第一章 第三話


「坂本さん……戦ってるんだ」


 医務室の丸窓から、外のせんきようながめていた芳佳はつぶやいた。

 巨大なエイを思わせるネウロイから発せられるビームに対し、ちくかんは対空ほうで応戦するが、こちらがあたえる損害はすぐに修復されてしまう。


「私は……」


(なにもできずに、ここで……)


 と、窓から顔をそらしてうつむく芳佳。

 その時。

 砲音がひびわたる中、芳佳の耳は、カチャカチャという小さな音をとらえた。

 艦のしんどうで、くすりびん同士がぶつかり合う音だ。

 何気なく、音がした机の方に目をやると、そこには、家のしんりようしよで見慣れた包帯やガーゼ、薬品箱などが並んでいる。


(……あった。私にできること)


 芳佳のひとみに、決意の光が宿った。


  * * *


「くっ!」


 坂本は、ネウロイの猛攻を何とかシールドでしのいでいた。

 それでも、ジリジリとされている。

 坂本がダメージを与える速度よりも、ネウロイの自己修復の速度の方があつとう的に速いのだ。


(ここまで来て! あとわずかでブリタニアの地を宮藤に見せてやれるというのに!)


 歯を食いしばる坂本。

 と、その時。


「坂本さん! だいじようですか、坂本さん!」


 インカムに飛び込んできたのは、聞き覚えのある声。


「宮藤!?」


 坂本は赤城の甲板を見下ろし、声の主を探す。


「……くッ!」


 がんが捉えたのは、まぎれもない芳佳の姿。

 引きるようにして持ってきた布製の救護ぶくろには、薬瓶や包帯があふれんばかりにめ込まれている。


「部屋から出るなと言ったはずだ! もどれ!」


 芳佳は、インカムしの大声にビクッと身をすくめたが、それでもあんしたようにつぶやく。


「坂本さん……無事だったんですね、よかった〜」


「宮藤!!」


 半ばあきれ、半ばおどろいて怒鳴る坂本。


「戻れと言ったのが聞こえないのか! そこはお前の居場所じゃない、じやになるだけだ!」


 坂本は、トリガーを引く手を止めずに言い放った。


「私は、私にできることがしたいんです!」


 負けずに言い返す芳佳の目の前で、ネウロイのビームが海上に落ちて水柱を立てる。


「今はお前にできることなどない! 早く部屋に戻れ!」


 坂本はそれだけ告げると、通信を切る。


「坂本さん? 坂本さん!?」


 芳佳はもう一度呼びかけたが、坂本の声は返ってこなかった。


  * * *


「無茶なやつだが、あの勇気は大したもんだ」


 せんかいしながらネウロイのビームをかわす坂本の顔には、しようにも見えるみがかんでいた。

 自分でもよく知っているが、実は坂本自身も、根っこのところでは芳佳と同じ気質を持っている。

 無茶する鹿は、きらいではない。


「私も負けてはいられないな」


 ドウッ!

 またもや水柱が高く上がった。

 対空ほうで応戦していたちくかんが、またちよくげきらったのだ。

 坂本は立て続けに12・7mm×99だんち込むが、不意にトリガーが反応しなくなる。

 カチッ、カチッ!

 見ると、じゆうしんが赤熱化している。

 どうやら連続発砲で、イカレてしまったようだ。


「……お前の敵は」


 坂本は機関銃を捨てると、はくじんはらいつつ、ネウロイにせまった。


「こっちだ!!」


  * * *


 いつしゆん

 そうきゆうまばゆかがやき、ネウロイのつばさに大きな切れ目がはしった。

 坂本の一撃が決まり、見事にいたのだ。

 よくたんが千切れ飛び、はくえんのようなものを発する。

 あつとうされる、赤城の艦長やせんとう乗りたち。


「坂本さん、すごい……あれがウィッチーズの戦い……」


 見上げる芳佳も呟くが、きよだいネウロイはすぐに再生し、元の姿を取り戻してゆく。


(今だ!)


 坂本は反転しながら、魔眼を開いた。

 ネウロイ上部中央付近。

 小さく赤く光るのは……コアだ!


「……見つけた!」


 坂本がさけぶと同時に、巨大ネウロイは坂本に向けてビームを連射した。

 シールドを展開するが、それでも坂本はされてゆく。


「坂本さん!」


 坂本の危機に、芳佳が思わず叫んだその時。

 ドーン!

 芳佳の背後、それもかなり近いところでばくおんひびわたった。


「!?」


 思わず身をすくめた芳佳がり返ると、かんぱんの機銃座のひとつがけむりを上げ、消火器をかかえた乗員たちが走り回っている。


「八番機銃ゆうばく! 消火班急げ!」


人だ! 衛生兵!」


 立ちくしていた芳佳はこの声にハッとなり、横たえられた兵士二人のかたわらにけ寄った。


「しっかりしてください!」


 もんの表情で身をよじる負傷兵のむなもとは、真っ赤に染まっている。


「私が助けますから!」


 芳佳はかがみ込み、負傷兵にふるえる手をかざした。

 使い魔であるまめしばの耳と尻尾しつぽが頭とおしりに現われると同時に、かすかな光が手から発せられて、傷を包む。

 これが芳佳のウィッチとしての能力。

 祖母と母から受けいだ、いやしの力だ。


(お願い、助かって!)


 だが、その光はすぐにてんめつを始め、ろうかんが芳佳をおそう。

 負傷兵の深手に対し、芳佳の魔力が小さ過ぎるというより、効率的な力の使い方を習得していないのだ。


「っ! 今度こそ……今度こそ……!」


 芳佳は、坂本と出会った日に起きた出来事を思い起こしていた。

 親友を巻き込んだ事故。

 その事故で大怪我を負った親友を、芳佳は自分の癒しの力だけでは救うことができなかった。

 通りかかった坂本の手を借りて、親友はかろうじて命を取り留めたのだ。

 あの時の、情けなさとくやしさ、そして無力感。


(みっちゃんの時みたいには……絶対にしない! 今度こそ助けるんだ! 私の力で、今度こそ!)


 しかし。


「何している! めろ!」


 衛生兵が負傷兵と芳佳の間に入ってきて、芳佳を引きがした。


「私、魔法が使えるんです!」


 衛生兵に向かい、芳佳はうつたえる。


「あんた、ウィッチか!? だがこれだったら、俺が治療した方がマシだ! 余計なことはするな!」


 芳佳の手から光が、そして頭から犬耳が消えた。


「でも! 私にも何か手伝わせてください!」


 必死の表情の芳佳。


「ここは、お前みたいな子供の居る場所じゃないんだ! 部屋で大人しくしていろ!」


 キツい言い方だが、一人でも多くの兵を救おうとするしんな気持ちがかせた言葉である。


いやです! そんなの嫌なんです!」


 芳佳は、のように激しくかぶりを振る。


「……だったら」


 芳佳のけんまくに折れた衛生兵は、視線をそらす。

 人手が足りないのも、また事実なのだ。


「包帯が足りないんだ。もっと取ってきてくれ」


「は、はい!」


  * * *


 きよだいネウロイは、坂本がコアに近づこうとするたびにビームでし返し、容易ににくはくさせてはくれなかった。


「ええい、うっとうしい!」


 だいあせり始める坂本。

 息をするのもつらいほど、しようもうも激しい。

 その時。

 坂本のりようよくをすりけるように、二機のせんとうがネウロイめがけてっ込んでいった。

 後方からえんを、という命令を無視する形である。


「お前ら!」


 おどろきをかくせない坂本。

 その坂本に無線が入る。


「我々が時間をかせぎます!」


「その間に、坂本しようはコアを!」


 今のままでは、かんである空母さえ守り抜くことは不可能。

 ならば、ゆいいつの希望である坂本にすべてをたくし、おのれたちはそのたてとなろう。

 戦闘機乗りたちの決意だ。


りようかい!……たのんだぞ」


 目標を、坂本から戦闘機に変える巨大ネウロイのビーム。


(すまん)


 胸の内で敬礼し、坂本は眼帯を外した。

 がんあやしい光を帯びる。

 ネウロイどうたい上部……中央!


「そこだ!」


 魔眼がかがやき、コアをとらえる。

 だがそのしゆんかん、またもや五月雨さみだれを思わすビームが坂本に降りそそぐ。

 ビームが命中する度、限界の近いシールドがてんめつする。

 二機の戦闘機もちよくげきらい、機体の一部を消失させて、次々と落ちてゆく。


「っ! まだまだ!」


 ぼうぎよ力の低下したシールドごと、ビームにはじき飛ばされそうになる坂本。


(ここで私が落ちれば……何のためにあいつらは!)


 坂本は何とか体勢を立て直した。


  * * *


 同時刻。

 空母〝赤城〟艦橋。


「戦闘機隊、坂本少佐を残して全滅!」


 通信兵は艦長にそう報告した。


えんぐんは!? ブリタニアのウィッチーズはまだか!?」


 艦長はこぶしをパネルにたたきつける。

 ドウッ!

 空母の巨体が、また大きくれた。


きんだん! 右機関室しんすい! このまま

では航行不能になります!」


 と、別の通信兵。


「援軍のとうちやくまで、何としてでもたせるんだ!」


 それはもはや命令ではなく、いのりのさけびだった。


  * * *


 一方。

 ほうり出された救護袋から包帯がこぼれ落ち、そのまま転がって、艦内通路に何本もの白いラインをえがいていた。

 ギシギシときしむ艦体。

 あまりの揺れの激しさに、芳佳は立ち上がることができず、その場にペタリと座り込んだままだ。


「人が落ちたぞ!」


すき乗員は直ちに救助! 五分隊、げんじゆうへ!」


「機関室、浸水!」


「どうなるんだよ、この船!?」


たま! 弾持ってこい!」


「もう残ってません!」


「何かないのかよ! どうすりゃいいんだ!?」


 伝声管を通じ、艦内各所からのさくそうしたぜつきようひびわたった。

 その声に混じり、芳佳の耳に、先ほどの衛生兵と、坂本の声が聞こえてくる。


「ここは、お前みたいな子供の居る場所じゃないんだ!」


「そこはお前の居場所じゃない、じやになるだけだ!」


(そうなの……かな?)


 うつむいたまま、かべに手をついてゆっくりと立ち上がる。


「私にできることなんて、何もない……のかな?」


 芳佳が力なくつぶやいた、その時。


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