第2話 磁気嵐パネル
「えへん」
ヴェーダ博士がぼそぼそと喋り出す。
「今話題の太陽における、すさまじい磁気竜巻の影響は本物の脅威であります。太陽風が地球磁気圏に吹きつける量は地球の歴史始まって以来最強です」
「世間では11年周期などと呑気なことを言っているが、これから先100年で地球の磁気圏や電離層は激変するかもしれんのですよ。そうなるとどうなるか、皆さんご存知ですよね」
「そうです。停電が起こります。そして、無線が使えなくなります。もちろん携帯電話も使えません。飛行機も飛べなくなります。さらに地圏にも大きなインパクトを与えます。活動が活発化し、地震が頻発するでしょう」
「温暖化も急速に進みます。巨大なハリケーンや竜巻、洪水。ああ、考えただけでも恐ろしい。しかも対策は何も無いのが現状なのですよ」
ヴェーダ博士は突然泣き出した。なかなか次の言葉が出ないようだ。聴衆がざわめき立つ。その声で我に返ったように、ヴェーダ博士は再び話はじめた。
「今やるべきことは、宇宙天気観測体制の充実なのです。もっと多くの人材と予算が欲しい。そして、既存の都市ではない、我々のための大きなシェルタが必要だ」
「だが、人類は達観しているというかなんと言うか。私に言わせれば諦めが良すぎる。どうせ誰もがいずれくたばると思っている。死ねばそれで終わりだと思っている。でも私たち宇宙人は違う。意識体は死なないからだ。この気持ち、人間には分からないだろうね。私は宇宙間移動の技術より前に、人類の地球文明を防衛したいと思っている。それが科学者である私の使命だと思っている。それが出来て初めて、宇宙間移動の道筋も見えるというものだ」
「そう言えば、マーチン博士は世界各地にコロニーを作ることを提案したが、誰にも相手にされなかった。地球を守るためには、人工的な新しい電離層を作るべきだと思う。さらに、現代文明の生命線である電気系統のバックアップ体制を整えねばならない。これは今の技術で十分に可能なのです」
「えい。もう、宇宙天気予報構想の話は後だ。それよりも磁気嵐から文明を守る画期的な仕組みが必要だ。何とかならんのか」
ヴェーダ博士は絶叫するかのようにそう言って立ち上がった。静まり返った会場のステージに、白い布をまとった女性が上がった。女性はヴェーダ博士に近づくと、身にまとっていた布を取った。そこからは、夥しい数のモンシロ蝶が飛び出した。そして、女性は消えた。会場からは歓声があがり、大きな拍手に変わる。
「これだ」
ヴェーダ博士は満面の笑みを浮かべた。
「皆さん、私にいいアイデアが浮かびましたよ。早速、プロジェクトを作ることにします。では、来年またお会いしましょう。それでは」
そう言うと、ヴェーダ博士は会場から出て行ってしまった。モンシロ蝶たちも一緒に会場から出て行く。壇上に残された六人のパネリストは、お互いに目と目で語り合った。そして、ゼドセン博士が言った。
「宇宙天気予報体制が今年の課題ですね。まあ、それほど深刻になることはありませんよ。あの調子だと、来年にはヴェーダ博士が画期的な解決策を示してくれるはずです。それにしても、あのマジックで何が閃いたのでしょうかね」
「マジックですか?」
ベニ博士は言った。
「これは奇跡ではないでしょうか。私はあのモンシロ蝶の中にはっきりと神を見ましたよ」
ゼトセン博士は目を閉じて上を向いた。しばらくして、私には、神が見えなかったのか・・・、と小さい声で言った。
ベニ博士は立ち上がり、ヴェーダ博士を追うかのように会場を後にした。残されたパネリストも次々と会場を出てヴェーダ博士を追いかけた。パネリストだけではなかった。磁気嵐に詳しい会場内の専門家の何人かもそれを追った。
会場は異様な静けさに包まれた。
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