第一章 第五話


「コア、かいかっくに〜ん!」


 と、ごげんな調子で報告したのは、かんたいきゆうえんに急行した、ストライクウィッチーズ、ロマーニャ公国出身のフランチェスカ・ルッキーニしようだった。

 飛行脚ストライカーG55チェンタウロをるルッキーニ。

 その手の中のM1919A6からは、白いけむりが上がっている。


「こちらもかくにんした。ネウロイげきつい


 冷静な声でこたえたのは、カールスラント出身のゲルトルート・バルクホルン大尉。

 使用飛行脚ストライカーはFw190D‐6プロトタイプ。

 ひとみうれいをたたえたくろかみのバルクホルンは、二百五十機撃墜をほこる、ウィッチーズのエースの一人である。


「十発十中だよ! すごいでしょー!?」


「作戦をしゆうりようする」


 バルクホルンは、ルッキーニの自画自賛を軽く流す。


「坂本様〜っ! ご無事ですか!?」


 坂本の姿を求め、落ちてゆく巨大ネウロイに向かって加速するのは、ペリーヌ。


「ペリーヌの奴、どさくさにまぎれてしように抱きつく気だよ。……ん?」


 笑っていたルッキーニは、ネウロイの上方に坂本の姿を発見した。


(あれって……)


 ルッキーニの瞳に映る坂本の腕の中には、抱きかかえられた芳佳の姿が。


(……東から来た、新しい魔女ってこと?……ふうん、ちょっとはおもしろくなりそうじゃない?)


「あら?」


 ペリーヌも芳佳に気がつく。


「な! ななな、何ですのアレは!?」


 自分以外の少女が坂本の腕に抱かれているのを見たペリーヌは、顔を真っ赤にしてふんがいする。

 ペリーヌにとって坂本は、れんあい感情に近いすうはいの対象なのだ。


「誰なんですかーっ!?」


「ん……あれ……?」


 ゆっくりとほうかいしてゆくきよだいネウロイを背景に、芳佳は目を覚ました。


「気がついたか?」


「坂本さん」


「よくやってくれたよ。お前がいなかったら、私もどうなっていたか」


 坂本は微笑む。


「でも……私、また最後に失敗しちゃったし」


 コアを撃ち抜いたのが自分ではなかったことを、芳佳はぼんやりと思い出す。

 誰が、あのコアを……?


「何言ってるんだ。初めてであそこまでやれたら上出来だ。ほら、見てみろ」


 坂本は、洋上の空母や救命ボートを指さした。

 激戦を生き延びた空母のかんぱんには、芳佳たちに向かって手を振る乗員たち。


「……お父さん……私……私……」


 うれしいのに、何故なぜだかなみだあふれてきて止まらなかった。


  * * *


 傷ついた空母がえいこうされてブリタニアの軍港に入ると、芳佳たちはその足で、父からの手紙にあった住所の田舎いなか町に向かった。


(お父さんに会ったら……最初になんて言おう? ずっとれんらくしてくれなかったこと、おこった方がいいのかな? でもでも……)


 窓しに、風にれる麦のながめながら、芳佳は胸をときめかせる。


(家から持ってきたおばあちゃんの梅干し、食べてもらおうっと!)


 やがて、二人が乗った軍手配の車両は、のどかな田園風景を通り抜け、午後おそくに田舎町にとうちやくした。

 だが、しばらくして。

 芳佳たちは、石の土台だけを残して消失した、はいきよの前に立っていた。


「ここが……?」


 父の手紙と廃墟を見比べていた芳佳は、つぶやくようにたずねていた。


「ああ。五年前まで、宮藤博士はここでストライカーの開発をしていたんだ」


 そう語りながら坂本は、手紙を握った芳佳の手がだんだん下がってゆくのを見て、胸に痛みを覚えた。


「あの事故の日も……」


「坂本さん……。坂本さんは、知っていたんですか?」


「……済まん」


「いいえ」


 芳佳は振り返った。

 その顔には、はかなげなしようが浮かんでいる。


「私の方こそ、わがまま言ったのにここまで連れてきてもらえて、感謝しています」


 二人の足元では、小さな花が風に揺られていた。


 研究所の廃墟から、湖にかかる橋をわたり、がけの上の墓地を目指しながら坂本は語った。


「私も、かつては博士とここで過ごしていたんだ。……その手紙も、やはりそのころに出されたものだったんだろう」


「お父さん、いつも間が悪いんですよ。小学校の入学の日に出て行って、くなった知らせの届いたのは、私の十歳の誕生日。今頃になってとつぜん手紙が届いて、もしかしたらって思ったけど……」


 やがて二人は、ひとつの墓の前にたどり着いた。


「親子なのに、えんがないのかな、私たちって。えへへ」


 芳佳は墓石の前に座り込み、墓標をでる。

 と、その時。


「!」


 芳佳は、墓標の下の部分に何か文字が刻まれていることに気がついた。


「これ……」


 坂本は芳佳のかたしにのぞき込み、そこに刻まれた文字をなつかしむように読み上げる。


「その力を多くの人を守るために」


 懐かしむような色が、その左目によぎる。


「……博士がよく言っていた言葉だ。ストライカー・ユニットも、そんな博士のおもいから生まれたんだ」


「……お父さん」


 やがて、想いが溢れ出したかのように、芳佳は泣き出した。



 空があかねいろに染まる頃になって。


「行くか?」


 坂本は芳佳に声をかけた。


「はい。あ、あの!」


「ん?」


「あの…………私を、ストライクウィッチーズに入れてください!」


「……何!?」


「ここに残って、私の力を使いたいんです。もっと、たくさんの人たちを守るために……」


「宮藤……」


「きっと」


 芳佳はもう一度、父の墓標に目をやった。


「お父さんも、そう願ってると思うから……」


「そうか。よーし、分かった!」


 坂本は破顔した。


「あとは私に任せろ、一人前のウィッチになれるよう、ビシビシきたえてやるからな!」


「は、はい!」


 そして、その夜……。


 ウィッチーズ基地の兵舎の前に、隊長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケちゆう以下、じよたちが勢ぞろいしていた。


「え〜」


 坂本が、一同に芳佳をしようかいする。


「今日付けで、連合軍第501統合せんとう航空団に配属となった、宮藤芳佳だ」


 ペリーヌは敵意をあらわにした顔をしているが、残りのメンバーも、小さく手を振ったり、あくびをしたり、舌を出したり、目線をそらしたり、反応はそれぞれだ。


「宮藤芳佳です! よろしくお願いします!」


 芳佳はにっこりと笑って、戦友となる魔女たちにあいさつする。

 こうして。

 扶桑を旅立った新米ウィッチ宮藤芳佳の、ブリタニアでの戦いの日々が始まった。


 ……のだが。

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