですわね」
シャーリーとペリーヌは、顔を見合わせる。
「……あの〜、どうしたんです、リーネちゃん?」
控え室に入った芳佳は、ルッキーニに
「ん〜、何でもないって」
(ちょ〜どいいところに!)
ルッキーニはニッと笑って芳佳の手をつかむと、みんなのところに引っ張ってゆく。
「ほらほら、こっちに〜」
「な、な、な、何なんです?」
芳佳は
「まあまあ」
「……これからすぐ、始めるんですの?」
顔をしかめ、ルッキーニにささやくペリーヌ。
「もっちろん」
「まだ
「いいじゃん、いい
ルッキーニはささやき返し、芳佳を座らせる。
「ねえ、芳佳。
「こ〜れ〜くゎい?」
きょとんとした表情の芳佳。
「ウィジャ
「ああ、ひょっとしてコックリさんのことですか?」
芳佳は、はっと気がつき、うなずいた。
「へえ、扶桑ではそういうの?」
「ええ。
小学校の時に
それ以来、学校でのコックリさんは表向き、禁止になっていたのだが、みんな結構、裏でやっていたようだ。
「扶桑式の交霊会、そのコックリさんのやり方、ちょっと教えてよ」
「いいですけど……お遊びでやったらいけないんですよ。
と言いながらも、芳佳は紙を一枚取り出して、
「……これ、扶桑の文字?」
ひらがなを見て、
「このマークはなんですの?」
「鳥居です」
「トリィ〜?」
「ええっと、神社の門ですよ……たぶん」
芳佳にも
「これじゃあたしたちには分からないよ。紙、貸して」
ルッキーニは芳佳から別の紙をもらうと、ひらがなをアルファベットに書き直してゆく。
「A、B、C、D、E、F……この〝はい〟〝いいえ〟は、YES、NOでいいよね?」
「あ、あの〜」
「このトリーとやらも、美しさに欠けますわね」
ペリーヌも、勝手に鳥居を
「……ほら、これぞ、ロココの美! この
「へえ、意外と
「当たり前ですわ。芸術は
「あ〜、はいはい」
「す、すでに、コックリさんから何千マイルも
たまたま並べていたタロットカードの一枚を開くと、そこには
「……う」
参加しようかどうしようか迷っていたエイラは、危険を感じてサーニャを下がらせる。
「はい、これで完成!」
ルッキーニは、描き上がった
次いで、
「で、このあとどうすんの?」
「ま、まず、コックリさんが入って来やすいように北の窓を開けて……」
芳佳は食堂の窓を開く。
だが、カーテンは閉じているので、部屋は
「一銭
従うルッキーニ、シャーリー、ペリーヌの三人。
それを興味半分、
「で、唱えるんです」
芳佳は歌うように
コックリさん コックリさん
いらっしゃいましたら、北の窓からお入りください
「……馬鹿らしい」
つぶやきながらも、ペリーヌはみんなと合わせて
コックリさん コックリさん
いらっしゃいましたら、北の窓からお入りください
「次にこう唱えます」
続ける芳佳。
コックリさん コックリさん
いらっしゃいましたら、〝はい〟に進んでください
「ここらへんは、
と、ニヤニヤするシャーリー。
だが。
コックリさん コックリさん
いらっしゃいましたら、〝はい〟に進んでください
四人が
「!」
「!!」
「!?」
一ペニー貨がゆっくりと動き始めた。
その
「ホットクロスバ〜ン、ホットクロスバ〜ン、一ペニーで二つだよ〜、ホットクロスバ〜ン」
自室のベッドの上では、リーネが
「だ、
厳しい目で一同を
「あたしじゃないけど?」
「あたしでもないわよ!」
「わ、私でもないですよお〜!」
シャーリー、ルッキーニ、芳佳の三人も自分の
だが、硬貨は
「……このあと、コックリさんに質問するんですけど。もう、
芳佳は正直、止めたいなあ〜っという顔で、ルッキーニたちを見渡す。
「ここまできて止められますか!」
「こんなインチキ
「じゃあ、あたし質問〜」
ルッキーニが真っ先に言った。
「コックリさん、コックリさん、芳佳が好きなのって、誰ですか?」
「わわわっ! 何ですか、そのとんでもない質問!」
芳佳は
「ほらほら、コインから指
「……うう」
泣く泣く従う芳佳。
すると。
一ペニー貨は、スススッと移動して、F・A・T・H・E・Rの文字を示した。
「お父さん?」
「つまらない答えを聞いてしまいましたわ」
「ほ〜んと、ガッカリ」
ルッキーニもため息をつく。
「お前さ、もう少し
と、シャーリーまで。
「そんな〜、私が答えたんじゃないのに〜」
芳佳は少しばかり傷つく。
「じゃあ、次の質問、いってみようか?」
「ほ〜い、あたし」
シャーリーが名乗り出る。
「コックリさん、コックリさん、今世紀世界最速の人間になるのは誰ですか〜?」
一ペニーはゆっくりと動いて、シャーリーの名前を
「……あなた、今絶っっっ対に、動かしましたわね?」
にらむペリーヌ。
「知らないなあ〜」
シャーリーはとぼける。
「いいですわ。そう言い張るのなら、誰もが答えを知らない質問をしましょう。万が一、その答えが正解ならば、私めも、このコックリさんとやらが本物だと信じますわ」
ペリーヌはフンと鼻を鳴らし、質問した。
「半世紀前、世間を
一ペニー貨は移動を開始し、さるブリタニアの王族の名前を記した。
「……」
「……」
「……」
「……」
押し
「……これ、本当か?」
と、シャーリー。
「さ、さあ?」
ペリーヌは眉をひそめる。
「それらしい答えですけど……」
「お前な、
「そう気がついていたなら、先におっしゃるべきではなくって!」
二人はにらみ合う。
「じゃあ、いよいよ本題」
ルッキーニは、二人を無視して宣言した。
「コックリさん、コックリさん、あなたは芳佳に
「もう! ルッキーニちゃん! さっきから変なことばっかり聞かないでください!」
だが。
一ペニー貨は静かに動き始めると……「YES」の真上に移動した。
「えええ〜っ!」
「誰です!? 今、動かしたの!?」
「あたしじゃ……」
「ありませんわよ」
シャーリーとペリーヌは、顔を見合わせる。
「それじゃ……」
ルッキーニは続けた。
「コックリさん、コックリさん、あなたは一体誰ですか?」
反応が無い。
「コックリさん、コックリさん、あなたは一体誰ですか?」
ルッキーニは、もう一度
すると。
バンッ!
風にあおられた窓が開き、
「もう、窓がうるさいですわね!」
眉をひそめたペリーヌが、一ペニー貨から指を
「……馬鹿らしい。もう閉めますわよ」
窓の
「だ、
「コックリさんが帰れなくなります!」
と、その時。
びゅうっ!
「きゃあっ!」
蠟燭の火が消え、部屋の中が真っ暗になる。
「ど、どうなったのですの?」
「ちょっと、明かりは? カーテン開けてよ!」
「あ〜ん、何か
「サーニャ、
エイラが夜目の
「……電気」
サーニャはすすっと
パッ!
照らし出される室内。
その手をムギュッと踏んづけているルッキーニ。
エイラは、
テーブルの上が散らかっている
「今のって、霊の
シャーリーは頭を
「単なる風のイタズラです!」
ペリーヌは
しかし。
「……おい、あれ」
エイラが声を上げ、指さした。
みんながその先を見ると。
「ちょ、ちょっと?」
芳佳が両手を真っ
まるで
「
と、シャーリーが芳佳の
「……無礼者。
バシッ!
芳佳の手が、乱暴にシャーリーの手を
「宮藤?」
まじまじと芳佳を見つめるシャーリー。
「宮藤? 宮藤とは、何者じゃ?」
ガタン!
椅子を鳴らせて、芳佳は立ち上がった。
キリッとした目。
「あれ、宮藤さん、よね?」
ルッキーニを
「いいえ」
ルッキーニは首を横に振る。
「あたしの思っていた通り! とうとう正体を現わしたのよ、芳佳に
「何者かって、何だよ?」
と、眉をひそめるシャーリー。
「そりゃあ、
ルッキーニは肩をすくめた。
このあたり、超適当である。
「はて、
芳佳はルッキーニたちを
「その
「失っ礼な
ルッキーニは
「そ、そちらこそ、何者です!?」
顔を
「我は
芳佳は──または芳佳に憑いた何者かは──名乗った。
「巴
「……ええっと?」
「巴って誰?」
「さあ? 扶桑の人だと思うけど?」
顔を見合わせるルッキーニたち。
「……そっか! 聞いたことあるぞ。スオムス義勇軍所属の
エイラが
食堂には、雑誌や軽い読み物を置いた書架があり、たまたま、坂本
「とすると、巴御前は昔の扶桑の
シャーリーは頭を
「ど、どうせ
ペリーヌが言い切る。
「自己暗示です、自己暗示!
「え〜、やっぱ憑き物だよ〜」
と、自説を曲げないルッキーニ。
「え〜っと、……あった。
書架から扶桑文化事典を取り出して調べていたエイラが、巴御前の
「色白で美しい女武者として有名。木曾義仲の討ち死にの直前に義仲と別れ、のち、出家して義仲の
「そもそも、平安時代とか、平家とか、木曾義仲とか、菩提とか……何ですの?」
どうやら扶桑の文化は、あまり
「本人に聞いてみたら?」
と、ルッキーニ。
「そんなことより! 豆狸を元に戻しなさい! こんなことが坂本少佐に知れたら、どんなにお
「確かに、このままってのは……
シャーリーも困った顔になる。
一方。
「……だから、ここはブリタニアという西の島国。時代は、あんたのいた
「そうか。ここは扶桑ではないのだな」
エイラは巴御前?と話し込み、
「
と、その時だった。
「!」
「!」
「こんな時に!」
警報のサイレンが基地全体に
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