番外編 ベスト・エッセイで作家を知る

『ベスト・エッセイ 2015』日本文藝家協会編、光村図書刊

 編集委員:角田光代、林真理子、藤沢周、町田康、三浦しをん


 図書館でふと目に留まった本書はどうやら毎年刊行されているものらしい。

 総勢74名の作家・文筆家によるエッセイが収められているのだが、一人当たりほぼ2~4ページで、実に様々なテーマの、読み易く面白いものが詰まっている。

 子どもの歯医者の待ち時間に読むのにちょうど良さそうだと思い、借りてみた。

 当たりだった。


 必ずしも文筆を生業とする書き手ばかりではないのに、上手い。ベスト・エッセイというくらいだから、選び抜かれた逸品揃いというわけだ。

 例えば、ジャズシンガーとして著名な綾戸智恵氏のエッセイは、あの関西弁の独特の語り口調が飛び出して来る錯覚を覚えるほど軽快な筆運びながら、テーマと内容は実はとても重い。それでも気付いたら心地よい着地点に運ばれている。その歌の神髄と共に、お見事である。


 また、林真理子氏が故渡辺淳一氏に寄せる思いを非常に短くまとめているのだが、これが本当に端的ながら胸を打つ。

 林真理子氏と言えば、私の世代では「時流に乗ってシンデレラ街道をひた走った流行作家」という印象が強いが、氏が故渡辺淳一氏に抱く深い畏敬の念と作家としての洞察に、その後の深い修練と覚悟が感じられ、感慨深かった。

 中でも、渡辺氏を「大御所にしてベストセラー作家。これがどれほどすごいことか」「一人の作家の死ではない。文壇というひとつの世界の喪失なのだ」と評している点は凄味がある。

 あいにく、私にとっての渡辺氏は、日経新聞の連載小説でやたらとエロスを振り撒いて朝の通勤電車のオジサンたちを色めかせてくれた御蔭で痴漢が増えてしょうもなかった、という負のイメージしかなかったのだが。しかも、描かれる女性はひたすら男性にとって都合が良く、とても読む気にはなれなかった。

 しかし、林氏によれば恋愛とエロスを追求し、人間を追い求めた終着点としてそれを書いていたとのこと。だとすれば、その表現方法は私の嗜好とは相容れないところはあれど、書き手の信念を貫いたものだったのだろうと察せられた。


 読書の楽しみは、こうした凝り固まった思い込みを、読む喜びと共に吹き飛ばすことでもある。本は心の窓とは、良く言ったものだ。

 74名の中から新たに見出した素敵な書き手の名をメモに留め、また新たに図書館に向かおうと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る