第11話 出発
午後6時。緑に飾られた壇上には、28人の宇宙船乗り組みメンバーが、記念撮影でもするかのように椅子に座っている。ヒロは会場に目をやった。ミカがいる。ケリー夫妻とマルゴーがいる。ざわめく場内。ヒロは自分の意識をマイクロ蝶に移植したらどうなるのか、どんな身体感覚を持つのか、そんなことを夢想していた。
時間ちょうどに、ブタマルを先頭とするピルシキ星人がやってきた。会場にどよめきが起こる。やがて、そのどよめきは拍手に変わった。
「やあ。どうも。答は出たかい」
宇宙服を着たブタマルが声を出した。
「決めましたよ」
サルゴン元議長が低く渋い声で言う。
「ここにいる二十八人が宇宙船に乗ります。乗せていただけるのですね」
「ああ、約束だからね。でも、28人か」
ブタマルはそう言うと、後ろにいるキートと何やらピルシキ語らしい言葉で話始めた。二人の話が終わると、ブタマルは言った。
「28人なら、ヤマコス星人マイクロ蝶の身体を借りなくても良いよ。その身体のまま宇宙に行こう。ただ、1台じゃ乗れないから、2台の分乗だ。それでもいいかな? それから、ヴェーダさんの頭の上にいる妖精ちゃんも一緒で良いの?」
会場がざわめいた。ミカと同じように、誰もが意識のクローンを作るのだと思っていた。身体ごと宇宙に行くというのなら、その人は地球にいなくなるということだ。しかも、いなくなる28人の中にはサルゴン元議長が含まれる。これはそのまま、地球上の権力の構図の変化を意味する。
ミカは謀られたと思った。同じように感じた人も少なくなかっただろう。だから会場がざわめいているのだ。
「異存は無いですな?」
サルゴン元議長は壇上の27人に対して、そう言った。
ヒロは周りを見た。誰も何も言おうとしない。本当にそれで良いのだろうか。今日が地球での別れの日になって良いのだろうか。準備は出来ているのか。やり残したことはないのか。
「一つ良いですか?」
ヒロは勇気をふりしぼって言った。
「なに?」
ブタマルは感情を表さずに言う。
「宇宙の旅は、どれくらいの期間になるのでしょう?」
「前にも言ったけど、研修に3ケ月だね。後は、宇宙船を2台貸してあげるから、好きにしたら良いよ。でも、貸してあげるだけだから、返してくれなきゃダメだよ。貸出期限はないよ。百万年でも、別に良いよ。確か、君たちの言葉にも恩という言葉があったよね。まあ、そういうことだよ」
「宇宙船は2台同時返却でなくても良いのですね」
「そうだね。1台ずつでも良いよ」
ブタマルは簡単にそう言った。
「ところで、僕たちからもお願いがあるんだ」
ブタマルはそう言うと、サルゴン元議長の方を見た。
「何だろう」
「僕たちも、この宇宙人会議のメンバーにしてもらえないか?」
「それについてはだ・・・」
サルゴン元議長はそう言うとため息をついた。
「私はもう議長ではないのだ。今の議長は、ホノニニギ博士だ。博士、いかがですか?」
会場の一番後ろに座っていたホノニニギ博士は、急に自分の名前が出て驚いた。あわてて返事をすると、走ってサルゴン前議長の方へ向かった。
「はい。ピルシキ星人様3名。ブタマル様、キート様、あとお名前は」
ホノニニギ博士はホテルのフロントのようにそう言った。会場に笑いが起こった。
「ウサギヤです」
女性の声だった。
「皆さん、宇宙人会議にピルシキ星人が参加してくださいました。拍手をお願いします」
ホノニニギ博士はそう言うと、自らも両手を頭の上に掲げて拍手した。戸惑うような不思議な拍手が大きな音を立てた。サルゴン元議長は大きく頷いた。
「じゃあ、出発だね」
ブタマルは当然の如くそう言った。
「待ってくれ、今すぐ出発なのか?」
サルゴン元議長が驚いたように言った。
「そうだよ。そう言ってなかったかな」
ブタマルは不思議そうに語尾を上げた。
「私達には儀式という文化があるんだ。送る側と、送られる側が、何かそのメッセージを交換するというような、そういう時間をもらえないだろうか」
サルゴン元議長は少しあわてて、そう言った。
「そんな時間なら、僕たちが来る前にいくらでもあったじゃないか。まあ、10分くらいなら待ってあげるよ」
ブタマルは少し不快感のある声で言った。
「握手だ。握手で見送って欲しい」
サルゴン議長は壇上から大声で言った。舞台前に多くの人が駆け寄り、宇宙船に乗るメンバーと握手している。ヒロは一人、壇上で椅子に座っている。ミカも会場の椅子に座ったままだ。
「行ってくるね」
「元気でね」
ヒロとミカは意識で通信した。
約束の10分が終わると、28人はピルシキ星人と共に宇宙船でできたビルへと向かった。会場の拍手は鳴りやまなかった。
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