第12話 夕焼け

ビルトワールド会議は最終日、3日目の朝を迎えていた。午前10時。緑の壇上には満面の笑みのホノニニギ議長と、なぜかブタマルが座っている。ミカはインターネット上を駆け巡る情報を追いかけて混乱していた。世界中で銀行口座の凍結合戦が始まっていたのだ。因縁は何とでもつけられる。ミカは資産保全のことで頭がいっぱいだった。これから経済パネルがあるはずだ。貴重なアドバイスを得られると思った。


 「ええ、皆様。私が新しく議長に就任しましたホノニニギです。ホノニニギと聞いて日本の神様の名前だと気がつかれたかたは神話通ですな。そうです、私はホノニニギ一族の末裔であります。ホノニニギというのは豊作といった意味を持つめでたい名前です。ようやく人類が知的生命体として解放される時を迎えようとしているこの時に、私たちは何をするのか、その辺りをブタマル副議長とともに話し合っていきたいと思います」


 ホノニニギ博士はそう言うと、会場に手を振った。会場は無反応だった。誰もが真意を、真相をつかめないでいたからだ。


「クーデターは成功したね。おめでとう、ホノニニギさん」


 ブタマルが話し始める。


「ホノニニギさんのプロジェクトが成功すれば、地球の空気もきれいになって、僕たちも宇宙服がいらなくなるんだよな。会場の皆さんは経済パネルを楽しみにしてるんだよね。せっかくだから、ポールさんにも話をしてもらおうかな」


 ポール博士が壇上に上がって手を振る。


「いやあ、ディスクロージャーで世界は大変なことになってますね。大混乱しているようだ。今日は世界中の証券取引所がシステムを動かさないことにしたようです。まあ、サルゴン元議長の意向でもあるし、最後の仕事をしてくれたということですね」


 ポール博士はそう言うと、ホノニニギ議長の目を見た。ホノニニギ議長は立ち上がった。


「ブタマルさん。言っておきますがこれはクーデターではないのです。正当な権力の移譲です。サルゴン前議長は私を指名したのですよ。理由はわかりませんがね」


 ホノニニギ博士はそう言いながら、笑いをこらえているようだ。


「私は前々から今の経済秩序に、経済システムに批判的だった。経済制度で洗脳して奴隷のように利用するやり方にね。この会場の皆さんだって同じだ。アセニア星人というレッテルを貼られて経済構造の中にしっかりと組み込まれていた。悪く言うと、利用されていたようなものですよ」


「進歩や発展、成長や開発に価値があると思ってきた。しかし、それは人類を幸福にはしなかった。それは分かっていたことです。しかし、その事実を隠して、人類を扇動してきたのがこの会議ではなかったのですか?」


 ホノニニギ議長は噛みしめるようにゆっくりと話す。


「古い秩序は昨日で終わりです。今日から時代は新しくなる。今日から、新しい経済秩序が生まれる。皆さんも頭をリセットしてください」


 ホノニニギ議長がそう言うと、ブタマルが口を開いた。


「そうですね。皆さんリセットしてくださいね。わはははは」


 会場はざわついている。会場の中にはケリー夫妻もいる。マルゴーはケリーの膝の上に座っている。ヤマコス星人マイクロ蝶も多数いる。ミカはもうパソコンを見てはいない。この名状しがたい空気に呑みこまれている。


「それから、宇宙倫理規定についてお詫びすることがあります」


 ホノニニギ議長が語り出した。


「実は、宇宙倫理規定は十万年前に交わしたアセニア星人とシリウス星人の合意文書に過ぎない。今はもう効力が切れていて、存在しないものと言って良い。ブタマル副議長に聞いたのだが、宇宙には知的生命体の連合もなければ規約も何もない。私たちは完全に自由な存在です」


「いやいや」


 ポール博士が割って入った。


「私たち人類にはまだ、ルールが必要なのです。それは制約ではなく私たちが築いた生きる知恵でしょう。だから難しい。実に難しい」


「そう難しくないと思うよ。ホノニニギさんのプロジェクトが成功すれば、地球は本当に楽園になるからね」


 ブタマルは言った。


「ポール博士。今年は国際資本取引規制法を成立させてくれれば、それで十分だよ。流れが大きく変われば、もう元には戻らない」


ホノニニギ議長はこう要請した。


「まあ、皆さんはまだ資産保全に関心があるのかもしれませんね。そこで皆さんには特別にソリューションを閲覧できるパスワードを24時間以内にメールします。安心してください」


 ポール博士がそう言うと、会場からまばらな拍手と笑いが起きた。


「もっとも、金融資産なんて意味のない世界になるんだけどね」




 ブタマルがそう言うとホノニニギ議長が頷いた。ポール博士も少し笑った。


 時代は変わるのだ。ミカはこの時、はっきりとそう思った。そして、ヒロに会いたいと思った。


 すべてのパネルが、そして閉会式も終わった会議三日目の夕方、全員が滑走路に立つUFOのビルの周りに集まっていた。円盤が二十六個積み重なっている。ミカは何度もその数を数えた。二機が消えている。ヒロはもう訓練飛行をしているのだろう。もう地球にはいないのかな。意識を集中したが、ヒロとはつながらなかった。


 一番上の円盤がゆらゆらと浮かんだ。そして、何とも不可思議な曲線を描きながら、ガルシア島から去って行った。また一機。次々とUFOは飛び立ち、ビルは低くなって行く。夕焼けの中に数機のUFOが点のように見える。やがて、ピルシキ星人を乗せたUFOはすべて滑走路から消え去った。二十八機でやって来て顏を見せたのは三人。そこに何の意味があったのか、ミカには分からなかった。


 歴史的な会議だったと思う。磁気嵐問題について解決の糸口が見つかった。地球環境や化学物質の問題についても進展があった。そして、ディスクロージャーという一大イベントが採決され、今まさに世界中が混乱に陥っている。議長がサルゴン氏からホノニニギ氏に変わった。ピルシキ星人が会議に参加し、ブタマル氏は副議長になった。新たな金融システムの枠組みもできた。しかし、なにより変わったのは参加者の意識だろう。一つの時代が終わったことを、この会議で確認したのだ。価値観も常識も過去のものとなった。これは真新しい世界の誕生を意味していた。


 UFOが見えなくなると、ミカは自家用ジェットに乗り込んだ。滑走路は渋滞している。離陸までには1時間以上あった。ミカはパソコンを開きメールを確認した。もしかしたら、ヒロからメールが来ているかもしれないと思ったからだ。しかし、メールは仕事関係のものだけだった。


 このジェット機には、操縦士、副操縦士、秘書、ミカの4人が乗っている。メンバーには宇宙人会議ではなく軍事秘密会議だと説明している。ミカは表向き民間シンクタンクの一研究員だ。秘書とも本音の会話はできない。ミカはマルゴーを思い出した。宇宙人犬が欲しいなと、ふと思った。


 ミカは機内の応接室からシャンパンを取り出す。


「開けてくれる?」


 ミカは秘書にそう言った。


「一緒に乾杯しましょうよ」


 秘書は手際よくシャンパンを開けた。ポンという音が機内にこだました。シャンパングラスに入ったシャンパンは黄金色をしていた。窓からは鮮やかな夕焼けが見える。二人は音を立てて乾杯した。


「まずは一気に飲みましょう」


 ミカが言った。秘書はそれに笑顔で答えた。


 滑走路からは次々とジェット機が飛び立って行く。そこには、新しい生命が飛び立って行くような爽やかさを感じる。ミカは酔いたかった。仕事を忘れて、真っ白になりたかった。そして眠りたかった。


 ミカは靴を脱いでソファーに横になった。その時、秘書の頭に小さな白いものが見えた。


「あれ」


 ミカは声を出した。


「あなたはヤマコス星人マイクロ蝶?」


 ミカは心の中で聞いてみた。


「そうですよ」


 秘書は声に出して答えた。


「え、じゃあ、ここには三人いるの?」


 ミカは少し驚いて言った。


「まあ、私と妖精ちゃんは一心同体に近いですけどね」


 秘書はそう言うと、マイクロ蝶を髪の毛の中に隠した。ミカは混乱した。秘書はいつからマイクロ蝶と一緒にいるのだろうかと思ったが、聞けなかった。寝ようと思ったが眠れそうにない。ミカはベッドから起き上がった。


「今夜のフライトは宇宙人会議になるのかな?」


夕焼けを見ながらミカはそう言うと、可笑しくなって笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る