第15話 力を研ぎ澄ます

 「ユウさん。ユウさん。起きてください。ユウさん。」


 俺はその日爆睡していた。


 太陽はもうすぐ天頂に達しようとしていたが、俺は爆睡していた。


 別に呑気に昼まで寝るようなぐーたら生活をしていたわけではない。


 今朝まで起きていたのだ。朝日が上がってから色々片付けをして俺は寝たのだ。


 だから、まだ睡眠時間は3時間程度なのだ。責めないで頂きたい。



  俺が疑似RTSを確立したあの日からもうすでに15日程経過していた。


 俺は最近アルテの魔術講座にはあんまり顔を出していない。もっぱら召喚した魔物の操作を練習したりして日々を過ごしていた。


 ただ初めの2日間はひたすらアルテと二人で机に向かっていた。


 何をしていたかというと、ひたすらに真名を教えてもらっていた。


 正直この提案をしたとき、まさか教えてもらえるとは思っていなかった。


 ダメもとでお願いしたのだが、アルテはそのとき「力をみせて」と珍しく向こうから提案してきたのた。


 俺はそんなアルテに驚いたのだが、中庭に行き疑似RTSをとりあえずでやってみせた。


 疑似RTSといっても、ただスコープウルフを4体呼び出してその場で同時に団体行動などを行わせただけだ。


 4体同時に同じ行動をさせたり、ちょっとずらして立体交差させたり、まったく別の行動を同時に行わせたりと色々見せた。


 ただ、それを見たアルテの表情は驚愕に目を見開いていた。


 驚きながら何かを呟いていたが、それは聞き取ることができなかった。珍しく長く言葉を喋っていたようなので内容が非常に気になったが教えてはくれなかった。


 その後アルテは「本」と短く要求をして教室に戻っていった。


 本とは御子が覚えてくれた魔物図鑑のことだろう。恐らく書庫の中に眠っているに違いない。たしかにそこに追記してもらえれば俺の魔物図鑑と一致する。


 俺は自分で探すよりナツキに探してもらうほうが早いと考え、ナツキの部屋へ向かった。




 俺はその後、寝ていたナツキのところに行き、お尻を触って起こした。我慢できなかった、だが後悔はしていない。ビンタされたが・・・。


 ナツキともそんなやりとりが出来る程に仲良くなっていた。


 仲良くなっていた。と言ってもナツキの中で俺というかこの御子の体の好感度は常に100%から下がらない。何をしても頬を膨らませて怒ったり、子供のように言い聞かせられたりするが、嫌われるということは無さそうだ。怒ったすぐ後でも暇があれば俺を抱っこしに来るし、朝起きたら平然と俺の布団に入り込んでいる。彼女のとの関係は友達以上恋人未満と新婚夫婦を混ぜ合わせたような不思議な関係になっていた。


 まあ、俺の下半身は一切反応しなかったので、彼女も危険を感じていないからかも知れないが・・・。


 この日も例外に漏れず不思議な関係は継続されていた。


 部屋に入ると彼女は寝ていた。


 彼女は夜寝るときはメイド服からネグリジェに着替えている。


 昨日は暑かったのか掛け布団がめくり上がっており、ベッドの上では彼女の生足とその上についている果実が俺の目に入った。


 今日は白か・・・。そんな感想を抱きながら俺は彼女を起こそうと肩に手をかけて起こそうとしたんだが・・・。


 気づいたら彼女のお尻を触っていた。無意識だった。いや言い訳じゃないんだ。無意識だったんだ。体が勝手にってやつだ。俺は悪くない。そうだ、尻神様が一瞬乗り移った。そんな気がしたんだ!!


 俺の頭のなかで言い訳を必死にしていた。誰に対してかは分からないが、やっておかないといけない気がする。


 それで起きた彼女は俺の事を引き寄せ思いっきりビンタした。


 最近ナツキの体罰は容赦がない。


 初めはチョップだったのだがビンタに変わった。しかも割と本気のやつだ。


 そのあとナツキは俺の頬っぺたを両手の平でちょっと強めの力ではさみ、俺のちょっとした変顔に「こいつは17歳、こいつは17歳」といって自分の罪悪感を紛らわす。こんな感じがここ最近の定番のやり取りである。


 俺は正直ナツキに甘えていた。無条件で彼女から与えられる愛情の様なものに甘えていた。


 彼女が居なかったら俺の精神状態はもっと追い詰められたものになっていたかもしれない。


 ナツキもそこまで考えていたかは分からないが、彼女も俺を愛情の様なもので包み込んでくれていた。


 そんな彼女との不思議な関係が俺の精神安定剤だった。



 そんなこんなでナツキは御子の使っていた魔物図鑑をいともたやすく書庫から見つけ出した。


 さすがこの砦の主だ。


 俺はその本を持って教室に向かった。ナツキは朝食を食べると言って食堂に行ってしまった。




 それからは教室で二日間缶詰状態だった。


 アルテがひたすらに魔術図鑑に真名を書いてくれてるのを俺は横で見ていた。


 ただ二日間見ていただけだった。


 アルテは一切喋ることなくひたすらに書き続けた。種類にして300種以上の魔物の名前が載っている魔物大全集みたいなやつに真名を一つ残らず書いてくれた。これを全部頭の中に記憶してると考えるとやっぱりただの幼女ではない。何かの魔術的なもので成長が止まったりしているんだろうかと考えた。


 ナツキは教室で空中お絵かきに勤しんでいた。


 ただ、彼女の絵は初めはクマさんとかネコさんとかいいながら可愛い動物を書いていたのだが、だんだん飽きてきたのか初級魔法を適当にアレンジしたものに変わっていった。


 そして、魔術図鑑が最後の方にさしかかった頃。「うん」といいながら窓の方に歩いて行って、魔法を外にぶっ放した。それはフレイムアローが途中から散弾のように幾重にも分かれて消えて行った。名前を付けるなら「フレイムショットガン」であろうか・・・。

 俺はその時ただただ驚いた。魔法を覚えて一カ月もたたない初心者がアレンジに成功したということに。アルテからアレンジについての難しさは聞いていた。適当に付け足したところでどうにかなるものではないということだった。それをナツキがやってのけたのだ。


 ナツキ曰く、お絵かきしてたらここに追加してやればいいと感覚的に分かったと言った。もしかしたら彼女には魔術の才能があるのかもしれないと思った俺は彼女を褒めちぎった。


 褒めれば伸びるタイプだと思った。たぶん間違ってないと思う・・・。


 褒められた彼女は珍しく照れたように笑い、顔を真っ赤にしていた。褒められ慣れていないのだろうか。そんなナツキが面白くてすこし過剰に褒めていたら、ムフーと興奮していた。楽しかったです。


 そんな事をしているうちに魔物図鑑が召喚魔物図鑑に進化していた。これを売ったらいくらになるのだろうか・・・とも思ったがそんなことは出来るまい。俺にとってもこれは生命線だ。

 アルテに感謝を述べると「かまわない」とクールに言った。アルテが初めて格好良く見えた。そのあと間をあけて「ユウは役に立つ」と言ってくれた。初めてアルテに名前を呼ばれた俺は少しドギマギしてしまった。それとアルテに認められて嬉しかったというのもある。


 こんな感じで二日はあっという間に過ぎて行った。





 三日目から俺はひたすらに疑似RTSの最適化を行った。まずは、バルーンバットの高さ調整だ。RTSの俯瞰視点というのは当然のように固定だったが、この世界では違う。俺がスコープウルフを操るために最適な高さを割り出さなければならなかった。これに丸2日かけた。その間にスコープウルフの餌が必要だったので不完全ながら疑似RTSを行い、野生のワーキンブルを4匹のスコープウルフで狩って餌にした。初めて本格的な戦いをしたのがこれが初めてだったがなかなか難しかった。



 バルーンバットを浮遊させる高さはおよそ30m程の高さにした。そしてこれがなかなか面倒だった。バルーンバットに30m浮遊させようと命令を出したら動かなかった。こっちに来い、あっちにいけという命令は聞くのだが30m浮遊させるという命令の、30mの部分をバルーンバットが理解できなかった。

 こいつらの命令を出すのにはマウスで地面をクリックするように指定しないといけない。情報だけでは動かないのだ。だから俺はバルーンバットに乗り移り、一人称視点の命令で30m浮遊させることにした。

 つまりバルーンバットに乗り移った状態で約100回ジャンプする(一回あたり30cm程高度を上げる)必要があった。別に乗り移っている状態でジャンプしても肉体的に疲れることは無いので別にいいのだが、なかなか時間がかかる。これがネックだった。


 あと、バルーンバットの目にはズーム機能がついていた。見たいところを凝視する動きをするとその部分がズームするように大きく感じ取れた。これもかなり便利な機能だ。もはやバルーンバットの存在は俺のためあるとしか思えないような高機能な雑魚であった。




 その次の日からは色々な検証項目を試してみることにした。まずは範囲である。


 俺の命令が届く範囲が知りたかったので実験をした。その結果俺の命令はだいたい5km程までしか届かないという結論を出した。ちなみに5kmを過ぎると乗り移っている状態が強制解除されて俺の体に意識が戻された。三人称視点だと命令を聞かずに5km離れたところでただ立ち尽くしていた。

 ちなみに距離はスコープウルフにそこまで走ってもらい時間×速さで計算した。魔物の最大速度は基本的に同種なら同じだった。これは『召喚された魔物』については同じかもしれない。野良はこの辺にいないので検証できなかった。というか野良の最大速度を調べる方法も俺は思いつかなかったが。

 その速さ自体もかなり誤差を含む。適当な定規を繋げ合わせて5m程のところで線を引いた。そこを全力でスコープウルフを走らた。ストップウォッチはこの世界には無かったので俺の体内時計で時間を測った。なので誤差含み放題なのである。よってだいたい5km程なのである。

 ちなみにこれは俺を中心とした5kmの球状と仮説を立てている。上空は砦が米粒サイズくらいになるまで高度上げても大丈夫だった。それ以上は無意味なのでやっていない。



 ここからが今回の成果といってもいい。


 内容は召喚した魔物の野生化と狂化である。


 当初スコープウルフの餌を取るためにワーキンブルを狩って餌にしていたのだが、それがなかなか難しかった。移動関係の命令については色々慣れてきていたのだが、攻撃関係についてはまったくだった。攻撃しろと命令しても全く命令を聞かなかったからである。RTSでは攻撃ユニットには相手のユニットに攻撃という指示を出せばよかったのだが、この世界では違う。攻撃という指示を与えても動いてくれない。攻撃させるにはもっと具体的に指定する必要があった。例えばワーキンブルの首筋に咬みつけという具合である。これは当初かなりの問題だった。

 なんせ俺は戦闘に関しての知識は全くと言っていいほど持ち合わせていなかったからである。まだ、動物相手ならどうにかなる。しかし、対人に関するところだとお手上げだった。相手はユニットではなく人になるのだ。相手も自由に動き隙を殺してくるだろう。それに対してタイミングを合わせて攻撃させるのは俺でも至難の業だ。しかも戦闘は1対1じゃないだろう。一匹一匹に対してそんな細かい指定をしていたら手が回らなくなってしまう。


 だから俺は考えた。命令コマンドの簡略化を・・・。


 これについてはアルテに色々相談に乗ってもらった。結論としてはコマンドの簡略化ができた。


 まず、召喚された魔物の状態は二つに分かれる。


 一つは服従状態。これは魔物の意思が全く無い状態である。変わりに俺の命令を聞きその通りに動く。そして命令を行った後は、停止する。命令受付状態になるのだ。


 もう一つがアルテの思いついた野生化の状態である。これは服従状態の魔物に野生に戻れと言う命令を与えることでできる。なんとも不思議なものである。これによって魔物の自我が回復する。ちなみに召喚されたばかりの魔物はこの状態だ。そして一度命令を与えると服従状態にシフトするのである。


 アルテはこの二つの状態をシフトさせてスコープウルフを上手く操っていたのである。


 で、俺は思いついた。狂化状態を。


 狂化状態というのは、魔物に自我を回復させる命令ではなく、魔物本来の持つ攻撃性と防衛本能だけを戻す命令をするのである。この状態になったスコープウルフは目の前に獲物を見つければ魔物本来の攻撃性能をもってして獲物を殺す。いわゆる極限状態にするのである。これによって疑似的な攻撃命令を確立した。だが、これもデメリットがあった。殺し終わった後、なにかしら命令をして服従状態にする必要がある。しなかったら攻撃本能に従って近くの仲間に襲いかかるのである。

 ただ、細かい攻撃指示を出すことを考えたらかなりの短縮になるのでその辺は慣れていこうと決めた。


 ちなみにこれについてアルテは「すごい」と褒めてくれた。嬉しかった。



 これが確立したのがおよそ5日前である。


 そこからはひたすら実践訓練をしていた。


 スコープウルフ4体とバルーンバットを使い近場の森に行かせひたすら狩をした。


 初日はかなり苦戦した。なぜなら森の上空にバルーンバットを配置しても木が邪魔で森の中が良く見えなかったからである。アルテが何故こいつで見回りしていなかったのか理解できた。


 ちなみに餌を取る時は俺が直接森に行って俺の目からスコープウルフに命令をしていた。


 だから俺が砦内にいて森にいるスコープウルフに命令を出すのは初めてだった。


 初日は結局俺も森に行って餌を狩ってどうにかした。だが根本的解決にはならなかった。


 ここから俺は色々考えたがいい案が思いつかなかった。


 森で疑似RTSが出来ないなら今後かなり苦戦する。だからこの問題の解決は必須だった。


 次の一日はひたすらこの問題について考えた。しかしひょんな事から解決した。


 ナツキだった。


 俺が行き詰っている顔をしていたのを見たナツキは、前のように相談に乗ってくれた。


 その時の彼女の一言はこんなものだった。


 「図鑑見れば?」


 そんな簡単な一言だった。


 彼女は図鑑で森の中が見える空飛ぶ魔物を出せばいいといった。その通りだった。


 俺はいつしか頭が固くなってしまっていた。前もそんな感じだったと思う。


 ナツキはもう一つ教えてくれた。「図鑑の内容結構要約して御子様に教えたよ」と。


 話を聞いてみると、ナツキが図鑑の内容を抜き出してそれを御子が覚えたのだった。つまり俺の頭の中の魔物図鑑アプリは情報が完璧なものではなかった。


 俺は急いで部屋に戻り魔物図鑑とにらめっこした。そして書いてあった。


 バルーンバットには・・・温度を感知する能力があることを・・・。


 ナツキには死ぬほど感謝した。やっぱり彼女は必要な存在だと改めて認識した。


 そんなこんなで俺は森の中でも問題なく狩が出来るようになっていた。


 バルーンバットに乗り移った状態で、手で触って温度を確かめる様な動かし方をすると視界がサーモグラフィーの様な色の世界に変わった。温度が低いのは青で、高いのは赤で元いた世界と同じような感じで使えて便利だった。俺の中でバルーンバットの価値がうなぎ上りだった。


 ちなみにアルテに教えてやると驚いていた。アルテも実は魔物に詳しいという訳ではない。むしろ使わない魔物に関してはほとんど知らないと言っていいほどだった。真名が見てわかるのでその中から有用なものを適当に見繕って使っているとのことだ。



 そこからはひたすらに森で狩をした。スコープウルフを上手く使い4匹で確実に一匹を仕留める。これを繰り返した。ここからは非常に楽だった。もう大体RTSだった。アースクラフトとは違うゲームタイトルと思えば慣れるのに時間はかからなかったし、むしろ違うゲームタイトルに慣れるよりも圧倒的に早く俺のミクロは上達していった。そこには俺の頭の構造の問題もあった。


 俺の頭はすこし他の人と違っている。

 例えば4×3 5+3 8÷2 9×8 という4つの問題があったとする。

 俺はこれを4つ同時に解くことができる。部屋が4つあると考えてくれるとわかりやすい。

 その部屋ごとにある程度の意思があり俺はそれを割り当てることでこれを全て同時に解くことができる。つまりこの問題を見た時に同時に4つ答えが出力されるのだ。


 ただ元の世界では、これは役に立つには立ったが、そこまでの価値があるとは思えなかった。

 なぜなら4つ同時に解くことができても、出力する方法は1つづつしか出来ないのである。

 つまり同時に解くことができても、事実としては計算が早い奴という認識に落ち着くのである。

 これはRTSでも一緒で結局マウスとキーボードを上手く操作してもアウトプットできる命令は一つづつなのである。だがRTSにおいて俺のこの頭はかなり上手く動作していた。RTSは情報量がそもそも膨大すぎて普通の人は処理しきれずに粗が出る。その点俺は膨大な情報量を4つの頭の部屋で上手く処理し最適な行動を選別することができたのだ。この力でおれは世界一を取ったといっても過言ではない。


 そしてこの世界の疑似RTSはもっと俺の頭に合っていた。


 召喚術で魔物に命令を出す時は頭の中で考えることによって命令を出す。


 これに改めて気づいたとき、俺が救世主としてこの世界に呼ばれた理由が分かった気がした。


 他の上手いRTSプレイヤーではなく、軍人でもなく、この俺がこの世界に呼ばれた理由はこの頭の構造だったのだ。


 頭の中で命令を出す。俺はそれを4つ同時に命令を出すことができるのである。


 元の世界では1つづつしか出力できなかったものを4つ同時に出力できるのである。


 この世界と召喚術は俺のためにあるとしか思えなかった。


 このような理由で俺のこの疑似RTSは凄まじい早さで上達、定着していった。




 それで昨日は深夜の狩を行ったのである。夜の戦いに慣れる為である。深夜から朝方にかけて森の中の魔物や動物を狩りまくった。


 それで俺は朝に寝て爆睡していたというわけだ。



 「ユウさん。起きてくださいってば」


 そういって俺の睡眠を妨げた人物は俺を叩き起こした。


 ん?リディアか?珍しいな彼女は俺の寝室にはほとんど入ってこないんだがな・・・。


 「ユウさん。大変です。もうすぐ来ます」







 その声はこれから始まる戦いの日々の幕開けを意味していた。

 

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