第一章 第四話


 ネウロイのビームがついに、赤城を直撃した。

 きよだいなロンギヌスのやりのようなビームは、かんぱんと、その下の格納庫をつらぬく。

 分厚い鉄板が消失した円形の穴。

 その奥でゆうばくが発生し、すさまじいしようげきかんきようを、芳佳のいる通路を、赤城全体をおそう。


「しまった!」


 こくえんを上げる赤城を見下ろした坂本は、インカムで芳佳に呼びかけた。


「宮藤! 宮藤! こたえろ、宮藤!!」


  * * *


 格納庫そこは、不思議なせいじやくに包まれた空間だった。

 てんじように開いた穴から光が差し込み、まるで東雲しののめの森のよう。

 爆風で開いたとびらのそばに、芳佳はたおれていた。


「宮藤! 宮藤!」


 インカムからの坂本の声だけが、むなしく響き渡っている。


「宮藤! 宮藤……宮藤………宮藤…………宮……………」


(……………………あれ……この声)


 半ばもうろうとした意識の中で、坂本の声は遠い昔のおくの声に変わってゆく。


「………………か………しか…………芳佳…………芳佳…………芳佳……」


(お父さんの……声だ)


「芳佳……芳佳……」


「お父さん……ごめんなさい……私、何もできない」


 今、自分に見えているのは、父との、最後の別れの時の光景だろうか?

 はっきりとはしないが……。


「芳佳……お前には、母さんやおばあちゃんに負けない大きな力がある。その力で、みんなを守るような立派な人になってくれ」


 父の声は、芳佳に告げていた。


「お父さん」


 かすんでゆく父のシルエットが、別の映像に変わってゆく。

 だれかといつしよに、何かの前でたたずむ父の姿。


(これって……)


 そう。

 一か月前、ブリタニアから送られてきた、父の写真と同じ光景だ。

 四年前にったものだろう。

 一緒に写っている坂本も、今よりいくぶん幼い。

 そして、背景には、父が開発したと聞かされたストライカー・ユニットが。


「!」


 芳佳のひとみが大きく開かれた。

 顔を上げた芳佳の視線の先、格納庫のすみに置かれているのは……。

 ちがいない。

 あの、モノクロームの写真に写っているのと同型のストライカー・ユニットである。


「…………」


 芳佳は身体からだを起こし、ストライカー・ユニットとたいした。

 今まで耳に入らなかった対空ほうの音が、かすかに聞こえてくる。

 戦いはまだ続いているのだ。

 芳佳は自分の右手のひらに視線を落とした。

 そこに宿る、ほのかな光。


「私に、できること……」


 芳佳はこぶしをギュッとにぎめた。


  * * *


 扶桑皇国けんおうかんたいがいは、限界に達しつつあった。


「もはや、これまでか」


 重苦しい空気の中、赤城の艦長はぼうぶかかぶり直し、決断を下す。


「……総員に、退艦命令を……」


 だが……。

 とつぜんかんぱんに視線を向けていた副長がさけんだ。


「だ、誰だ、あれは!?」


「どうした!?」


 副長をり返る艦長。


「発艦エレベーターに、誰かいます!」


「何!?」


 艦長も甲板に目をやる。

 中央の発艦エレベーターが起動して、何かがせり上がってくる。

 白煙に包まれたエレベーター上に立つのは、ひとりの少女。


「私にできること……」


 使い魔と一体化したあかしである、犬耳と尻尾しつぽ


「約束を守るため……」


 足には、ゼロ式艦上戦闘脚ストライカー22型こう


「みんなを守るために!」


 それは、決意の表情で空を見上げる、宮藤芳佳の姿だった。


「何者だ!? なぜストライカー・ユニットを装備できる!?」


 おどろいた艦長は、副長にたずねる。


「坂本しようが連れてきた少女です。名前は……」


「宮藤芳佳です!」


 顔を上げる宮藤。


「宮藤!?」


 艦長は息をんだ。


「あの宮藤博士の!?」


  * * *


 キュウウウ!

 飛行脚ストライカーにプロペラが出現し、回転を始めた。

 ブロロロロロッ!

 足元に現われる、光のほうじん


「まさか!」


 あつに取られる艦橋の副長。


「宮藤?」


 上空の坂本も、ストライカー・ユニットの起動に気がついたのか、赤城の甲板を振り返る。


「行きます!」


 芳佳は甲板員の合図にうなずき、急加速してかつそうすべりだした。

 だが、ハンガーを切りはなし、飛行態勢に入ろうとしたその時。

 ズギュン!

 またもビームこうげきが命中した。

 艦橋の屋根がき飛び、さらに前部エレベーターもだん

 弾薬のゆうばくで、空母全体がらぐ。


「きゃっ!」


 爆風で芳佳の体勢がくずれる。

 かろうじて持ち直すが、りくに十分な速度が出ない。

 滑走路のはしまであとわずか。


「引き起こせ! あとがないぞ!」


 せき的に無事だった艦長がる。

(いくしかない!)

 かくを決めた芳佳は、甲板から空中へ飛び出した。

 だが、ストライカー・ユニットはそのまま、放物線をえがき、海面に向かって落下してゆく。


「飛んでーっ!」


 必死に立て直す芳佳。


「飛べぇーっ! 宮藤っ!」


 坂本も叫ぶ。

 海面まで5m……4m……3m……2m……1m!

 バシャッ!

 海水にれたプロペラが、みず飛沫しぶきを巻き上げた。

 そして、着水寸前。

 落下速度が加わったことでようやく離陸できるスピードに達した芳佳の飛行脚ストライカーは、じようしようを始めた。


「飛べた! 飛べたーっ!」


 芳佳はかんの声をあげる。


「なんてヤツだ……初めてストライカーをつけたというのに……」


 たんそくする坂本。


「坂本さあああああああん!」


 芳佳は坂本のところまで飛んでくると……。


「宮藤!」


 そのまま、速度を落とせずに通過していった。


「私、手伝います!」


 かなり離れてしまってから、声をかける芳佳。

 だが。

 ネウロイが標的を坂本から芳佳に変えて、ビームを集中させた。


「宮藤!」


 警告を発する坂本。


「きゃあああああ!」


 直撃!

 と、思われたしゆんかん

 鹿でかい、としか形容しようがないきよだいなシールドが、芳佳の周囲に展開した。

 シールドがビームをはじき、全くダメージはない。


「何て大きなシールドだ……あれがあいつのせんざい能力なのか?」


 自分の数倍の大きさがある芳佳のシールドを見た坂本の口元に、みがかぶ。


おもしろい!」


 心おどらせた坂本は、芳佳の後を追った。


「宮藤!」


「坂本さん! てつぽうを!」


 自分の横についた坂本に、芳佳は自分の持つ13mmかんじゆうわたそうとする。


「それはお前が使え」


「え……?」


 おどろく芳佳。


「守りたいんだろう?」


「……はいっ!」


 坂本の問いに、芳佳はハッキリとうなずく。


「よし!」


 坂本はガッと芳佳のかたき寄せた。


「よく聞けよ」


 雲の切れ間をゆく巨大ネウロイの上部を、はくじんの切っ先で指し示す坂本。


「あのあたりに、やつのコアがある。私がこうげきを引きつけているすきに、お前がコアをくんだ。できるか?」


「はい! やってみます!」


「よし! 二つ数えたら、私について来い!」


 坂本は芳佳からはなれて先行すると、ネウロイにりかかる。


「おりゃあああああああああ!」


 くだける白刃。

 ネウロイの放ったビームが坂本に収束する。

 一方。

 坂本がおとりになっている隙を突き、ネウロイ上部に出た芳佳は、急降下をかけてコアにねらいを定めた。

 初めてにぎる銃の操作に、不思議とまどいはない。


(このまま……引き金を引けば!)


 だが。

 ピカッ!

 最初に坂本がけた時と同様、ネウロイの上部組織がいつせいに光を帯び、芳佳に向かってビームを放射する。

 いったん下がらざるを得ない芳佳。


だいじようか!」


 もどってきた坂本が声をかける。


「は、はい。すみません……」


 と、謝ったところをビームがおそう。

 坂本はかわすが、直撃にシールドごと押し返される芳佳。


「だ、大丈夫です!」


 坂本の視線に気がついた芳佳はそう答えたが、息はかなり上がっている。


「初めての飛行に、初めての実戦、体力が限界か……」


 坂本はつぶやく。

 だが。


「もう一度、お願いします!」


 芳佳の目に宿る、強い決意。


「……分かった。気を引きめろよ、最後のチャンスだ!」


「はいっ!」


 芳佳は再びじようしようし、坂本はビームを引きつけるために降下していった。


「さっきと同じことをしても、またやられちゃう……どうすれば……」


 ネウロイの真上に出た芳佳は、考えをめぐらせていた。

 自分も坂本も、たぶんもう限界。

 あとはない。

 坂本に視線を落とすと、ネウロイの体表ギリギリのところで攻撃を仕掛けている。


「……そうか!」


 芳佳は急降下し、ネウロイにげきとつする寸前で進行方向を90度変えた。


(坂本さんみたいに!)


 きよだいネウロイの体表にれるか触れないかのところを、低空飛行する形になる芳佳。


「スレスレまで近づけば、きっと当てられない!」


 ネウロイのビームは芳佳を狙おうとするが、きよが近過ぎ、ビームはすべて、芳佳のななめ上をかすめる。


(やっぱり!)


 前方に、体表組織におおわれたコア。

 風を切って飛ぶ芳佳は、機関銃を構えた。


(いけるっ!)


 自信を持って、その指がトリガーにかけられる。

 しかし。


(……あ、あれ?)


 照準が合わせづらい。

 初めての飛行でろうが激しく、視界がぼやける。

 二重にも、三重にも見える目標。


「しっかりしろ、宮藤芳佳! 私がやるんだ!」


 芳佳は頭をった。


「……みんなを、守るんだ!」


 何とか照準を合わせて、しんちようにトリガーをしぼる。

 ダダダッ!

 命中。

 体表組織がはがれ、コアがしゆつした。


「あれが、コア!」


 身体からだを反転させ、もう一度狙いをつける芳佳。


(次! 次で、ネウロイをたおせる!)


 だが、目がかすみ、照準がなかなか合わせられない。

 トリガーにかかる指から、感覚がなくなる。

 身体がふらつき、だんだんコアから遠ざかってゆく。


(あと一発! あと一発でみんなを……みんなを助けられるのに!)


「っ……ダメ……もう……」


 と、照星から視線を外した、その時。

 パーン!

 一発のじゆうだんがコアに命中した。

 さらに続けて、九発の銃声が芳佳の耳にとどく。


「やった……の、かな……」


 頭がぼんやりとして、自分が撃ったのかどうか分からない。

 芳佳の意識は、ふっと暗転する。

 プロペラが停止し、落ちてゆく芳佳。

 その身体を、回り込んだ坂本がそっときとめる。


「大したやつだ。何の訓練もなしに……」


 うでの中の芳佳を見て、坂本は微笑ほほえんだ。


「あそこまでやるとはな」


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