39作目はいま話題の大河ファンタジー
『神の守り人 来訪編』
『神の守り人 帰還編』 上橋菜穂子著、偕成社、2003年刊
現在放映中のNHK大河ファンタジードラマの原作で、前回に引き続き、文化人類学者でもある上橋菜穂子氏の世界的に有名な児童文学作品だ。
今回は特に文章表現と構成に留意しながら読んでみた。
文章は軽やかながら、密度が濃い。児童文学であっても、全く表現に関しては手加減していない。だが、難解な点はなく、安心して読める。
恐らく、ご自身の幼少期からの読書経験にも裏付けられ、読者の年齢層や読み方をある程度考慮しながらも、広く万人に向けた表現方法を身に付けておられるゆえと拝察する。
最初から2部構成を念頭に書かれたと後書きにある。全体的なエピソードのバランスや物語の展開の順序とスピードは、見事だ。先が気になってどんどん読み進めたいと気が逸るが、かといって途中を端折りたいなどと不埒な思いは全く起こさせない。それは、無駄のない、的確な文章に読者が導かれ、ぐいぐいと引き寄せられることで成功していると感じた。
主人国の用心棒バルサはひょんなことからタルの民の孤児と逃亡する羽目になるのだが、そこに至る双方の背景事情や気質、それを取り巻く不穏な世界がしっかりと描かれた上での痛快活劇となっている。
もし同じ内容を私が書いたら、とてもこの分量では収まらないだろう。上橋氏の1文は、私の表現では3文くらいにはなってしまう。脳内にある情報を文章に落とす際、つい長くなりがちなのは自覚しているが、単に「文章力の差」では片付けられないものがそこにある。まだ改善への道のりは遠い。
私が最も上橋氏に惹かれるのは、自然への畏敬の念と深い愛情だ。その自然には、多種多様な人類も含まれる。氏の中では、人類は常に自然と共にあるからだ。
それはまさしく、文化人類学者としての学びからもたらされているのだろう。
さらに、氏の描く女性像はとても心地よい。自らの弱さも自覚しつつ、強さを押し出すことを躊躇わず、なにより、諦めない。自分の身を自分で守る強さと潔さには爽快感を覚える。
また悪役の描き方も好きだ。人間はみな、どこかズルくて、情けないところを持っているが、そこに憎悪が向かう書き方ではなく、それもまた人間の一部として受け入れて生きていくしないのだ、という生きる上での智慧のようなものを感じるのだ。
加えて、女性の悪役の描き方は恐らくいままでで一番好きだ。バルサに肩入れして読めば、憎たらしい相手でしかないが、しかし悪役にも悪役の正義があって、悪役なりに必死で生きていると分かる。そこに、上橋氏の、人に対する思いやりや温かい眼差しを感じる。それが他の小説と最も違う点だった。
この世が綺麗ごとで済まないのは皆分かっているが、小説にどこまでそれを求めるかは人それぞれと思う。だが、氏の描き方は善悪を単純化せず、見る角度や事情によってさまざまに変化し得ると示唆している。その含みを持たせながら矛盾を感じさせないのは見事だ。
命の扱い方も、そうだ。
バルサは用心棒だが、決して無意味な殺戮はしない。それは、バルサ自身の人柄でもあるが、自然界の掟の中で生きていることも強く示唆している。他のアクション・ファンタジー小説と最も異なる点もここにあると感じた。
戦うことは相手を傷付けることでもある。しかしバルサの場合、常に相手の命を意識し、自然界の摂理を守ろうとしている。自然界に生きる以上、人間が勝手にその生命の有無や長さを左右して良いのか、それが許されるのは人間を越えた力ではないのかという、アニミズムに根差した思いが伝わってくる。
こんなにも雄大で荘厳な世界観に支えられた作品を書けるまでには、氏はどれだけ本を読み文章を書き、学び続けていらしたのだろう。
目指せ200冊と宣言してから、私はまだ39冊目。溜息など吐いている暇があれば、読もう、読むしかない、と思った。
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