36作目は再び時代物

 『春の雁』 吉川英治著 青空文庫にて。

 初出:「オール読物 臨時増刊号」1937(昭和12)年4月 約1万字

 読了20161219


 選んだ理由:芥川賞作家の現代ものが続いたので、別の文体を読んでみたくなった。忙しない師走に気楽に読めるものを探した。


 深川の色町で反物を売り歩く清吉。出入りするウチにある芸妓と知り合い、その「心意気」に惹かれ、大金を無言で手渡す羽目になるが……。


 まず、この話は恋愛ものの様相を呈しながら、実は深いヒューマンドラマではないかと感じた。

 思慕を絡ませた芸妓とのやり取りは、一見、金を巡る駆け引きのようにも見えるが、そう見せておきながら最後は……というのはさすが文豪と呼ばれる力量なのだろう。なんとも後味が良いのが、私にとって吉川英治の最大の魅力だ。


 また、脇役の性格付けや活躍ぶりが小気味よい。完全な善人も悪人も無く、みながとても人間臭くて、ちょっとズルくてちょっと優しくて、どこにでも居そうな気がするが、寒風に曝された後につい寄り道したくなる温かさがある。


 ここのところ、いつになく映画館に足を運んだが、良い映画ほど脇役が見事だった。脚本での扱い方も、セリフも、演技も、主役を食いそうになりながらもしっかりと脇の役目を果たしている感があった。

 主役よりつい脇役に目が行くのは年の功もあると思うが、小説を書く上で、大切なことだと改めて思う。


 それにしても、吉川英治の文章には無駄が無い。トントンと話が進む。それでいて迷子にはならない。

 現在推敲中の連載はこの真逆な気がして成らない。もっともっと余計なところを削いでシンプルにしなければ、と思った。

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