第10話 選択
1時間が過ぎた。ヒロとミカは会場に戻った。会場はまだ閑散としていた。ケリーがマルゴーを連れてヒロの席にやって来た。
「宇宙船に乗るんだってね」
ケリーは言った。
「どうして知っているんだ?」
ヒロは驚くでもなく言った。
「ヒロの意識と僕の意識は繋がっているからね。分かるんだよ」
「ヒロはマイクロ蝶になるのよ。記念撮影しないとね」
ミカがおどけて言う。
「ケリーはどうするんだ?」
「俺は地球に残るよ。妻やマルゴーといる時間が一番楽しいんだ。僕の使命はもっと別のところにあるし」
ヒロは使命という言葉が引っ掛かった。しかし、何も言わなかった。
壇上に草花が次々と運び込まれている。たちまち壇上は緑でいっぱいになった。何となく魔術的な雰囲気だ。何が起こるのか。会場の人も徐々に増え始めている。
サルゴン議長が壇上に上がり、椅子に座る。壇上には、他に誰もいない。サルゴン議長は静かに目を閉じている。モンシロ蝶が会場に入り、壇上の緑の中へと飛んで行く。これは、普通のモンシロ蝶だ。マイクロ蝶ではない。
ヴェーダ博士も壇上に上がる。きっと、頭の上にマイクロ蝶を乗せているのだろう。足取りは軽い。
場内がざわつき始めた。みんな誰かと話をしている。憶測や噂話だろう。ヒロは特に興味がなかった。俺は宇宙に行くんだ。その思いがどんどんと強くなっていた。
「ご静粛に」
サルゴン議長がマイクを持って言った。
「皆さん、私はこの1時間一人で考えました。今、地球には危機が迫っています。これは科学技術だけで解決できる問題ではない。私たちが、新しい意識を獲得し、文明を転換させなければならない。私はようやく、そのことに気がつきました。そして、まず私がピルシキ星人の厚意に預かり、宇宙船に乗ることにしました」
サルゴン議長がそう言うと場内に歓声が上がった。
「私たちはアセニア星人です。少なくとも、アセニア星人のDNAが入っています。ピルシキ星人は、アセニア星人は絶滅していると言いましたが、私たちは生きています。昔ほどの知識や技術は無いかもしれません。それでも、私たちが生きていることを宇宙に証明したいと思いませんか? アセニア星が本当に死の星になってしまったのか、この目で見て来たいと思います。失礼。この目ではなく、ヤマコス星人マイクロ蝶の目ですかな。そして、宇宙を知ることで、新しい意識のネットワークが獲得できると信じます」
ここまで言うと、サルゴン議長は歩きだし、ヴェーダ博士の前へ行った。
「嬉しいことに、ヴェーダ博士も、私と共に宇宙船に乗ります。技術移転も進むことでしょう。私は、共に宇宙に行く有志を募ります。定員は三百人です。我も、という方はこちらの方へお集まりください」
ミカがヒロの目を見る。ヒロは少し躊躇った。まだ、壇上の方に向かって歩いている人はいない。
「行くね」
ヒロはミカにそう言うと立ち上がった。
「早く帰って来てね」
ミカがそう言うのを聞いてから、ヒロは歩き出した。それにつられるかのように、十数人が立ち上がった。五分くらいかかっただろうか。壇の前には、二十六人の人が立っている。
「ありがとう。上がって来てください。全員で二十八人ですね」
サルゴン議長はそう言うと大きく頷いた。
ヒロは壇上に上がったメンバーの顏を見た。見覚えがあった。そうだ、この人たちはヴェーダ博士の仲間だ。本気で地球を救おうと思っている人たちだ。ヒロは強く勇気づけられた気がした。
「では、私たちはこれで、この会議から去ります。後のこの会議については、ホノニニギ博士に一任したいと思います。私たち二十八人は、これから懇親会をしないといけない。六時には、ピルシキ星人のお迎えが来ますからね。さあ、行きましょう」
サルゴン議長はあっさりとそう言うと、壇上のメンバーを促し、会場を後にした。ヒロはミカの方を見たが、そこにミカはいなかった。
ホノニニギ博士が壇上に上がる。
「急に一任されましてもねえ」
ホノニニギ博士がそう言うと笑いが起こった。
「まあ、皆さんご存知でしょうが、世間はディスクロージャーの話題でもちきりですよ。この中にも、早く帰りたい人がたくさんいるんじゃないのかな」
また笑いが起こる。
「経済パネルはテストの答を事前に教えるような会議なので、これを聞かずには帰れませんか。よろしい。経済パネルは明日にしましょう。今日の会議は全部中止。十八時からは宇宙船に乗る二十八人の壮行会だ。これでどうですか」
ホノニニギ博士はそう言うと会場を見た。会場からは次々に「異議なし」の声があがった。
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