38作目はファンタジー小説

『精霊の木』 上橋菜穂子著 偕成社 1989年刊


 2017年の年初めに選んだのは、これまであまり読んでこなかったファンタジー小説だ。NHK『精霊の守り人』のドラマ化で注目を集めているが、文化人類学者としての深い知識と豊富なフィールド経験を元に書かれた処女作&名著と聞いて強く惹かれた。


 昨年末の拙エッセイ番外編でご紹介した同作者の『物語ること、生きること』講談社、2013年刊、で既に著者の造詣の深さも、物語を綴ることへの真摯な姿勢には敬服していたが、本書ではさらなる奥深さに感嘆し切りである。


 とにかく、物語の奥行と広がりはとてつもない。児童文学に分類される本書だが、子供騙しは全くない。むしろ、子どもにこそ本物を、という強い信念が感じられる。


 そして、最初の原稿を泣く泣く4分の一以下に削って出版したと聞いていた通り、重厚で荘厳な世界観の元に紡がれたお話は、大河ドラマ一年分を観終わったようなどっしりとした満足感をもたらしてくれる。


 一言一句に籠められた思い、それに連なる多くの名もなき人々の魂の声、精霊の木というタイトルに導かれる強く逞しい生への願いと祈り。


 これを書き上げるまでに、作者が創作だけでなく、文化人類学者としても弛まぬ努力を続けてきたことが伝わってくる。


 翻って我が身だが、比べようもないことは百も承知だ。改めてそう思う。本書を読んでから拙作を推敲すると、その表層に留まる表現の浅さに愕然となる。修行だ修行、と言い聞かせるのみだ。


 本書が書かれたのはハリー・ポッターの第1作より前である。なぜこれが、それよりも前にもっと脚光を浴びなかったのか、不思議だ。ハリーポッター・シリーズは原書でも読んだが、間違いなく、小説を書く力は上橋氏の方が格段に上だと感じた。

 そこにもし「外国ものに弱い日本」があるとしたら、残念だ。が、しかし、これは和製ファンタジーではなく、明らかに世界に通用する見事な日本発のファンタジーだと思う。

 

 氏の文化人類学者としての素地に加え、八百万の神を数千年の歴史の中で受け継いできた日本とその文化、日本語という概念から生み出された素晴らしい小説だと思う。既に各国語に翻訳されているそうだが、恐らく、この世界観を非常に共有し易い土壌がアジア文化圏にはある。いつか氏の物語が、中国語を始め多くのアジア言語でドラマ化される日が来るかもしれない。楽しみだ。

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