事故現場

彩詠 ことは

事故現場

目が覚めると、私は知らない部屋の中にいた。

まったく知らないところ。

目が覚めたばかりだからか、頭がぼんやりともやがかかったみたいになっていて、どうしてここにいるのか、ここがどこなのか、思い出せない。

身体を起こしてみると自分はベットの上にいたことを知る。

知らない家で知らないベットの上で暢気にも眠っていたというのだから手に負えない。

ベットがあるということはここは寝室なのだろうか。

右側の壁には大きめの窓があり、カーテン越しに太陽が自己主張をしている。その上には大きなエアコンがあって、そこから冷気が吐き出されていた。時計は見当たらないので時刻はわからないけれどーーと、自分の右腕に腕時計が巻かれているのに気づいた。その時計は見慣れた感じがあったので自分が前から使っていたものに間違いがない。

時刻は、午後一時を少し過ぎたところ。

そういえば、少しお腹が空いた気がする。

とにかく寝室から出てみよう、そう思ってベットから腰を浮かせた。

ベットはダブルサイズでホームセンターで飛び乗るようなあれを思わせた。

私は今年で大学二年生になるからさすがにもうそんなことはしないけれど、過去にはある。誰だって一度や二度と言わず何度も経験しているだろう。

大学を東京の端っこの方にあるところを受験して受かったから住んでいたところを離れてこちらに引っ越してきた。寂しくないといえば嘘になる。ことあるごとに帰りたくなる。たまに田舎から送られてくるダンボールにはお菓子や缶詰と一緒に実家の香りまで詰められているようで開けるたびになんだか複雑な気分になる。

どうして実家を離れたのかというと、単に一人暮らしに憧れていたのと、自惚れがあったんだと思う。

私は特に何をしてきたわけでもない。勉強もそこそこ、運動は少し苦手といった普通の女の子だった。いや、普通というより没個性といった方がいいかもしれないな。中学に上がっても、高校に上がっても部活をすることもなく、ただただ時間を浪費していった。暇人なのにお父さんやお母さんの手伝いなんかしたことなんて一度だってなかった。広大な田んぼを腰を折って行ったり来たりしているのをなんとなしに窓から眺めていただけだった。

起きて。

時間を浪費して。

眠って。

それの繰り返し。

それで、分不相応にも私は憧れた。

部活動で一生懸命になっているクラスメイトに。

テレビの中で華やかに活躍している才人たちに。

漫画の中で事件に巻き込まれる主人公たちに。

私は憧れた。

そして思ったのだ。

都会に来れば私にだって何かがあるんじゃないか。

今になって思う。

何かって何だ?

そんなんだからお前は駄目なんだ。

そんなことはわかっていた。わかっていたけれど、どうにもできない。

おっと、いけないいけない。少し油断しただけで自己嫌悪のスパイラルに取り込まれてしまう。最近はずっとこんな感じだった。常に気を張っておかなければ、さっきみたいに落ち込んでいく。きっとそのまま放っておいたら地面にめり込んでいって窒息死してしまうかもしれないなんて思った。

とにかくここから出なければ。

今日が何曜日なのか憶えていないけれど、学校に行かなければならないかもしれない。確か、幾つか単位を落としそうな教科があったはずだ。

私はそんなことを考えながら、おそらく私が根城としている家賃四万円のワンルーム全体より広いと思われる寝室(であろう部屋)のドアノブに手をかけた。

扉を引いて。

息を飲んだ。そして、むせかえるような匂いの所為で今度は嗚咽と共に空気を吐き出した。

扉を開いた瞬間の印象は端的に言って、『赤』だった。

赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

と、リビング一面が赤くなっていた。

今は夏場だというのにクーラーも点けず、窓も開けずだから蒸していた。

なんなんだ、ここは?

呆気にとられながらも一歩を踏み出すと、にゅるっと足の裏が濡れた。

昔流行った、緑のバケツに入った緑色の変なスライム、あれを誤って踏んだ時と似ていた。

足を上げてみると、べったりと赤い液体が足裏にこびれ付いていた。それは変な粘性を持っていた。

見渡してみると、床はその液体が所狭しと流れていて足の踏み場がない状態になっていた。壁や天井にまで、それが飛び散っていて、ぴちゃぴちゃとどこかで滴る音が聞こえる。まるでここでトマトを投げ合うスペインのお祭りが開催されたようだった。

それにしても、ここの家主さんはいったい何をしているんだろうか。自分の家がこんなことになっているのを知っているのだろうか。いやいや、もしかしたらこの惨劇に何かしら関与しているのかもしれない。たぶん、そうだ。

さて、この後はどうしようか。片足は汚してしまったけれどなるべく身体を汚したくはない。けれどいつまでもここにいるわけにもいかないからどうにか移動しなければならない。

寝室に戻って何か使えるものを探していると、ベットの下からすりっぱが出てきた。これも赤い何かがこびれ付いていて、汚れていたけれど履けば短時間ならば足を汚すことなくあの中を移動できるだろう。知らない人のすりっぱを謎の液体で汚してしまうのには少し心苦しさを感じたけれど、背に腹はかえられない。どうしても気になるようだったら後で買って返せば問題なかろう。

私は早速すりっぱを履いて、もう一度寝室の外に足を踏み出した。

ぬりゅっという感覚がすりっぱの生地を通して足の裏に伝わってくる。

気をつけなければ足を滑らせて転んでしまいそうだった。

慎重に一歩一歩を繰り出して行く。

リビングをなかばまで来たところで、私は何かを蹴っ飛ばしてしまった。それは運動エネルギーに従ってごろんごろんと転がった。床を濡らしている液体を引っ付けて転がるそれは、こちらを向いて止まった。

こちらを向いて、というのは比喩表現ではなくて、転がったそれには目がついていて、見開いたそれと目があったのだ。

「ひゃああ!」

それは、成人男性の頭部だった。黒い髪に軽くウェーブがかかっている。耳元には宝石らしき青い石のピアスが光っている。首を数センチ残してそこから先は虚空が広がっていた。

呼吸が浅く速くなる。

息を吸っているのに全然吸っている気がしない。

吐き気が実物を伴って喉元を上がってきた。それを思い切り床に吐き散らした。

もともとあった赤いそれと、吐瀉物が混じってなんともいえない色味になる。混じり合った匂いがさらに吐き気を誘う。

それでもなんとか倒れまいと踏ん張った。

あれに触れるなんて嫌だ。あれに触っちゃいけない。あれは……あれは……

そうだとわかってしまえばそうとしか見えなかった。

涙が渕に溜まった瞳で辺りを見回す。

頭部だけじゃなかった。手や、足や、指やーー身体のパーツというパーツがバラバラにされて散らばっていた。

昔、プラモデルを落っことしてしまったときのことを思い出した。

「……ああ、この、赤いのは、血か」

そう言って、私はまた吐いた。





ピピピ、という目覚まし時計のアラームで目が覚めた。

まだ寝ていたいという身体の抗議をしっかりと聞きつつも重い瞼を持ち上げた。

木の模様が地を這う蛇のような部屋の天井が見える。続けて、目覚まし時計の方を見る。時刻は七時ちょうど。それを確認してからアラームを止めた。

目覚まし時計が機能を発揮したということは今日は何か予定があったということなのだろうけれど、全く思い出せない。

とりあえず、僕は布団から身体を起こした。

窓の外からは朝日が入ってきていて、室温を遠慮なく上げていた。今日もまた暑そうだった。開いた窓には網戸が張ってあり、虫の侵入を防いでいる。その前には扇風機が首を振って外気を部屋の中に振り撒いている。この部屋にはクーラーがない。だから、こうして扇風機というもはや前時代の機器ともいえるものに頼らないとならない。しかも、暑い外気をただそのまま室内に送り込むだけだからさほど涼しいとは言えない。ないよりはマシといったところか。

むんむんに蒸している部屋の中、立ち上がる。そして、本格的に今日の予定を思い出してみる。

「…………」

んんー……。

やっぱ、無理そうだな。

目覚ましが起動している以上、何かしら予定があったのには間違いがないはず。僕は休みの日は大抵目覚ましもかけずに昼過ぎまで寝ている。ひどい時は起きたら夕方だったなんてこともある。

僕は寝ている時にかいた汗を洗い落とすべく、シャワーを浴びた。それから、洗面台でまだ寝惚けている顔を洗った。それから歯を磨く。

鏡を見ながら髪を整え、シャツとデニムに着替えた。

リュックを背負って、アパートを出て鍵を閉める。

すると、玄関の少し先に大家さんが立っているのが見えた。物音に気付いて向こうもこちらを見た。おはよう、と声を掛けてくる。僕は人付き合いが苦手ながらも近隣の人たちとは良好な関係が築けている、と自分では思っている。

今日も暑いですね、とかそういう当たり障りのない世間話を少ししてから別れた。

目的地はない。ここら辺を適当に歩いていたら予定を思い出さないかなという希望的観測に基づいた計画である。

しかし、と考える。

人がここまで綺麗に記憶を失うことがあるのだろうか。もしあり得るのだとして、原因はなんだろう。

僕は酒を飲まない。というより、飲めないといった方が正しい。嫌いとか、苦手とかそういうレベルではなく、身体が拒否をする。アレルギーを持っているのではないのだけれど、小さい缶一本空けようものならその場で嘔吐するだろう。だから、前日にしこたま酒を飲んで酔っ払った挙句、記憶がなくなったというのはありえない。だとすると、外的要因によるものだろうか。とはいっても、頭を探ったところで傷一つ見つからなかった。他の部分も同様だった。

そういえば、世界は五分前にできたのであるという説を完全に否定することができないといった話を以前どこかで聞いたことがある。まあ、一種の思考実験でSFの域を出ないことはわかりきっているけれど……、まさか本当にそうで、僕はずっと生きてきたと思い込んでいるだけで実は起床する前は無だった……? いやいや、ないか。

そんなことを考えていると、いつの間にか見慣れた公園にやってきていた。平日の朝だからか、人の気配はない。しんと静まり返っている。

僕は公園の端にあるブランコに腰掛けた。

こんなことをしてもやっぱり予定は思い出せなかった。





私は、もともといた寝室に戻ってきていた。

向こうで履いていたスリッパは寝室の出入り口で脱いできた。

こちら側には血はなかったけれど、締め切っていても、向こう側から流れてくる匂いは消えない。

どうして私がこんなことに?

そんなことを考えても意味がないのかもしれない。

私は運命というものを信じてこなかったーーいや、そんな確固たる自分の考えがあったわけじゃない。運命なんてものについて考えたことがなかっただけだ。ただ、私たちは何かの流れに為す術なく流されて、行き着くところまで行くだけだと思っていた。その流れには意思など存在していなくて、意味なんてなくそうなるだけだと、そう漠然と思っていた。

だから、私が今こんな状況に陥っていることにもなんの意味もないのだろう。どうして、とか考えるだけ無駄なのだろう。

私は広い寝室を眺めた。見れば見るほど広い。高級マンションとまでは言わずとも、それなりの物件であろうことは簡単に想像出来る。それなりの物件であるなら、それなりの設備があると考えていいと思う。つまるところ、監視カメラだ。私がここにいるということは、この建物に、もっと言えば、この部屋に入るところが監視カメラに記録されている。そうなると、ここで起きた殺人事件が明るみに出た時、真っ先に疑われるのは私で間違いないーーん? ちょっと待って。私の姿が監視カメラに映っているのなら、この惨劇を引き起こした犯人だって映っているんじゃないか? いや、ここまでやる人間だ。もしかしたら、監視カメラをすり抜けてここまで来ているかもしれない。そんな昔観たスパイ映画の登場人物みたいなことが実際問題できるのかどうかはわからないけれど、ここは慎重を期したほうがいい。そうなると、このまま何もせずにここから出て行くのはあまりにも危険過ぎる。私がこの惨劇の犯人ではないという証拠を持って外に出るのが安全だろう。

意を決して、私はまた寝室の扉を開いて、先ほど脱いだスリッパを履き直した。ぬるっという感触と共に床に足が着いたことを知らせてくる。鼻の周りにまとわりつくような血の匂いが不快感を煽る。部屋の風景はさっきと一寸も変わっておらず、異様な地獄絵図を保っていた。

私は先ほど蹴り飛ばした男の頭まで来ていた。

男は虚ろな瞳をこちらに向けていた。人の死体を直接見るのは初めてだった。知り合いで亡くなった人はまだいない。事故現場に遭遇することもなかった。

魂というものが存在するのかはわからないけれど、死体となったそれは、生きている人間とは明らかに何かが違っていた。何かが足りないのだ。精巧な人形を見ているような、そんな感覚。有機質と無機質の間にある絶対的な相違をまざまざと見せつけてきている。

転がっている頭部から目を外して、周囲に向けた。近くに大きなソファが置いてあり、その上にバラされたパーツが無造作に置かれて山になっていた。以前は頭部がついていたであろう胴体や、骨張った腕、筋肉で隆起したふくらはぎなど。身体にある思いつく限りの接続部分を切断したのではないかと思わせる様だった。

ふと、その光景に少し違和感を覚えた。いや、この光景に違和感を覚えないところはないのだけれど、それでも一際気になるところがあった。

何度見ても、ない。服が見当たらないのだ。

服が見つかったからといってなんということもないのだが、しかし、一度気になってしまえばそれはもうある種の病気のように頭の中をくすぐる。

辺りを見回すとキッチンが視界に入った。そこだけはまだ足を踏み入れていなかった。私は転ばないように慎重に一歩一歩キッチンに向ける。

ぬちゃぬちゃと足音を立てているのが不快でしょうがない。気持ち悪い。早くここから出たい。

キッチンは広々としたシステムキッチンだった。私の住むアパートには古びたガスコンロなので少し驚いた。家賃四万円のボロアパートとこのマンションを比べるのは失礼な気もするけれど。

探していたものは、大きなグレーの冷蔵庫の前に山積みにされていた。これは見慣れた光景だった。私もよくやる。実家で暮らしていた頃にもお母さんに何度も叱られた。

『もう、自分の洗濯物くらい自分で出してよ』

お母さんの声が聞こえる。途端に喉の奥がきゅんとなって息苦しくなる。目頭がなんだかあつくなって油断すると涙が零れ落ちてきてしまいそうだった。

自分の娘がこんな状況に陥っていると知ったら、いったいどう思うだろう。悲しむだろうか。それとも犯人に怒るだろうか。もしかしたらそのどちらでもないのかもしれない。はたまた、そのどちらでもあるかもしれない。

そこで、ハッとした。

そういえば、自分のスマートフォンはどこに行ってしまったのだろう。今のところ私は手ぶらの状態だ。でも、スマートフォンすら持たないで出歩くなんてことがあるだろうか。いや、きっとそんなことはない。おそらく、この家のどこかにあるはずだ。





公園のブランコで一時間ほど過ごしていると、ベビーカーを引き連れた女性の姿が多くなってきたこともあって、僕はまた自宅に戻ってきていた。

出るときに会った大家さんの姿はもうなく、誰に挨拶することもなく家の中に入った。

そういえば、少し空腹だった。朝起きてから飲まず食わずなのだから当たり前か。

冷蔵庫を開ける。中には使いかけの調味料と一リットルパックのオレンジジュース、それと、期限が少し過ぎている納豆が二つあった。炊飯器の中には炊いてから少し経っている白米があったので、それを茶碗に盛って、納豆をかけた。

納豆ご飯をかきこみながらテレビを点ける。この時間帯はどの局もワイドショーをやっていた。数人のコメンテーターが何やら真剣に話している。よくよく聞いてみると、ここからほど近いところで多発しているバラバラ殺人事件についてだった。こういったセンセーショナルな事件は、視聴者受けがいいのか、最近はずっと報道されている。

被害者は老若男女問わず、被害者同士に接点はない。完全な無差別で、捜査は難航しているらしかった。

そんな報道を特に何を感じるでもなく、飯を食べながら見つめた。

すると、テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えだした。しばらくしても止まらないので、電話が掛かってきたのだとわかった。画面には知り合いの名前が表示されていた。

「もしもし」

「おい、お前いまどこにいるんだよ」

電話先の知り合いは慌てている様子だった。

僕は自宅でワイドショーを見ながら飯を食っている、というような旨のことを言うと、

「馬鹿かお前は。今日の授業休んだら単位を落とすぞ」

と言った。

ああ、僕の今日の予定はそれだったか。

「急いで行く」

と、伝えてすぐに電話を切った。

リュックに授業道具を入れて玄関に向かった。鍵を取り出したところで忘れ物をしたことを思い出す。これを忘れてしまっては大変だ。

布団の横に置いてあるそれを掴んでリュックにしまう。

それはホルダーに入ったナイフだった。

ホルダーには、誰かの血液がべっとりとこびれ付いていた。





スマートフォンは見つからなかった。その代わり、新しい事実が判明した。

自分のスマートフォンがどこにあるのか考えを巡らせた結果、バラバラになった男が持っていたのではないか、という結論に至った。そこで、冷蔵庫の前に山積みにされた衣服を探ってみた。服には少量の血液が付いているのみで、そこまで汚れていなかった。どうやら、バラされる前に服を脱がされたらしい。

スマートフォンは見つからなかった。次に、ソファのところまで戻り、バラされたパーツの中を探す。切断された四肢は青白く固まっていて、マネキンのようだった。

と、そこで、中からもう一つ頭部が出てきたのだ。明るい金髪を短く整えた男だった。やはりと言うべきなのか、男の瞳は虚ろ気に見開かれていて、出てきた瞬間私と目が合った。咄嗟に数歩後ずさる。よく悲鳴を漏らさなかったと自分で思った。深呼吸を何度かして、気を落ち着かせる。

頭部が二つ。ということはつまり、二人の男がバラされているということだ。だからなんだと言ってしまえばそれまでなんだけれど、それでも新事実があったほうがまだなんとかなるんじゃないかという気がしてくる。

パーツの山をあらかた片付けてみると、やはり二人分あった。しかし、探していたスマートフォンは見つからない。

一旦、私は寝室まで戻ることにした。どこにでもいいから一度座りたかった。気付けば、スリッパの中は血が染み込んでいる。というより、今や全身が血に塗れていた。

点けっぱなしにしていたエアコンから涼しい風が流れてきて、身体に付いた血を乾かす。

この汚れた身体でベットに乗るのはなんとなく気が引けたので、入ってすぐの床に腰を下ろした。

この異常な状態で後回しにしていたけれど、私はどうしてここにいるんだろうか。

見ず知らずの場所に見ず知らずの人間。加えて、私の記憶はない。

普通に考えて、おかしい。この殺人現場よりも私のこの状況の方が何より異常だ。

記憶。

私が憶えている最後の記憶は、昨日の夜布団に入るところまでだ。そこから丸半日すっぽりと記憶が抜け落ちている。だとするなら、寝ている間に誘拐されたと考えるのが一番自然な気がする。そうだとすれば、ここに至るまでの記憶がないことにも説明がつくーーいや、変だな。目が覚めた時、私はベットの上にいたんだ。誘拐してきた相手をわざわざベットに寝かせるとは思えない。私の知識だと、椅子に両手両足縛られて、さるぐつわされるのが一般的だ……映画とかアニメでしか見たことがないけれど。

そうなると、あの男たちはいったい誰なんだろう。あの二人が殺されてバラされているのに、どうして、私は傷一つなく生き残っているんだろうか。





教室の中は騒がしかった。

授業が始まるまでの少しの時間だというのに、誰もが席を立ち、誰かと談笑している。会話内容は四方八方から混ざり合って判別がつかない。

「危なかったな」

と、僕の隣の席に座っている男が言った。

彼は僕の友人で、単位を落としそうになっていた僕に電話を寄越してくれた奴だった。

僕は首を縦に振って、電話の礼を返す。

「んなこと気にすんなよ」

そう言って彼はにこやかに笑った。

僕と彼が座っているのは教室の最後尾で、全体が見渡せる位置だった。だからといって隣に座っている彼以外に親しい仲の人物がいるわけでもないので、見渡せるだけ無駄なのだが。

「そういえば、あの事件のこと知ってっか?」

隣の彼の話す内容は突拍子もなく変わる。僕はそれについていくのがやっとでいつも苦労する。しかし、周りを見ている限りだと、誰もが彼と同じ調子で話の矛先を突然に変えていた。そして皆がそれに難なく合わせて、面白い返しをしたり、話を広げたりしているようだった。つまり、こんなことに難しさを感じている僕の方がおかしいのである。

「被害者の人はみんなここら辺の人間なんだってよ」

ふうん、と僕は返した。それは、ワイドショーでこれでもかというほど言っていたことだった。先ほどまで観ていた番組をふと思い出す。

「それにしてもどうして犯人は殺した後にバラすんだろうな」

と、ただ疑問に思っただけといった風に彼は言った。

なにも、殺した後にバラしているとは限らないだろう。殺すためにバラバラにしているのかもしれないじゃないか。という旨のことを僕は彼に伝えた。

僕の発する言葉は周囲の雑踏の中に溶けて消えてしまっているように感じて、彼の鼓膜までちゃんと音が伝わっているか心配になったけれど、どうやら杞憂だったみたいで彼は、なるほどなぁと小さく頷いていた。

そんなことを知って彼は何がしたかったんだろう、いや、もしかしたらそんなにたいした理由なんてないのかもしれないと僕は思った。

教室に講師の男性が入ってきたのをきっかけに席から離れていた奴らが一斉に戻り始めた。僕はその様子を見つつ、リュックの中から勉強道具を一式出す。すると、ごとん、と何かが重いものが机の上に落ちる音が聞こえた。その音が聴こえたのは、どうやら僕と隣に座って同じように授業の準備をしていた彼だけだったようで、彼だけが音のした方に目をやっていた。机の上には、ホルダーに入ったナイフが落ちていた。誤って勉強道具と一緒に出してしまっていたみたいだ。僕はそれをリュックの中にしまいこんだ。

「今のって……」

と、彼は僕の顔を見る。少し驚いた表情をしていた。

最近物騒だから護身用に持ち歩いているんだ、と僕は彼に説明した。彼はそれで一応の納得をしたようだった。

「そんな物を持っているから君があの事件の犯人なのかもなんて思っちゃったよ」

そう言いつつ彼は声を出して笑った。

酷いな、と僕も声を出して笑った。





もう一度、私はスリッパを履いた。血が内部にまで到達しているので、履く意味が果たしてどれだけあるのかはいささか疑問だったけれど、一応履いた。

記憶がなくなっていることや私だけが生き残っている不自然さはとりあえず横に置いておくことにした。考えてもわからないものは考えない。そんな割り切った考え方ができるのが私のいいところでもあり、そして悪いところでもあるのだろう。

とにかく。

リビングに戻ってきていた。

部屋全体が血で塗りたくられていて、ソファの横にはバラされた人間のパーツ。キッチンの方には大きな冷蔵庫とその前に山積みにされた男たちの洋服。

ここはあらかた見終わっただろう、そう思って、寝室とは反対に位置する扉に手を掛けた。扉の向こうは細い廊下になっていて、一番奥に玄関が見えた。靴が三足ある。私のと男たちのだろう。

廊下には血がついている気配はなく、綺麗なままだった。横に扉が二つあった。おそらく、一つがトイレで、もう一つは何かしらの部屋だろう。

廊下を少し進み、左手前にあった扉を開ける。すると、やはり想像した通り、トイレがあった。扉を閉めて、さらに進む。そうして、もう一つの扉を開こうとした時、床で何かが光ったのが見えた。それは点々と等間隔で並んでいて、廊下を一直線に伸びていっている。リビングからの明かりを受けて、白く浮かび上がっていた。目を凝らして観察してみると、血でできた足跡のようだった。もう今更血の足跡くらいでは驚きもしない。そう思い、二つ目の扉を開けようとした。

と。

そこで、思い至る。

あれはいったい誰の足跡だ? ここに今いるのは私だけで、二人の男は既に死んでいる。足跡が血でできている以上、おそらく男たちが死んだあとにできたのだろう。となると……。

足跡は廊下の奥、玄関の少し前で左に入っていっている。そこには、洗面台と風呂場があった。足跡はそのまま風呂場へ向かっていた。足跡が一方向にしかないのをみると、足跡の主は風呂場まで血に濡れた足で来て、そして、足を洗って血を落としたのだろう。その主は、男二人をバラした犯人に違いない。

人を殺して尚且つ自分の身体を洗うなんて、どういう神経をしていたらそんなことができるのか。

私は急に怖くなって風呂場から離れた。一度寝室に戻ろうと思ったのだ。その途中で、まだもう一つの扉を開けていないことに気づいた。狂ったように鼓動する心臓をなんとか抑えて、扉のノブに手をかける。カチャリ、という音がして、開いた。向こう側に広がる部屋はなんていうか、普通のーーとはいってもやはり金がかかってそうなーー部屋だった。テーブルと回転式の椅子、辞書やらが詰まった本棚。普通の部屋だった。ただ、普通でなかったのは、床に血の付いた一本のテープがあったことだ。





授業が終わった僕は、少し歩いただけでも汗がたらたらと頬を伝う暑い街中を歩いていた。リュックを背負った背中に汗がたれていくのが感じられた。

今歩いているところは街の小さな商店街という風なところなのだけれど、屋根があるわけではなく、吹きさらしの中、店舗がいくつか立ち並んでいるだけなので、直射日光が僕の肌をじりじりと焼いている。

この暑さともあと数週間でお別れだということを考えると少しばかり寂しい気もしなくはないが、だけどまあ、暑過ぎるだろう。いい加減辟易してくる。

そこで。

「ねえねえ、そこの君」

と、背後から声をかけられた。

周りは買い物帰りの主婦と思しき人が二人、自転車に乗ってどこかへ向かっているだけだった。

僕は後ろに目線をやった。そこには、男が二人立っていた。一人は、黒の長髪に軽くパーマをかけているのか、ふわふわと風になびいている。見え隠れする耳元には青い石のピアスが輝いていた。いかにもチャラそうなお兄さん。もう一人は短い髪を眩しい金色に染め上げている。こちらはチャラいというよりはチンピラといった雰囲気のお兄さん。

地味な人間だと自負する僕には縁のない人種だった。しかし、お兄さん達は僕の方を向いて嘘っぽい笑顔を向けている。明らかに僕に話しかけていた。

僕は、何か用ですか、といった趣旨の言葉をお兄さんに投げた。

「用ってわけじゃないんだけど……」

長髪のお兄さんが歯切れが悪い返答をしてきた。声を聞く限り、最初に話しかけてきたのは長髪のお兄さんだったみたいだ。お兄さん二人に(しかも接点が皆無な)呼び止められる理由がわからない。

尚も僕の目の前で何やら御託を並べている長髪のお兄さんを見ながら考える。そして、一つの答えに行き着いた。

ああ、これ、ナンパか。

僕は産まれてから今までナンパというものには縁がなかった。僕が実行するなんてもってのほかで、されるという経験もなかったのだ。そもそもナンパという行為は意味不明といってもおかしくない。そんなぽっと出の異性同士で何がしたいのか。しかし、今回はさらにナンパ相手が同性であることが事態をより面倒にしている。まあ、そういうことなんだろう……世界は広い。

「申し訳ないんですが、僕、そういう趣味ないんで」

きっぱりと僕が断ったからか、お兄さんは二人とも心底驚いた顔をしてから、あはは、と大声をあげて笑い始めた。少ない通行人と店の人が何事かとこちらに視線を集めているのがわかる。急激に顔が熱くなっていく。

「君、面白いね。そんなこと言われると思ってなかったよ」

と、今度は短髪のお兄さんが言った。

何が何だかわからないんですけど、そんな旨のことを伝えると、今度は長髪のお兄さんが、

「いいお仕事があるんだけど、興味ないかな」

いいお仕事。それは今の僕にとって甘味な響きを持つ言葉だった。僕が今しているアルバイトは、低賃金で過酷というなんとも、なんともな仕事だった。ほぼ毎日死ぬほど働いて、あのぼろアパートから抜け出せないというのだから救えない。家賃が安いからといって、その分他で贅沢しているかといったらそうでもなく、むしろ貧しいうちに入ってしまうんじゃなかろうか。

そんな僕の反応を機敏に察知したのか、お兄さん二人はケタケタと笑う。

「とりあえず、話だけでも聞いてよ」

そう言って、短髪のお兄さんは僕の左腕を引いた。





ぷつん、と音を立てて、画面が真っ暗になった。リモコンを持った手が小刻みに震えている。

なんだ、これ。

いたずら? そうならタチが悪い。こんなことをした奴を見つけ出して裁判かけてやる。大金ぶん取って……それから。

でも、心のどこかでこれはいたずらではないことを受け入れている。信じられない、という気持ちとそれを真実として解釈している脳と、その板挟みにあっている。

私は、また赤く染まったリビングの床に嘔吐した。私のそれと、床のそれが混ざり合って、マーブル調になっていった。

その場に尻餅をつく形で座り込んだ。いろいろなところが血で汚れてしまっていたけれど、もうそんなことには構っていられない。頭がそんな些細なことにまで行き着いていない。

とにかくなんとかしないと。

なんとかって、どうするの。

どうもこうもないでしょ。

でも、もうどうにもできないよ。

死んでしまったものは生き返らない。時間を逆行することはできない。

そんなのわかってるわよ。

本当にわかってる? わかったふりをしているだけじゃなくて?

…………。

わかってる。私は生き残ってなんかいなかったんだ。





お兄さんたちに連れてこられたのは、僕が住んでいるアパートから少し離れたところにある高層マンションだった。入り口にはオートロックがあって、ポストがいくつも設置されていて、マンションの大きさを感じさせる。

このマンションは、工事をしている頃から有名だった。まあ、よくある話といえばそうなのだけれど、近隣住民から反対運動を受けていたのだ。こうして、マンションが建っている以上、何かしらの形で解決したのだろうとは思うのだが、それでも人がマンションに住み始めた今でも反対運動の横断幕やら、旗やらはちょくちょく見かける。いくら良い物件に住んだとしても、周りがこうであれば台無しなように思う。そんな環境でも住人はいるのだけど。

そんなマンションの十四階がお兄さん二人の目指している場所だった。部屋の前にはカメラ付きのインターホンが設置されていた。オートロックがエントランスにあるのだから、インターホンは不必要な気もするが、用心してし過ぎることもないのかもしれない。

中に入って少し進むと、右手に風呂場があった。もう少し先左手には一つ部屋があった。それらを横目に廊下を直進すると、広いダイニングキッチンに出た。

「よく来たわね」

声のした方を見ると、女性がソファに腰掛けていた。その対面にあるソファに座るよう言われたので、素直に従った。

ふわっと身体を包み込む。柔らか過ぎて、座っている感じがあまりしない。意識しないと後ろに倒れこんでしまうのではないかと不安になった。

先ほどの長髪のお兄さんがテーブルにティーカップを二つ置いた。カップの中からはゆらゆらと湯気が立っている。さっきまで焼けるような太陽の下にいたのだからアイスにしてほしかった、と頭の片隅で思った。

すると、目の前に座る女性の目動いた。僕の右腕を見ているようだった。

「私も左利きなのよ」

と、女性は右腕を上げた。そこには高級そうな腕時計がカチカチと時を数えていた。僕の右腕に巻かれた腕時計はそこまで高くないので、見られるのが少し恥ずかしくなって、左手で時計を覆い隠した。それを見て、なんと思ったのか、うふふ、と笑った。

「それで、お仕事の話なのだけれど」

そうだった、すっかり忘れるところだった。

「いつ頃から働き始められるかしら」

ん? なんだか、もうやる前提で話が進んでないか?

僕は、仕事内容の説明を受けにここに来ただけだと女性に説明した。

「あら、そうだったの。ごめんなさいね、てっきりもう彼らから話を聞いているのかと思っちゃったわ」

そこで、ティーカップを手に取って、口元へ持っていった。仕草がいちいち優雅さを漂わせていた。

お兄さん二人は僕の後ろに並んで立っている。

「えっとね……まあ、説明するより実際見てもらった方がわかりやすいかしらね」

そう、女性が言うと、後ろに立っていたお兄さん二人が動いたのがわかった。振り返ると、長髪のお兄さんは片手にビデオカメラを持っていた。短髪のお兄さんは僕の右手を掴んで、思い切り引いた。身体が浮き上がるのがわかった。肩が抜けそうに痛い。

「だめよ、知らない人にほいほいついていっちゃ」

女性はそんなことを楽しそうに言う。

「ま、おとなしくしといてよ。そうすればすぐ終わるからさ」

短髪のお兄さんは僕に顔を近づけて言って、そしてーー思い切り僕の服を引き千切った。肌露わになる。

僕は自由な左手で拳をつくって、それを僕に馬乗りになっているお兄さんの顔面に力一杯ぶち込んだ。短髪のお兄さんは、ぐわっと言って、後ろに飛んだ。身体が軽くなった瞬間に飛び起きて、リュックを取りにーー。

置いていたリュックがなくなっていた。いや、リュックはあったのだけれど、それは、女性の腕の中に、という形でだった。

「あなた、こんな物騒なもの持ってたのねえ」

言いながら、ホルダーに入ったナイフを僕に向けて見せる。背後でお兄さんが立ち上がるのがわかった。

ああ、もう、おしまいだ。こんなことになるなんて。こうなると全く考えなかったわけではない。ただ、その可能性を僕が見なかったことにしただけだ。

短髪のお兄さんはゆっくりと、しかし確実に僕の方へ近づいている。

僕は諦めて、静かに目を閉じた。





「あ、あー。

んん、俺の名前はーー、ああ、まあそれはいいか。いきなりで何が何だかわからねえと思うかもしれねえが、その疑問に俺が全て滞りなく答えてやれるかといったらそれは約束できねえ。ただこうなっちまった以上、そして、事を動かしたのが俺である以上、出来る限りの説明はさせてもらうつもりだ。それで状況がどうにかなるわけでもないんだが、自分の身に何が起きたのかくらいは知っておいた方がいいだろ。

で、だな。いったいどこからどう話したもんかな……。

じゃあ、まずは俺が何者なのかを話そうか。俺は、まあ見ての通り誰でもない。いや、誰でもないってことはねえんだ。俺は俺のことを知っているし、現にこうしてお前と話をしている。直接ではないけどな。でもお前から見たら誰でもないように見えるだろ。俺から見た認識とお前から見た認識とどちらがあっているのかは俺にはわからない。ただ、一つ言えることは、お前が始まりだったということだけだ。

俺はお前のために生まれた。お前は自分が何の取り柄もなく、何の才能もない出来損ないだと思っているかもしれないが、俺はそうは思わない。お前ができないことを代わりに俺たちがしてきたってのは事実だが、できないことを誰かに任せることができるっていうのは、そりゃ紛れもなく才能だろうよ。頼む相手が俺たちみたいな奴でもな。つっても、お前自身は自覚ないんだろうけど。

ん? で、何の話してたんだっけか……ああ、そうそう、俺が何者かって話か。まあ、ここまでで大体予想はついてるかもしれねえが。俺はお前の副人格だ。簡単に言っちまえば、お前という存在から枝わかれたもう一つの人格ってことだ。俺以外にもいるぜ。俺がここに来る前は、名前なんつったかな……とにかくナイフをいつも持ち歩いてる変な少年が『この身体』の主人格だったしな。お前がここに来た記憶がないのはそのせいだ。

俺たちはお前のしたくないことを全て引き受けたーーいや、お前がそうするために俺たちを造ったんだ。お前にその自覚がなくてもそれは変わらない。お前は上京して、自分の小ささに気付いちまった。俺に言わせりゃあ誰だって似た様なもんだぜ。人間なんてちっぽけでくだらねえもんだ。でもな、それは人間性じゃねえ。人間に比べて世界がでか過ぎるんだ、と俺は思う。だけど、お前はそうじゃなかった。自分の小ささに耐えきれなかった。なんでか知らねえがぐるぐるぐるぐる回ってるこの地球の中で自分は押し潰されると思っちまったんだな。自分は何一つ満足にできやしねえ。でも、何かしらやらなきゃ世界に押し潰されてしまう。だから俺たちを造った。生き残るために。この世界で存在価値を失わないために。それが良かったのか悪かったのかはわからねえ。悪いが、俺はそこまで頭が回らねえんだ。ただまあ、枝わかれさせた先が多過ぎたな。さっきも言ったように俺ら副人格はお前から派生したものな訳だ。例えば、さっきまで表に出てた少年はお前の『適当さ』を切り取った人格だし、他にも『真面目』だったり、『喜び』だったりな。で、俺を造っちまったのがそもそもの間違いだったな。俺は『殺意』から成り立ってる。殺す。俺は、誰かを殺すために存在してるんだ。つっても、そんなに表には出てなかったから他人にはほとんど危害を加えてないぜ。数人は殺(や)っちまったけど、俺が存在してる理由を鑑みればまだ少ない方だろ。巷じゃあ、バラバラ殺人とかなんとかいって騒ぎになってるらしいけど、ちょっとしたら収まると思うぜ。で、『適当さ』の彼が死ぬだなんて言うから表に出てみりゃあ、よくわかんねえことになっててな、とりあえず、男が襲いかかってきやがったからぶっ殺したんだけどよ。それで、近くにいた女とカメラ持った男がギャーギャー騒ぐからそいつらも殺した。それから男二人をバラして、女もバラそうと思ったんだけど、めんどくさくなったから風呂場に放置しといた。気が向いたら、処理しといてくれよ。別にしなくてもいいけどよ。

あー、俺からの説明はこれで終わりだ」

俺はそうカメラに向かって言って、録画を止めた。

身体が血に塗れちまったからとりあえず、シャワーを浴びてすっきりしよう。それから、ここのベットで一休みだ。こんなマンションにあるベットだ。きっと、うちのぼろアパートにある布団なんか比べ物にならないくらいの寝心地なんだろうな。もしかしたらエアコンも付いてるかもしれねえな。

そんなことを考えながら、カメラからテープを取り出して風呂場に向かった。

と、廊下を半ばくらいまで来て、テープを持ってくる意味がなかったことに気づく。めんどくせえから途中にあった扉を開いて中に投げやった。カシャン、と音を立てて床に落ちたけど、まあ、壊れちゃいねえだろ。

俺はそのまま扉を閉めた

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