第11話 カウンセリング
リディアと話をするのは夕方からという約束だったが、今はできるだけ早くアルテに弟子入りして不測の事態に備えたかった。
だから、俺は約束を無視して執務室に向かっていた。
当然のようにナツキもついてきた。
向かう途中、昨日のリディアについて俺は考えていた。
リディアは昨日のあのタイミングで泣き崩れる様な人物か?ということについてである。
リディアは昨日の感じから考えると凄く頑張り屋なタイプだと俺は思った。
だから、俺の地獄の様な記憶(誤解)を追体験しただけで救世主を前にして泣き崩れるか?というところに妙に引っかかりを感じる。昨日の俺との話合いは彼女にとっては正念場のはずだ。なにせ自分の国がかかっているのだ。俺がヘソを曲げてやらんと言えば彼女達は詰みだったはずだ。それに彼女は今までにもあの祝福を使ってきているはずだ。使い慣れているはずだ。それなりの悲惨な者も見てきたはずだ。
そこから導き出される答えは『原因は一つでは無い』という事だ。
彼女の心は昨日時点でかなり疲弊していたと考えるのが普通だろう。
それもそうか。
リディアは今にも滅びそうな国の王女だ。それなりに心にダメージを負っているはずである。
あと思いつくのは御子か・・・。
彼女は3ヵ月間だけでも御子と一緒に過ごしてきたのだ、昨日は気丈に振る舞ってはいたけど、よくよく考えてみれば俺がここに召喚された時にリディアはいた。しかも正面に。ってことは御子の最後を見届けたということだ。ナツキ程ではないが心にダメージを負っているのではないか?そう考えると筋は通るか。
その状況で長時間の地獄絵図を追体験させられたら、心が折れて泣いてしまう可能性もなきにしもあらずというところか。俺の無駄な提案で彼女を泣かせてしまったか。悪いことをした。
ということは、俺がしなくてはならないことは彼女の心の修復が先の様な気がしてきた。
どうせアルテの許可なんて二つ返事でOKを貰えるだろう。というか貰わないとこの国を救えないぞ?
カウンセリングなんてやったことないが挑戦してみるか。
その前にナツキには席を外してもらおう。
「悪い。ナツキ」
「どうしたの?」
「ちょっとリディアと2人で話をしたいんだ。だから席を外してくれないか?」
「わかった・・・」
ナツキはそう言ってあっさり踵を返した。
少ししょぼくれていたけど、あとでゆっくり相手をしてやろう。
今はリディアをどうにかしないとな。
執務室の前に着いた俺はドアをノックした。
「はい。どうぞ」
リディアが入室を許可してくれたので入室する。
リディアは執務机で書き物をしていて、カースさんとフォクシーさんは昨日使った応接机で書類を整理していた。
リディアは俺を見ると少し俯いてしまった。
大分参っているようだ。
そんな様子を見たカースさんが俺に対応してくれた。
「ユウ様、続きは夕方頃とお話したと思いましたが?」
少し棘のある言い方をされてしまった。カースさんもリディアをみて少し思うところがあるのかな?
そうならなぜ癒してあげないのか。この様子だときっと彼女はカースさんとフォクシーさんにも相談していないようだな。一人で背負いこんで自爆してたら意味ないだろうが・・・。
でもカースさんとフォクシーさんを責めるのは可哀想だな。王女のプライドが邪魔してリディアが相談できていないのではないか?カースさんもフォクシーさんもきっとリディアが弱っていることをわかっているだろう。それでも彼女を尊重して黙ってみている。そんな感じだろうか?あくまで推察だが・・・。
もしそうなら歪な主従関係だな。とも思った。
「はい。わかっています。でも重要なことがわかったので最優先でお願いしたいんですよ。」
俺はできるだけ真摯な目でカースさんと視線を交錯させた。
「リディア様はまだお心の整理が済んでおられない様子ですので、もう少しお時間を頂きたく思います。」
それがわかってんならお前らは何をしているんだ!!と声を荒げて怒鳴りたくなる。
彼らもわかっているのだ。その上でリディアが何も言ってくれないのだろう。そう考えて心を落ち着ける。
「わかっています。リディアの事も俺に任せてくれませんか?」
お前らの立場でできないならば俺がどうにかしてやる。彼女の心に土足で踏み込むことになっても救世主である俺がどうにかしてやる。領分オーバーだと思われても知らん。あんな顔をされたら俺は放っておけない。
俺の言葉にカースさんの瞳が少し揺れ動く。
カースさんと目線を合わせながら俺は小さく頷いた。
それを見たカースさんは諦めたように言った。
「わかりました。よろしくお願いします」
その後カースさんはフォクシーさんに声をかけ、書類を集めて部屋を出た。
まったく良くできた執事とメイドである。俺は心のなかで二人に感謝しておいた。
俺は入って右側のソファーの誕生日席側に座った。そしてリディアを呼んだ。
「リディア」
「はい」
こっちを見てくれた。俺は目線を合わせたまま、おいでおいでと右手を動かした。
リディアは観念したように席を立ち、お誕生日席のソファーに座ってくれた。
さて何から話をしようか。とりあえず差しさわりの無いところからにしよう。
昨日の俺の記憶自体は大してダメージにはなっていないはずだ。止めは刺してしまったようだけど。
「リディア」
「はい」
「昨日俺の記憶見て俺が怖くなったか?」
「いえ、違います」
彼女は一度目を合わせてくれたが、また俯いてしまった。
「リディア」
「はい」
もう一度呼んで目を合わせる。
「俺の目を見ろ」
「はい」
抗う力も残っていないのか、リディアは言われた通りに俺の目をジッと見つめていた。
「じゃあ俺の記憶を見てどう思ったか正直に言ってくれ」
リディアがまた俯こうとした。
「リディア!」
それを少し強めの口調で阻止した。
彼女はビクリと驚き、おずおずと俺の目を見つめなおした。
「俺はお前の見方だ。だからお前を助けてやる。他の人は誰も聞いていない。俺とリディアの二人だけだ。だから今だけは王女とかそんなの気にしなくてもいい。」
俺はリディアの目をできるだけ優しく見つめて言った。
リディアの目が少し潤みを帯びた気がした。
「私はユウさんを私たちの戦いに巻き込んで本当にいいのか?と思いました。」
予想外の答えが返ってきた。俺はてっきりこんな救世主で大丈夫か?くらい言われると思っていた。
「それはなんで?」
優しく聞き返す。
「もう、ユウさんは楽になってもいいのではないかと。
あんなに酷い地獄を生き抜いてきたのです。救われるべきではないのかと。
私たちの戦いにユウさんを巻き込むことが許されるのかと。
私たちさえユウさんに頼らなければ、ユウさんは自由の身です。これからはこの世界でゆっくりとした人生を歩めるのではないかと思いました。」
リディアの声はとても小さかった。でもしっかりとした意思をもっていた。
俺もリディアのやさしい言葉に胸を打たれた。
リディアは優しすぎた。王女としては優しすぎた。
これは間違っても他の人には言えないな。カースさんやフォクシーさんには口が裂けても言えない内容だろう。だから一人で抱え込んでしまったと。
王女としての責務と俺への優しさで葛藤して彼女の心に止めを刺した。そういうことだろう。
俺はできるだけ力強く彼女を勇気づけるように言った。
「安心しろリディア。俺はお前が頼らなくてもこの国を救う。いや救わないといけなくなった。だからお前が俺を心配する必要はどこにもない。これは俺の意思で俺が決めたことだ。そのかわりに一つだけお願いができた。聞いてくれるか?」
「はい」
「俺はナツキを幸せにしてやりたい。国が落ち着いたらお前の力を貸して欲しい。さっき御子からの手紙を読ませてもらった。そこにはナツキを幸せにして欲しい。そう書いてあった。ナツキは御子がいなくなって辛かったのに…それでも俺に笑いかけてくれた。悲しい顔をして笑いかけてくれた。だから俺は御子の思いを引き継いでナツキを幸せにする。必ず。必ずだ。」
リディアは俺の言葉を聞いて目を見張っていた。
彼女はナツキに対して罪悪感を抱いているのではないか?
国のために御子を生贄に捧げることで一番悲しんでいたのはナツキで間違いない。
だが、そんなのは誰のせいでもない。しいていえばアルスのせいだ。
それはお前が負うべき責任ではない。
「だからリディア。お前はもう御子について気を病む必要はない。御子の責任は全て俺が持つ。御子の思いも願いも全て俺が責任を持って全うする。それが俺のやりたいことで、やらなくてはいけないことだ。だからリディア・・・お前はもう少し楽になっていい。」
強張った顔のまま、リディアの目から涙が流れ落ちていた。
そんな涙を振り払うように彼女は首を横に振った。
彼女の潤んだ瞳は悲しみよりも怒りをはらんでいるように見えた。
「違うんです…。全て私のせいなんです。私にはそんな優しい言葉をかけてもらう資格なんてないんです!!私がもっと上手くやれていれば…ちゃんとしていれば誰も悲しむことなんてなかったんです。私が大臣の裏切りに気づいていれば、こんなことにはならなかった!!そして私は…私だけは大臣の裏切りに気づくことができた。祝福をうまく使っていればこんな結末にはならなかった!!私が…私があの時にしっかり祝福を使っていれば、御子だってナツキさんだって悲しむ必要がなかったかもしれない。国が傾かなければ救世主だって召喚されなかったかもしれない。その可能性を潰したのは私なんです。だからその罰を私は受けなければならないんです。他にも私のために死んでいった兵士だって全て…全て私の責任なんです。」
リディアは心の中に溜まっていたものを全部ぶちまけたようだった。
まるで神に懺悔するように…心の闇を吐き出していた。
自分は罰を受けないといけないか・・・。確かに、リディアの祝福なら大臣の裏切りに気づけたかもしれない。でも出来なかった。これは運命のようなものだと俺は思う。何回繰り返してもこの結果はかわらなかったんではないか?たとえ大臣の裏切りに気づいて対処していても他の要因が絡み今の状態になっているのではないか?と俺は思った。
これは魔術師アルスが仕組んだ救世主の呪いだ。御子が産まれたことすら必然に感じる。リディアが祝福を持って産まれたことすら仕組まれたことのように感じた。
敷かれたレールの上を走らされているようなそんな感覚が俺を襲った。
まあいい。たとえそうであっても、今さらだ。今からできることをしなければならない。俺たちは未来に向かっているんだから。
「リディア。お前は確かに大臣の裏切りに気づけたかも知れない。でも、出来なかった。なら、お前がしなければならないことはその贖罪だ。そのお前の罪、俺も一緒に背負ってやる。御子とナツキの件だってそうだ。俺が一緒に背負ってやる。俺はお前の部下ではない。救世主だ。お前と並び立てる唯一の存在だ。だから一緒に背負ってやる。一緒にこの国を立て直してやる。苦しければ苦しいと言えばいい。悲しければ泣けばいい。助けて欲しければ助けてと叫べばいい。俺がお前を助けてやる。だからもう一人で背負うな。自分一人を責めるな」
リディアは泣いていた。子供のように声をあげながら泣いていた。
今まで一人で心細かったんだろう。誰にも責められずその罪悪感から自分で自分を責め続けたんだろう。辛かっただろうに…。悲しかっただろうに…。でも誰も手を差し出せなかった。
俺はリディアの頭を抱きしめた。
優しく包み込んだ。
リディアは俺に縋りついた。
震えた小さな声でうわ言のように何度も繰り返した。
「ユウさん・・・助けて・・・助けてください。私を・・・助けてください。」
涙と鼻水で濡れた顔を俺の胸に押し当てた。
「ああ。助けてやる。一緒にこの国を立て直そう。これからは二人だ。お前はもう一人じゃない。」
リディアは何度も頷きながら泣いた。
俺はまた背負っちまったなと思いながら、彼女の頭を優しく撫でた。
彼女は泣き続けた。
今まで苦しんだ記憶を吐き出すように。泣き続けた。
これでリディアが少しでも楽になるのなら俺はいくらでも背負ってやろう。
俺はまた決意を固めた。
必ずこの国を救って見せる。
必ず。
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