番外編 作家を目指す心の補給になる本
『物語ること、生きること』 上橋菜穂子 著、構成・文 瀧晴巳 講談社
2013年刊
*読む読む修行は「古典」「名作」と定義しているので、それ以外で取り上げたい場合は番外編に記すことにした。
上橋菜穂子氏の『精霊の守り人』を初めとする守り人シリーズは世界中で人気を博し、多くの賞に輝き、今年NHKでもドラマ化され、年明けには第2弾も放映される。異世界ファンタジーに疎い私でも、お名前くらいは存じ上げていた。
守り人シリーズを読みたいと図書館に出向いたら、全て貸し出されており、これだけが残っていたので借りて来た。そして読めた幸運に感謝した。
文化人類学者でもある氏は、「生と死について嘘の物語は書けない」「物語は私そのもの」と語る。本書は、幼い頃から作家になりたかった氏が夢を叶えるまでを伝えている。上橋氏の一人語り形式なので、インタビューが元になっていたことは冒頭の「この本について」を読まなければ気付かないほどだ。だが、第3者の視点が入ったことで、氏自身にも意外な点が掘り起こされた面白さがある。
如何にしてベストセラー作家になったか、というノウハウ本は他にもいろいろあると思うが、本書を敢えてここで記しておきたかったのは、氏の物語に対する真摯な姿勢と、言葉を遣ってモノを伝えようとする者が持つべき凛とした使命感、そして対象物である「人」「人生」に対する温かい眼差しである。
*余談ながら、かつて大学院で激論を交わした文化人類学者の卵たちは、何かあるごとに「現地人を論文のエサとしか見做さない傲慢な研究者」「Armchair Anthropologist(フィールドワークに行かずに倫理観だけを安楽椅子に座って議論する文化人類学者)」と揶揄され奮起していたのを思い起こし、氏の意欲的なフィールドワーク重視の姿勢に感慨深い*
かつてアンデルセンが嘘吐きと言われた時代もあったように、ファンタジーも物語も所詮は非現実的な世界の繰り言、ではある。だが、氏は限りない現実性と信憑性を求めて物語に向き合う。その先に居る多くの読者を思い描いて。
現実世界ではあり得ないハプニングを異世界では簡単に起こせる、何でも夢は叶う。しかし、それだけが読者を惹き付ける理由なのか?
いや、違うだろう。そこが嘘で固められた世界だったら、読者はその先のページをめくらないだろう。
異世界で活躍する登場人物たちを魅力的と読者が感じるとしたら、それはなぜか。
絵空事ではなく、どこか我が身に引きつけられるような、感情移入できるような親近感(近しさ)が醸し出された物語に読者は惹き付けられ、先を読みたいと思うのではないか。
だとすれば、読者を惹き付ける「異世界」とは、ほんのわずかな夢と幻想のスパイスと、99%の真実で作られた世界なのかもしれないと思った。
今年話題になったドラマ『重版出来』(原作は漫画)『校閲ガール』でも取り上げられ驚いたのは、小説や漫画であっても「可能な限り真実を追求する姿勢」だ。作りごとの世界なのになぜ?と最初は思った。
しかし、100%の作りごとに人は興味を示さない。なぜなら、自分の人生に全く縁がないからだ。
似たような世界、似たような日常、でもその中に一つ煌めくものがある――たった1%のそこに夢を見て希望を託して、主人公の後を一緒について行こうとするのではないか。
こんなことをつらつらと考えながら読んだ本書だが、もう一つ驚くべきは、氏の「物語を俯瞰する力」である。
巻末に氏が読んだ本のリストが掲載されており、多くの名作から影響を受けたことが窺えるが、その「読みかた」が凄い。ただ単に物語の字面を追うのではない、もちろん。重要な場面の意図を汲み取り、それが全体の構成上どのような意図や意義があって配置され、作者がどのような世界観でその物語を書こうとしたのかまで、しっかりと把握している。それが既に小中学生の段階で確立されていたのには感嘆する。
恥ずかしながら、そこまでの俯瞰の目で物語を観たことは今まで私には無かったと思う。
だから、自作は何度書き直しても「勝手気ままに綴った」という印象を拭えないのか、と反省の色濃い一日であった。
物書きを目指す皆さんにもおススメの一冊である。
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