第11作目は文庫大賞受賞作品

『神様のカルテ』 夏川草介著 小学館

 1.第一話 満天の星

 読了  20161004  第一話 

 音読了 約27分   第一話冒頭からP.27まで 20161004 21:30

  


 古典を読むか、カクヨム作品(次の書籍化と私が一押しの作品)かで迷ったが、昨日までが口語調の強い作品だったので文語調にしたいと思って選んだ。

 また、以前に読んだ時に「こういうお話を書いてみたい」と強く感じたのを思い出したのも理由の一つだ。今回改めて読むことで、その時の気持ちをこれからもずっと大切にしようと思えたのは大きな収穫だ。


 音読箇所を冒頭からにしたのは、小説を書くにあたって最も大事なのは最初の三行と、冒頭であり、多くの作家はここに精魂を込めるのだと聞いたことによる。

 ならば、もし自分ならどう書くか、この作者はここで最も何を伝えたいのかを受け止めながら読んでみようと思ったのだ。


 感想は、とにかく読み易い。私にとってとても心地よく感じられる少々古風な書き言葉で綴られている。主人公の若き医師である栗原一止は幼少期から夏目漱石に傾倒していたという設定で、会話も地の文も古典的な香りの漂う言い回しになっている。


 ― ― 追記 ― ― 

 *注:なお、文章語、書き言葉、文語について曖昧な認識で書いてしまったことをここでお詫びすると共に以下に定義を記しておく。20161005


【1】「書き言葉」「文章語」は、日常会話に使う言葉(話し言葉)に対していう。話すときよりも改まった調子になる。

 (「書き言葉」⇔「話し言葉」)

【2】「文語」は、「書き言葉」を意味するが、また、平安時代の文法を基礎とする言語体系をもいう。明治以後に標準化された口語に対するもの。

(「文語」⇔「口語」)

 出典:goo辞書 http://dictionary.goo.ne.jp/thsrs/10239/meaning/m0u/


 *久保田氏によれば、「『文語』は、例えば森鴎外や樋口一葉の文体のような「筆記文専用言語」のことを指します。青空文庫で見てみてください。平安以来の古典文体のことです」とのこと、師匠、わざわざ有難うございましたm(__)m

 ― ― ― ― ― ― ―


 能力や才能の有無は別として、私はこういう文章を書きたかったかもしれないと思った。(ファンの方、石は投げないでください~♪)


 拙小説でも若い医師(医学生)を主人公の一人に据えているように、理想と現実の大いなるギャップに悩む医療者と、それを支える周囲との関係は私の書きたいテーマの一つだ。


 一般の患者や家族は、医療者に対して「確たるもの」(診断や検査結果、予後の見通し)を求めがちだ。

 だが本来、人間の生は不確定な要素にまみれている。この世に絶対はない、100%確実なものなど存在しない。「間違い」「不勉強」ではなく、本当に「分からないこと」は山ほどあるのだ。

 加えて、医療者も人間だ。神ではない。だから、できないことだってある。

 けれども、患者も家族も必死になって「確実なもの」を求めてくる。それが生きるよすがになるのなら当然だろう。

 そして彼ら医療者もまた、必死にそれに応えようと奮闘する。中には燃え尽きて灰になる者だっている。


 私ごときがそれを小説テーマにしたところで、何をどうできるとは思わないし、大したことも起こせないだろう。けれども、縁あって触れた世界であり、いまも笑顔で必死に踏ん張る彼らの顔が浮かぶのだから、これはやはり大事にしろというメッセージだと思って温めて行きたい。


 ――――――

 2.第二話 門出の桜

   読了  20161005  第二話 

   音読了 約31分   第二話冒頭P.77 からP.102まで 20161005 21:00


 昨日の「文章語」「書き言葉」「文語」に関して、曖昧な理解のままであった点をお詫びし、上記に追記したのでご参照くださいm(__)m


 さて、第二話の音読も非常に心地よく進んだ。

 しかしながら、やはり医療現場を描くとなれば、人の生き死には避けて通れず、そうした場面を音読するのはとても辛い。喉の奥が痛くなる。それを宥めて読むべきか、小説から受け取る感情を大事にするか、その時の気分次第でもあるが、今日は感情を優先し、その分、別の個所まで音読することで帳尻を合わせた。

 そもそも自分のためにやっていることなのだから、自分を無為に追い込んでまで行うのは愚の骨頂だ。もっと気持ちを楽にしてやればいいのに、と思う。


 これがまさに、私が本書に出会った理由でもあるのだと思う。

 登場人物たちはみな、不器用な人生を歩んでいる。年の割には馬鹿正直で、自分の利にならないことにも愚直に取り組み、赤の他人のために命懸けになる。なのに周囲は奇異な目を向け、理解者はほんの一握りだ。

 

 だがそれでも、彼らはいまさら生き方を変えようとはしない。

 それでいいのだ、と作者はずっと温かな目で彼らを追い掛ける。


 このお話を読んでいると、「そのままでいいんだ」「いまのままで生きていけ」と言われている気持ちになれる、救われるのだ。


 主人公が漱石の『草枕』のファンで、その一節「とかく人の世は~」を披露する辺りは、涙が止まらなくなる。

 愚直な人間の生き様をテーマにした話は他にも多いだろうと思うが、本作品の魅力は決して声高に説教することなく、ただ静かにすべてが進行することだろう。

 どのように解釈し、受け止めるかは読者次第という心地よさを感じつつも、感動ももれなく付いて来る、私にはやはりこれは良作だ。


 ―――――

 3.第三話 月下の雪

  読了  20161006 第三話 

  音読了 約30分   第三話冒頭P.144 からP.166まで 20161006 20:00

  以上により全読了 20161006


 これまでで最も音読し易い作品だった。言葉のリズム、語彙、時に古風な言い回しだが表現すべてに馴染みのあるような、不思議な感覚で、とにかく心地よい。

 作者のデビュー作であり、文末には、小学館の文庫小説大賞の受賞後に大幅な改稿を行っての出版とあるが、非常に完成度が高い。本屋大賞にノミネートされ、評判の高さが続篇の2、3の出版へと続き、映画化もされた。医療現場を舞台に生と死に向き合いながらも、ユーモアを交えて綴られる主人公の若き医師を巡る展開は、エンターテイメント性も十分ということだろう。


 

 じっくりと音読して気付いたことの中で特に記しておきたいのは、文章に無駄がないことだ。余計なところが一つもない。文体はとても軽やかで、多少文語調のセリフもあるが、流れるように話が進む。もしや作者は推敲の際に何度も音読をされたのではないか、と思うほどに、淀みなく音読可能な原稿に仕上がっている。


 また、情景を描く言葉はとても新鮮だ。単語の選択や言い回しは決して奇をてらってはいないが、こんな表現の仕方があったのか、と目と耳の両方で気付かされた。

 

 さらに、話の展開に無理がない。病棟の場面から外に向かい、病院からの岐路に立ち寄る神社、その後の細君との語り合いの場面まで、映像で言えばいくつかのシーンに区切られるところが、自然に話として繋がっていく。

 読者は主人公の目線で体験を共有するが如く、患者と対話し、進路に悩み、生死を目の当たりにして苦悩し、真っ暗な道でふと立ち止まると松本城の前に立っている。


 プロだから当たり前、と言ってしまえばそれまでだが、このレベルを書けるようになるまでどれほど精進なさったのだろうと思った。現役医師でありながら、書き続けることはさぞかし大変だったろう。


 本作品で、穏やかな筆致で語られる生と死の場面には何度も心が動かされた。

 読み通してみて、自分がなぜ医療関連の小説を書きたいのか、少し分かった気がした。人間として生を受けた以上は何人たりとも死を免れることはない。死と向かいあうことは、生を見詰めることだ。医療現場で日々繰り広げられる生と死のドラマ――様々な人生の軌跡と出会いの積み重ね、死を前にして生を振り返る姿を描くことが、私なりに生と向き合うことに繋がるように感じた。


 さて、明日は古典に立ち返ってみようかと思う。

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