第一章 第二話


(どうして……こんなことになっちゃったんだろ?)


 しんさつ台の上でふるえながら、みやふじよしは、ぼんやりと考えていた。


(私、お父さんに会いたかっただけなのに)


 激しいしんどうごうおん

 芳佳がなんしているのは、そう皇国けんおうかんたいの航空母艦、〝あか〟内の医務室である。

 ブリタニアにとうちやく寸前の艦隊は、きよだいネウロイのきゆうしゆうを受け、現在交戦中。

 白い雲の上からとつぜん現われた、エイのようなシルエットを持つネウロイは、強力なビームを放ち、次々と護衛のちく艦をげきちんしていっていた。

 ドウッ!

 またしても激しいれ。


(お父さん、助けて!)


 芳佳はギュッと目を閉じた。

 と、その時。


「宮藤、居るか?」


 とびらの方から声。


「坂本さん!」


 芳佳はすがるような目で、医務室に入ってきたひとかげを見上げた。


「なんだその顔は。情けないぞ、それでも扶桑の撫子なでしこか?」


 安心させるように声をかけたのは、右目に眼帯をつけた少女。

 一見して、扶桑皇国海軍士官と分かる制服を身につけている。

 彼女こそ、坂本少佐。

 芳佳がこの赤城に乗艦して、ブリタニアの地へと向かう段取りを整えてくれたウィッチである。

 そもそも……。


 よこ軍港の近くに住む宮藤芳佳は、性格は明るいが、どこかそそっかしい、ごくつうの女学生だった。

 学業成績、運動成績、ともに中の中。

 特技は料理、おおむね和食。

 家は代々、地元の小さなしんりようしよで、卒業後は家業をぐつもりだったのだ。

 だが、今から一月ほど前、一九四三年七月のある日。

 坂本の登場とともに、芳佳の日常は一変した。

 歴史の大きなうねりがいやおうなく、芳佳をみ込んだのだ。


「お前の才能はずばけている。使い方さえ学べば、立派なウィッチになれるはずだ」


 突然、芳佳の目の前に現われた坂本は、芳佳を軍へとさそった。


「私は、連合軍第501統合せんとう航空団、つうしようストライクウィッチーズ所属、坂本美緒少佐だ」


「すとらいく……?」


「私たちは、強大な魔力をめた、将来有望なウィッチを探しているんだ。お前の力は見せてもらった。あらけずりだが、いいものを持ってる!」


「あ、ありがとうございます」


 ぐうぜんかどうかはさだかではなかったが、事故にあった親友を芳佳が魔法で救おうとした場面に、坂本は居合わせたのだ。


「というわけで、その力を生かして、いつしよにネウロイと戦おう!」


「……へ?」


 いつしゆんあつにとられる芳佳。

 しかし。


「お断りします!」


 芳佳はキッパリと首を横にった。

 自分の夢は診療所を継ぐこと。

 戦争に行くなんていやだ。

 だが、坂本は笑ってこう予言した。


「お前は必ず、私の元に来ることになる」


 そして、その翌日……。

 一通の手紙が、芳佳をきようがくさせた。

 突然、四年前に死んだはずの、父からの手紙が届いたのだ。

 とうかんされた場所は、はるか海の向こう、ブリタニア。

 そして、息災であることを伝える手紙にどうふうされていたのは、父とともに坂本美緒が写った写真だった。


「でも……震えが止まらないんです……」


 芳佳は坂本にうつたえた。


「さあ、顔を上げてこっちを向け」


 坂本は芳佳の前にしゃがみ込むと、顔を近づけながら芳佳のほおのあたりにそっとれた。


「……?」


 ヒヤリとする感覚。

 芳佳は、坂本が自分の耳に、何かを装着したことに気がついた。


「インカムだ。それさえあればはなれていても私と通話できる。ただし、使うのは本当に困った時だけだぞ。いいな?」


「はい……」


「私は間もなくしゆつげきする。お前とここにいるわけにはいかないんでな」


 坂本の目が、チラリと窓の方にゆく。


「た、戦うんですか、あれと?」


「そりゃそうだ。それが私たちの使命だからな」


 坂本はおどけた調子でみをかべた。

 だが、ネウロイとの戦いが死ととなり合わせであることは、芳佳でさえも知っている。


「私……私……」


 芳佳は、かけるべき言葉が見つからない。


「お前はここにいろ」


 一瞬、真顔にもどる坂本。


「決してここを出るんじゃないぞ」


「でも」


「安心しろ」


 坂本は芳佳を安心させるように、再び表情をやわらげた。


  * * *


「ネウロイは、コアをつぶさなければたおせん」


 戦闘きやく22型こうでネウロイげいげきに飛び立った坂本は、率いる戦闘機隊に無線で指示を発していた。


「戦闘機隊は、敵ネウロイのコアを探しつつ、敵のこうげきかくらんせよ! 私は上へ回り込む!」


りようかい!」


 左右に展開する戦闘機隊。

 坂本はそのままビームをかわしながらじようしようし、ネウロイの真上に出る。


「上ががら空きだ!」


 高空からネウロイを見下ろし、ふっと口元に笑みを浮かべる坂本。

 艦隊に向けてビームを乱射するきよだいネウロイの上方には、ほうだいらしきものがまったく見当たらない。


(地上攻撃に特化した、ということか)


 かすかに感じるかん

 坂本はそれをはらって笑みを浮かべると、右目の眼帯を押し上げようと指をかけた。

 だん、眼帯の下にかくしてはいるが、坂本の右目は、コアをとくしゆな視力を持つがんなのだ。

 だが。

 いつしゆん後、ネウロイ上面の体組織がかがやきを帯びると……。


「!」


 いつせいに坂本に向けてビームが放たれた。

 魔力のシールドが発光しながらビームを曲げて、坂本の身体からだを守る。


「まるでハリネズミだな……」


 坂本はいったんネウロイからきよを取り、舌打ちした。

 その坂本のりようよくを、扶桑皇国せんとう機隊が通過する。

 ネウロイのビームはしゆうのように、ようしやなく戦闘機隊におそいかかった。

 ウィッチの飛行脚ストライカーと比べ、ずうたいも大きく、せんかい性能でもおとる通常戦闘機は、ビームを浴びた部分が消失し、次々にち落とされてゆく。

 かろうじて、ついらくする機体からのだつしゆつに成功するパイロットたち。


鹿者! かつに近づくな!」


 る坂本。


「通常兵器では危険だ! コアのかいは私に任せて、戦闘機隊は後方えんを!」


  * * *


 同じころ、空母のかんきようでは、通信兵がブリタニアからの通信を受けていた。


「ブリタニアより入電! 第501統合戦闘航空団が本艦隊に向けて発進! とうちやくまで約二十分!」


 きんちようの声で艦長に報告する通信兵。


「坂本少佐に伝令!」


 艦長はそくに副官に命じた。


  * * *


「二十分か……」


 空母のかんぱんから上げられる発光信号を見た坂本はつぶやいた。


(このもうこうの中で、あと二十分)


 坂本を守るシールドにビームが当たり、てんめつする。

 シールドの限界が近いのだ。


「みんなが来るまで、なんとしてもたせる!」


 ウィッチの仲間に絶大なしんらいを置く坂本は、そうおのれすると、99式2号2型改13mmかんじゆうを構え直した。

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