第12話 罪と贖罪
馬車は荒っぽい音を立てながら坂道を登っていく。
もうかれこれ3ヵ月近くこの馬車で生活していた。
ひたすら北へ。北へ向かう逃避行。
私の手にはたくさんの金属片が握られている。
ネームプレート。
私の命を守るために散っていった勇敢なる兵士のネームプレート。
数は7つ。
全員の顔が鮮明に脳裏に焼き付いている。
血塗られた顔を綺麗にする。これが私の唯一できることだった。
この行動に意味があったのかはわからない。
たとえ顔を綺麗にしたとしても、もう一緒に連れていくことはできない。
墓を掘ってやることもできない。
埋めてやることもできない。
そんな時間は私たちには残されていなかった。
私の命を守る壁としてこの勇敢なる戦士たちは存在して、そして散っていった。
彼らは決まって最後はこう言った。
「リナルディア王女お逃げください。」
だから私は逃げなくてはならない。
追っ手から逃げなくてはならない。
生きて、救世主を迎えなければならない。
生きて、救世主とともに国を奪還しないといけない。
それしか私に償う術はない。
彼らの命に報いる最後の方法。
救世主の降臨。
そこから始まる反撃の狼煙。
そこには私がいなくてはならない。
アルティア王国最後の正統なる血
―――リナルディア・レイン・アルティアが。
「到着しました。リディア様」
「ええ、ありがとう」
私はカースの手をとって馬車から降りた。
私たちは追っ手から逃げ切り目的地に到着した。
そこは、リステ砦と言われる場所である。
この砦は御子を守るために作られた砦だった。
私も来たのは初めてだったが、その頑強さに見とれてしまう。
3方を山に囲まれた鉄壁の城塞。
この砦を落とすにはかなりの数の兵士が必要だろう。
現状防衛戦力なんてほとんどないので案外すぐ落とされてしまうだろうか。
あくまである程度の兵士がここまで迫ってきた場合はだ。
今まで追っ手を放ってきていたアルスメイ帝国は今頃それどころではないだろう。
私の最後の手紙によってアルテワード王国との戦闘が開始されたはずだ。
それでも時間稼ぎにしかならないが・・・。
いや。時間稼ぎでいいのだ。
救世主降臨までの時間をかせげたらそれでいい。
それで反撃の手札はそろう。
それまで持ってさえくれればいい。
「リディア様こちらです」
カースは私をエスコートして砦の入口まで案内してくれた。
それにエリス、フォクシー、アルテ共についてくる。
みんなボロボロだった。
3ヵ月もの間ひたすら寝る間も惜しんで北へ逃げてきた。
何度も何度も戦って、仲間も7人死んだ。
戦うといっても私は一番安全なところにいて守らていただけだけど。
そういう面ではエリスが一番酷かった。
エリスは体中切り傷だらけだった。
本来の彼女の力ならあんな追っ手ぐらいなら傷なんてつけられることもなかっただろう。
そう。私が近くにいなければ余裕で撃退できたのだ。
彼女の力は大きすぎた。もし彼女が本気で戦えば私は巻き込まれて死んでいただろう。
だから彼女はひたすらに受けに徹した。
そして体中傷だらけになった。
私は枷でしかなかった。
ここに逃げてくる途中、ただの枷だった。
ただ、王族の血をもつ枷だったのだ。
砦の中からメイドが4人出てきた。
4人は私達を見ると血相を変えて近づいてきた。
メイド達は口々に心配してくれたが、今はそんなことより何より眠りたかった。
ゆっくり安心な場所で眠りたかった。
砦の中に入るとメイドは私達をお風呂へ通してくれた。
私達は3ヵ月間水浴びもできる状態ではなかった。
恐らく鼻が曲がるような臭いがしただろう。
もう私の鼻はそんなものを感じ取ることはできなくなっていた。
この砦のお風呂は広かった。
4人で体を洗ってもまだスペースには余裕があった。
私達は体をしっかり洗い3ヵ月間溜まりにたまった垢を根こそぎそぎ落とした。
そして浴槽に浸かった。
生き返った。
文字通り生き返った。
お湯の温かさが体中に染み渡っていく。
体中の凝り固まった筋肉が解きほぐされていく。
私は泣いていた。
私は生き残った。
別に死んでもよかった。
ただ、私を守って死んでいったものたちのために生き残った。
生き残ったことにより彼らの思いを達成できた。
彼らへの小さな贖罪。
その想いが私の両目から流れ落ちていた。
フォクシーとエリスが心配してくれた。
私は大丈夫といった。
彼女たちは優しかった。
罪深い私はそんな優しさを向けられる資格はなかった。
彼女たちの優しさを向けられるべき王女ではなかった。
だから私は大丈夫。
これは私の罰だ。
私が背負わなければならない罰だ。
私はお風呂からあがると用意されていた服に身を通して私が使う部屋へ案内された。
お風呂に入ったからか眠気は消えていた。
私はベッドの横にある椅子に座った。
こんなにゆっくり椅子に座ったのはいつぶりだろうか・・・。
何分ほどそうしていただろうか・・・私はただ椅子に座りただ目の前の空間を眺めていた。
コンコンと扉がノックされた。
「どうぞ」
私はできる限りいつも通りの声を出せるようにがんばった。
上手くできた。
恐らくこのタイミングでやってくるのは御子と御子の守り手だろう。
そして私を責めるだろう。
どうしてこんな状況になっているのだと。
どうして私たちがこんなに苦しまないといけないのかと。
わかっていた。
私の甘さが招いた結果だ。
その責は私に向けられるべきである。
ここに向かっている最中に覚悟はしていたつもりだ。
それでも震える手は止まらなかった。
それを必死になって止めようと努力した。
ごまかせているだろうか。
案の定、御子と御子の守り手が部屋に入ってきた。
二人は座る私のまえにやってきて片膝をついた。
やめて欲しかった。
そんな膝をつく態度ですら私を責めているようにしか見えなかった。
「やめてください」
私はそう言って二人に椅子に座るように促した。
私は考えていたことを実行する。
この二人に対してまずしなければならないこと。
「ごめんなさい」
謝った。私のできる限り全力の謝罪。
申し訳なかった。
私ならばこの二人を救えた。
終わったことではあるが私次第でこの二人を救うことができたのだ。
だができなかった。
そこからなんでこんな状況になったかを二人に説明した。
上辺だけの説明だった。
上辺だけの絶望的な状況の説明。
そして私は言えなかった。
卑怯者だった。
私ならなんとかできた、でも私が甘かったせいでこうなった。
それが言えなかった。
卑怯者。
こんな状況でも私は自分を守ってしまった。
自分への嫌悪感でどうにかなってしまいそうになった。
御子は私の説明を聞いて私に優しく微笑んでいた。
胸を抉られたような痛みが全身に走った。
御子は私の心を全て見透かしたようなそんな優しい笑顔をしていた。
全てを知っていてそれでも許すそんな笑顔。
私の勘違いかもしれないがそんな笑顔。
私の目に涙が溜まりそうになる。
これだけは許されない。
どんな感情の涙であれ彼女達に涙を見せることだけは許されない。
そんな資格は私にはない。
必死に押しとどめた。
押しとどまった。
なんとか耐えきった。
二人は話が終わると出て行った。
辛かった。
責められるより辛かった。
そして自分の卑怯さを思い知った。
心が痛かった。
体が痛かった。
誰か助けて。
そんな言葉を飲み込む。
私の立場は誰かに助けを求めることは許されない。
まして今の状況など自業自得だ。
誰に助けを求めることができるのか。
そして誰が助けてくれるというのか。
私は眠った。
泥のように眠った。
私は次の日部屋を出ることすらできなかった。
体が動かなかった。
私ができたのは自分の罪について考えることだけだった。
私は生まれつき変わった力を持っていた。
それは祝福と呼ばれるものだった。
私のそれは触れただけで相手の過去や思考を読み取ることができるものだった。
私は姫だった。
私は私の意思に関係なく色々な人物と触れ合うことになった。
その当時私はこの祝福を制御することができなかった。
だから私は見てしまった。
汚い意思と思惑その全てを。
私のところに挨拶に来るその全ての人が汚い意思と思惑を持って私に触った。
気持ち悪かった。
吐き気がした。
私は吐いた。トイレに篭って吐いた。
私は人間が信じられなかった。
私に近づく人間すべてが信じられなかった。
私は人と話すことがほとんどできなくなっていた。
裏で口なし姫と呼ばれていた。
そんな悪口すら私の力は読み取ってしまった。
そして、ある程度祝福を制御できるようになったある日、父が死んだ。
私は泣いた。
号泣した。
私は父だけが全てだった。
父だけは私を本当に愛してくれていた。
私のことを考えて接してくれた。
その父が死んだ。
私はこの世界で一人ぼっちになった。そう思った。
でも違った。
そこにカースがいた。
カースは父の近衛騎士だった。
カースに以前触れた時は父に対する忠誠が全ての男だった。
そして父が死んだあとのカースは私に対する忠義が全ての男になっていた。
私はすがった。
カースにすがった。
どうしたらいいのかと。
父の子は私しかいなかった。
急に王女になった。どうしていいかわからなかった。
カースにはこの祝福について話した。驚いていたが優しく抱きしめてくれた。
大変だったね。気づいてあげれなくてごめんねと。
私はまた泣いた。
そしてカースと話し合った。私がこの国の王女としてやっていくにはどうしたらいいのかと。
カースは言った。その力を使いなさいと。
私を苦しめたその力は苦しめるためだけのものではないと。
私はこの力を使った。
その時の国は腐りきっていた。
陰謀が暗躍するそんな国だった。
だから私はこの力を使って国を作り替えた。
大臣から小間使いまで黒い心の持ち主を全て入れ替えた。
アルティア王国は生まれ変わった。腐敗した国は正義を遂行するそんな国に生まれ変わった。
そんな時、御子が産まれた。
これから6年後に国が傾くと宣言された。
私はかかってこいとそう思った。
どんな困難にでも立ち向かってみせると。
まず最初に更迭された黒い心の持ち主から暗殺者が送り込まれてきた。
その暗殺者はフォクシーだった。
フォクシーはカースに敗北した。私は黒幕を確認するためにフォクシーの記憶を見た。
悲しい記憶だった。ただ、強制的に暗殺者に仕立てられここに送り込まれた悲しい人だった。
だから私は彼女を助けた。彼女は私に忠誠を誓ってくれた。
これで私の心を許せる存在は二人になった。
そして、エリスが来た。
エリスは公爵家の出だった。そして生粋の騎士だった。
エリスの手を握った時、頭には忠誠の二文字しかなかった。
私に尽くすことを生きると勘違いしているとしか思えなかった。
そんな記憶だった。
私はすぐに彼女を近衛騎士に取り立てた。
そして彼女とは気が合った。色々冒険譚を聞いているうちに彼女に憧れた。
彼女の忠誠もより強いものになっていた。
その次にアルテが来た。彼女は多くは語らなかった。
そしてある書状を持ってきた。
私の母を訪ねてきたようだった。
私の母は私を産んですぐ死んだと伝えると、目の色も変えずに分かったといって手を差し出していた。
彼女は何故か私の祝福を知っていた。その上で私に手を差し出していた。
彼女の記憶は深く読み取れなかった。
全体的にもやがかかっていた。
こんなのは初めてだったが、私の母を守りたいそれだけが読み取れた。
だから彼女も私の傍に置いた。
理由はわからなかったけど何か重い理由があるに違いないそう思った。
この時既に御子が産まれてから3年経っていた。
私はこの段階でもう一度要人に対して記憶のチェックを全員に行い、万全を期した。
この時は誰も裏切るような思考をしているものはいなかった。
そして御子が産まれて5年3ヵ月。
アルスメイ帝国がアルティア王国に宣戦布告した。
私は即座にアルテワード王国に書状を送り救世主の降臨まで残り9カ月であることを伝えた。
これでアルテワード王国は手を出せないそんな状況を作った。
この時のアルティア王国は気迫で満ち溢れていた。
誰もがアルスメイ帝国打倒を掲げて気力が高かった。
だから私は慢心した。
今思えばあってはならないミスだった。
このタイミングでもう一度全員の記憶のチェックを行っていれば今の状況にはならなかった。
救世主だって降臨させずに済んだ。
御子も御子のまま幸せに生きれていたかもしれない。
そうなれば御子の守り手も一緒に幸せな生活を送れていたかもしれない。
無駄に兵が死ぬこともなかった。
そんな全ての希望を私の慢心1つでぶち壊した。
最悪の王女だった。
これが私の罪。私の人生全てをかけても償えない私の罪。
その結果大臣が裏切り国が亡びる危機に陥っている。
何度思い出しても胸が痛くなる。
これが和らぐ日がくるのか・・・いやそんな日がきてはいけない。私はそう思った。
この日、一日はベッドの中でこのことについて考え続けた。
次の日から私は部屋の外に出た。
救世主が降臨する日まで特に何ができるわけではなかったが、部屋で欝々と考えているよりはましだった。
この砦にきて1ヵ月が過ぎた。
その日、御子の守り手――ナツキが神妙な面持ちで部屋にやってきた。
御子に一度でもいいから外の世界を見せてやりたいといってきた。
私は胸に痛みを感じた。
私も御子を外に出してあげたいという気持ちは同じだ。
ただ、私の心には慢心の二文字が踊っていた。
どっちを取るか、かなり迷ったが、結論として御子を外に出すということを許可した。
エリスとフォクシーを護衛につければ大体の事態は回避できる。
そしてカース、アルテも見回りに出すことにした。
そして、ピクニックの日は部屋で一日祈った。
御子とナツキその二人の無事をひたすらに祈った。
神に頼ってどうにかなるとは思っていなかったが、気休めでも何かしたかった。
結果として、何も起こらなかった。
私は安堵して部屋で涙を流した。
そこからの2ヵ月間は地獄だった。
御子とナツキはよく部屋に来て話をした。
二人とも笑っていたが私の心の罪悪感は御子の残り時間が減っていくと共に強くなっていった。
痛かった。
助けて欲しかった。
誰か・・・助けて・・・。
わかっていた。助けなどこないと。
私はこの罪を一人で背負ったまま最後の時を迎えるのだと。
痛みに耐えている内に最後の一日になった。
御子は最後の一日にも私のところにきて話をした。
何の変哲もない世間話をした。
最後の一日だというのに御子は穏やかな表情だった。
細かい話の内容はほとんど覚えていなかった。
それほどまでに心が痛かった。
目を背けたかった。
でもできなかった。
御子の笑顔を受け入れることが贖罪になると思った。
これは自分への罰なのだ。
卑怯な私への罰。
そう考えることで痛みを受け入れた。
その日の晩御飯には私たちは出席しなかった。
代わりにまだ使えるコネをつかって最高級の食材を取り寄せた。
これで許されるなんて思っていないが、やらない選択支などなかった。
そこから私は眠った。
御子とナツキの別れの場面を想像すると死にたくなるくらい辛かった。
眠ってごまかすしかなかった。
自分が原因でそんなことが起こっている。そう考えると辛かった。
だから眠った。
11時55分。
私たちは3階の使われていない一室にいた。
私とカース、アルテ、エリスはこの部屋にいた。
そこから数分後にフォクシーが御子を連れてきた。
私がナツキは?と聞くとフォクシーは黙って首を横に振った。
私は安堵した。
そしてその安堵した気持ちに嫌悪感を抱いた。
膝をついている私に御子はちょこちょこと寄ってきて頭を撫でた。
この子は人の心が読めるのではないかとそう思った。
御子は、大丈夫だよ。
そう言って離れた。
何が大丈夫なのだろうか・・・。
わからないが私の両目から涙が落ちて床を濡らしていた。
私が袖で涙をふいたその時、時間になった。
御子の顔が急に無表情になった。
12時を迎えた。
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