第14話 救世主ユウ誕生

2階にある魔術講座の教室から出た俺は真っ直ぐに執務室の前に来ていた。


 リディアはこの執務室で仕事をしていることが多い。


 たぶん今日もここにいるだろう。



 俺はそんな当たりをつけて執務室の前にいた。



 魔術を使うための基本である指に魔力を集める。それをどうにかして習得するために。



 一人ではどうしても習得できなかったそれを、裏技を使って習得するために・・・。



 ちなみにナツキはおいてきた。



 なんとなく見られたくなかったから・・・。



 別に悪い事をしている訳ではないんだが引け目を感じる。




  俺は執務室の部屋をノックした。


 「リディア、入るぞー」


 「どうぞー」


 中から元気な声が聞こえた。リディアのものだ。


 最近のリディアはとにかく明るい。


 食事の時でもおいしそうにご飯を食べ、俺と目が合ったら笑いかけてくる。


 俺はそんなリディアに「今日もリディアはかわいいなー」と冗談めかして言ってやる。


 そんな冗談も言える程にはリディアと仲良くなっていた。


 リディアはえへへ。と少し頬を赤く染めて照れ笑いする。俺はそんなリディアの表情が好きだった。


 それを見て少しニヤニヤしていると、すかさずナツキにわき腹を抓られるのだが・・・。


 ナツキは俺とリディアが親し気に話をしていると少しムッとすることがある。怒っているというよりは自分のおもちゃを兄弟に取られた子供のような反応をする。


 御子の体で、イチャイチャするなというところだろうか・・・なんとも複雑な関係である。



 リディアとの一件の翌日には、カースさんとフォクシーさんが俺の寝室にやってきた。


 二人とも少し困り顔で頭を下げて「ありがとうございました」と言ってくれた。


 彼らの顔も以前より少し明るくなっていて俺もホッとした。


 彼らにも色々葛藤があったのだろう。それでも仕える主人の為にその想いを飲み込む。それが主人の為になるのかは、おいておくとして彼らの忠義の篤さには敬意を覚えた。


 なんでも3ヵ月も暗い顔をしていたらしい。俺なら間違いなくそんなに我慢できなかっただろう。彼女の心に踏み入り、励まそうとしていたに違いない。俺はその行動が間違っているとは思わないが、考え方はそれぞれなんだろう。彼女を見守り見届けることこそが彼らなりの忠義なのかも知れない。


 こんな感じで最近は砦内も明るい感じになり順風満帆という感じである。


 俺の魔術の習得状況以外は。




  部屋に入った俺は入って右側のソファーのお誕生日席側に座る。


 俺が一人できたことに気づいたリディアはスキップするような足取りでお誕生日席に座った。その動作には王女の威厳は既になかった。でも、俺はこれでいいと思っている。彼女は弱い。でも誰にでも助けを求めることのできる立場ではない。だから一人くらい王女という肩書をとっぱらって普通の15歳の少女として接することのできる人間がいた方がいい。俺はそう思う。


 「お。今日はえらく上機嫌だな?」


 「えへへ」


 彼女は俺の好きな照れ笑いの表情を浮かべた。幸せそうでなによりである。


 「今日はなにか用事ですか?」


 リディアを眺めていたら、彼女が話を進めてくれた。


 「ああ、そうだった。リディアって魔法使えるんだよな?」


 「はい。初級攻撃魔法なら使えますよ」


 褒めてといわんばかりの表情をしていた。褒めて頭を撫でてやりたい衝動に襲われるがそこはグッと我慢である。


 「すまないが、あの指に魔力集めるやつやってみてくれないか?」


 「いいですよー」


 リディアは座りながらやや前かがみになり、俺の目の前に人差し指を一本立てて見せた。


  「はいっ」


 元気な掛け声とともに、リディアの指から魔力の光が迸った。


 「おおー。すげえな。」


 俺にはできないことをリディアはさっとやってのけた。


 リディアはお世辞にも大きいとは言えない胸を張って、えっへんと言わんばかりの表情をしていた。いいのだ。女は胸ではない尻だ。


 俺はとりあえずリディアの頭を撫でることにする。彼女もそれを望んでる気がする。撫でられた彼女は顔を赤くして俯きながらくすぐったそうにしてた。小動物みたいでかわいいな。


 いけない、いけない。ついリディアが可愛い反応をするので遊んでしまった。


 「リディアさんや。一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」


 「なんですかー?」


 リディアは嬉しそうだ。


 「それのやり方、俺の頭のなかに書き込んでくれない?」


 「いいですよ~」


 彼女は二つ返事で了承してくれた。


 「じゃあ早速お願いします」


 「はい。わかりました~」


 リディアはそういって立ち上がると、俺の頭を例のごとく鷲づかみにした。


 何回やってもこれは慣れないなー。


 「じゃあいきますよ~」


 リディアがそう言った瞬間あの感覚が脳を襲う。


 痛くはない。だが体が硬直する。


 1mmでも動けば頭を破壊される。


 背中にジワリと冷や汗が浮かぶのがわかる。


 体の全部位から警報が鳴る。


 毛穴が開く。やばい。殺される。


 頭の中では大丈夫とわかっていても、体が拒絶する。


 あああああああああこわれええるううううう・・・・・


 っと。


 終わった。





  終わってみればなんてことはないのだが、やはりこれはかなり体に負担がかかるな。


 俺は気づいたら汗だくだった。


 「大丈夫ですか?」


 「ああ、大丈夫だ・・」


 リディアが心配そうな目で俺の様子を伺っている。


 俺は荒れた息を整えながら伝えた。



 これでできるようになったかな。


 人差し指を胸の前にもっていく。


 そして魔力を人差し指に集中させようと・・・


 俺の体の血液が全部右手の人差し指に集まっている気がする。


 なんだこれ・・・血が集まって来る。熱い。


 気づいたら俺の人差し指は発光していた。


 「おおおおお、できた。これが魔力を集中させるってことか!!」


 「よかったです。成功したみたいですね?

  ユウさんにとってはこれは難しいことだったのですか?」


 「ああ、そうだな。俺の世界には魔力を扱うっていう概念がなかったからな。

  こっちの世界の人間とは頭の作りがすこし違うみたいだな」


 「そうなんですね~」


 リディアも喜んでくれているみたいだ。


 これで召喚術についてもなんとかなりそうだな。


 よし。これで万事解決だ!!すべてにおいて順風満帆!!




  俺はリディアに礼をいって。部屋を出て教室に向かった。


 教室の中ではナツキが人差し指に魔力を集めて空中にお絵かきしていた。


 発想は面白いがアホだった。 


 ちなみに魔力は空中に文字を書くときにも少し消費されるらしい。


 ただの魔力の無駄遣いである。


 ちなみに書き間違ったりした時は頭のなかで消えろと念じれば消えるとのこと。まだ俺は試してないんだがな。


 アルテは椅子に座って目を閉じていた。スコープウルフを使って見回りをしているのだろう。


 俺が教室の中に入るとナツキが気づいた。


 「あ。ユウどこにいってたの?」


 「秘密の特訓」


 俺は適当にごまかした。俺の小さな自尊心がこうさせた。


 俺は人差し指を一本立てて魔力を指に集めた。


 そして先ほどと同じように成功し発光した。


 「おー。やっとできるようになったんだ~」


 「おう。これが特訓の成果だ」


 ナツキの『やっと』という言葉に少し傷つきながら一応胸を張っておいた。胸を張れることはしてないのだが・・・。


 ナツキは嬉しそうに満足していた。私が育てただけはある。とでも言いたげだ。


 俺はそんなナツキは放っておいてアルテに声をかけた。


 「アルテ、なんとかできた。早速ですまないが召喚魔法を教えてくれ。」


 「そう」


 アルテはゆっくり目を開けながら、さほど興味はなさそうに言った。


 お前師匠なんだから弟子の成長をもっと喜べよ!!と言いたいところではあったが、まあそれもアルテらしかった。


 「そういえば、俺まだ召喚魔法って発動させてるの見たことないんだけど室内でやっても大丈夫なのか?」


 「大丈夫」


 俺は今まで共鳴石の残量の問題もあって、アルテに召喚術を実演してもらったことはなかった。アルテは召喚魔物は1体しか召喚しないとのこと。2体召喚しても操作が追いつかないらしい。ちなみにこの世界の召喚術師で2体以上同時に扱うものは見たことがないと言っていた。


 でも、ちょっと待てよ。この前アルテに何匹出せるか聞いた時にスコープウルフは200匹といってなかったか?


 「あ、ごめんアルテ。その前に聞きたいことがあるんだが」


 「何?」


 「お前スコープウルフ200匹出せるといってたよな?」


 「そう」


 「お前2体以上同時に召喚しないっていってなかったっけ?なんでわかるの?」


 「わかる」


 「いやすまん…もう少し分かりやすく頼む」


 「やればわかる」


 「お、おう。」


 相変わらず口数の少ない師匠だ。わかるってことは感覚的にわかるってことか。


 「じゃあ早速頼む。やり方を教えてくれ」


 「真名を書く」


 「じゃあ、バルーンバットの真名を教えてくれ」


 俺は最初に召喚する魔物は決めてあった。バルーンバットだ。



  『バルーンバット』


 体長50cm程の魔物で風船のような形をしていることからこの名前が付けられた。


 上空を漂っていて生息地は不明。


 目が良く夜目も効く。


 基本無害である。鳥類の餌になることもしばしば。



 こいつは俺の疑似RTSの核になるものだ。ちなみにこの脳内魔物図鑑アプリは思うだけで情報と共に写真みたいにこいつの姿も脳内で再生されていた。ちなみに風船に目と口を落書きしたみたいな不気味なやつだ。バットというから蝙蝠っぽい感じかと思いきや羽すらついてない。ちなみに餌は空気中の成分らしい。こいつなら出しておいても餌代はかからないし色々と便利だ。



 アルテは俺の横に移動し空中にバルーンバットの真名を書いた。


 『q2 I3 bq』


どこの文字かはわからないが表現するならこんな感じだろう。ちなみに二文字で1つだ。


 俺はできる限り丁寧にアルテの書いた真名を真似して書く。

 これで失敗してできませんでしたとなっては、さすがに恰好悪いしな。しかも違う変なやつ召喚してしまったら共鳴石がもったいない。


 ナツキは部屋の隅に椅子を移動させて逃げている。


 失敗して爆発でもするんじゃないかと小さくなっていた。



 書き終わった。


 「できた。これからどうすればいい?」


 「これを文字にあてる」


 そういってアルテはローブの中から握り拳程度の大きさのオーシャンブルーの石を出した。知識としては知っていたが初めて見た。その石は角ばっていた。その平面部分はナイフで切られたように滑らかで凹凸はなかった。


 俺はアルテから共鳴石を受け取ると、角ばった石の頂点を真ん中の文字に突き入れた。




 その瞬間、俺が書いた真名がより強く発光した。目を閉じそうになったところで踏みとどまり薄目で耐える。真名は真ん中の文字を中心に回転し、半回転して止まった。

 回転した真名の後には円形の黒だけがあった。そして半回転した真名は黒に吸い込まれていった。

 黒と表現したが、空間が切り取られたようにそこにそこだけ黒で塗りつぶされていた。


 そしてそれはこの世界に顕現した。


 その黒の中から俺達とは反対側にバルーンバットが飛び出した。


 バルーンバットはぐるぐるとその辺を周り、やがて俺の目の前に止まった。


 バルーンバットは俺に向けて両目を一回閉じてまた開けた。なんだろう両目ウインク?


 なんだか少し可愛い。見た目は気持ち悪いんだが・・・動物に懐かれている時のそんな優しい気持ちになった。


 ちなみにバルーンバットが出てきた黒い円はもう消えていた。役目が終わったら勝手に消えるのね。


 右手を見てみると共鳴石は俺が突っ込んだ頂点の部分が切り取られていた。


 なるほど、これが魔力の変わりになっているのか。


 恐らく俺の体からは魔力は出て行っていない。そんな感覚はなかった。気づかない間に出て行っているのかも知れないが。


 仮説としては真名を書くのに魔力をごく少量使い、その文字に魔力の変わりに共鳴石を入れることで召喚魔法が完成するのだろう。

 ということは石さえあれば一気に兵を量産できるということか。


 となれば、共鳴石の確保が最優先だな。石さえあれば無限に兵を量産し続けることができる。無敵だ。


 なかなか救世主っぽくなってきたじゃないか俺!!



 さて、魔物の使用感も確かめないとなと視界を共有しようと頭で考えたその瞬間。


 俺は浮いていた。


 バルーンバットと視界を共有していた。 


 バルーンバットの視界には目を閉じている俺がいた。鏡は普通に砦にもあったので俺は自分の容姿を確認済みだ。美少年とまではいかないでもなかなか将来有望な感じの顔立ちをしていた。

 身長はアルテより少し低いくらいだ。推定125cmくらい。となればリディアは140cmくらいだろうか・・・。いや今はいいおいておこう。

 右を向こうと頭で考えても動いてくれなかった。

 次に自分の体でやるみたいに首を右に動かしてみた。

 動いた。

 なるほど。これは視界の共有というよりかは乗り移っているという感覚に近かった。

 視界を共有しているはずの俺の体は目を閉じていた。なるほどこれは強制的に目を閉じさせられるのか。俺がこちらで目を閉じると普通にバルーンバットの目が閉じた。

 アルテが中庭で目を閉じていたのは強制的に目を閉じさせられていたのか。



 そこからは色々試してみた。歩いてみたらバルーンバットは低速で進行方向に進み、走ってみたら中速で進んだ。全力で走ってみたが、バルーンバットはもとよりそんなに早く動けないのか走ったときとそう変わらなかった。手を動かしてみたけどバルーンバットは反応しなかった。

 無いものは動かしても反応しないのか。上昇はどうするんだろうか?とりあえずジャンプしてみた。浮いた。浮いてジャンプみたいに戻らなかった。なるほどなるほど。次はしゃがんでみた。降下した。屈伸運動を2回した。スムーズにさっきより降下した。

 どうやら俺の脳とこいつの体の神経が繋がってるみたいだ。俺がやろうとした人間の動作をこいつの体でできることは再現する。できないことは再現しない。そんな感じだろう。

 なるほどこれはなかなか便利だ。ちなみに喋ってみたけど再現されなかった。こいつは喋ることはできないらしい。声帯がついてないのかな?


 さて、そろそろ戻ろうか。俺は頭で自分の体に戻ろうと念じた。


 戻った。


 右手が俺の命令通り動く。なんか少し感動した。


 そこから俺は目を瞑ったままバルーンバットと俺の間を行ったり来たりして色々ためしてみた。


 まとめると、バルーンバットに乗り移るには、バルーンバットを頭に思い浮かべて念じるそれだけだ。戻る時は俺を思い浮かべて念じる。時間的なラグはほとんど無かった。一瞬の出来事だった。

 俺の体からもバルーンバットに命令してみたら。俺の考えた通りにバルーンバットは動いた。

 バルーンバットと視界を共有しているときは一人称視点での操作が可能になって、俺の体の時は三人称視点での命令ができた。


 これは確かに普通なら二体同時に動かすのは難しいかもしれない。普通ならな。だが俺は普通ではない。細かく操作することにおいては前の世界では間違いなくダントツの一位だったのだ。何匹でも動かしてやるさ。


 これで疑似RTSをやるにはバルーンバットと視界を共有したまま上空まであがり、そこから他の召喚魔物に三人称視点の命令を与えればできるだろう。これはできるはずだ間違いない。なぜならそれができるからこそ俺がこの世界に召喚されたのだ。確かにこれと共鳴石さえあれば俺はそこらの軍隊など相手にならないほどの戦力になるだろう。


 ちなみに先ほどアルテが言っていた召喚できる数の限界というのも理解できた。これは確かに口では説明できない。だが俺はバルーンバットを恐らくあと223体は召喚できるとわかる。なんというか感覚的なものだった。わかるものはわかるので仕方がない。


 これでこの国を救う手立てが確立できた。





 この瞬間に本当の意味での救世主ユウは誕生したのだった。

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