第10話 召喚術という名のRTS

ナツキの部屋を出た俺たちは中庭に向かっていた。


 ナツキ曰く、エリスとアルテはお昼時まではそこにいることが多いらしい。


 3階から1階に階段を降りていると、またフォクシーさんとすれ違った。


 「あ、フォクシーさん。今大丈夫ですか?」


 「何でしょうか?」


 フォクシーさんは今から2階の執務室へいくのか何やら書類を胸に抱いていた。


 「立ち話で申し訳ないのですが少し教えて欲しいことがあります。」


 「はい」


 俺はフォクシーさんにできるだけ手短に先ほどの条件について話した。

 絶対服従の人形。

 上空からの視界を得る方法。

 リアルタイムで指示を送れるシステム。

 の3点である。


 「申し訳ございません。存じ上げません。

  私も諜報機関の出ですので、情報に関しては色々蓄えがあるとは思うのですが。

  お力になれず申し訳ございません。」


 「いや。こちらこそ呼び止めてすいませんでした。」


 フォクシーさんはダメだった。


 正直諜報機関出身だけあって期待していたのだが・・・知らないか。



 とりあえず中庭だ、フォクシーさんが知らないことをエリスが知っているとは思えないが、アルテはなんか知ってるかもしれない。あいつはダークホースっぽい雰囲気があるからな。




  そんなことを考えてると中庭についた。


 中庭にある大きな木の下でアルテが寝転がっていた。


 エリスはいないようだ。


 「あいつって毎日あんな感じなの?」


 「・・・そうね・・・大体いつもあそこで寝転がってるわね。」



 ナツキもなんか答え辛そうな感じだ。


 俺にはぼーっとだらけてるようにしか見えないな。割と緊急事態だと思うんだがな現状は。


 気を取り直してアルテに近づいてみる。


 アルテはなんというか小学生みたいな体躯をしている。


 だが、まとう雰囲気は明らかに小学生ではない。


 大人の雰囲気そんな気がする。



 今日も昨日と同じローブを身に着けて、木の下で目を閉じていた。


 規則正しい息遣いで胸が上下している。


 寝てる・・・のか?



 俺はそーっと起こさないようにアルテに近づき、肩をゆすって起こそうとしたその時。


 「うわっと、なんだよお前。起きてんのかよ」


 アルテは目を開けた。


 起きてたのだろうか、なんか武術の達人が敵の気配を察知して目を開くみたいな感じだった。


 怖え!!こいつやっぱりただの小学生女児ではない。



 アルテは寝ころんだまま俺を見つめていた。


 「なに?」


 「休憩しているとこすまないが、少し話を聞きたいんだ。いいか?」


 「そう」


 アルテはダルそうな緩慢とした動きで木の根まで移動し、木にもたれるように座った。


 にしても、こいつは口数すくねーな。必要最低限しかしゃべらねー。


 この、全身から漂う気怠さは絶対小学生のものじゃねーな。


 俺はそう思いながらアルテの正面に座った。


 ナツキは俺とアルテの間、俺に対して左側に陣取った。


 この木の周りは木の根にむかって少し斜面になっている。


 俺の体が小さいのもあるが、アルテの方が顔の位置が高い。



 「なに?」


 アルテが気怠そうに言った。


 これは聞きたい事を言えの意だろうか?


 もう少しコミュ力上げた方がいいと思うぞ俺は。


 本題にいきなり入っても良かったんだが焦らない焦らない。


 フォクシーさんと違いこいつは俺を信用してくれていない。そんな気がする。


 だから慎重に世間話でもしてまず緊張感をほぐそう。


 「アルテって何歳?」


 「・・・」


 「いってえ!!何すんだよ。」


 ナツキからチョップが飛んできた。


 こいつのチョップ結構いいところに入るから痛いんだよな。


 「女性にいきなり歳を聞くような子に育てたつもりはありません」


 「すみません。」


 「わかればよろしい」


 「・・・」


 育てられたつもりはありません。って答えそうになってそれを飲み込み、謝った。


 これ以上地雷を踏むのはよくない。


 アルテの顔色は変わらない。


 話をそもそも聞いてないくらいの反応の薄さだ。



 「お前毎日ここで寝てるんだって?ここそんなに居心地いいのか?」


 「寝てない」


 じゃあ目つぶって転がっていただけなのか?


 日陰だから気持いいからなのか?


 一応聞いてみる。


 「じゃあ何してたの?」



 「見回り」



 ?


 話がかみ合わないな。


 お前は中庭の見回りをしているのか?


 目閉じてたらそれすらできないと思うが?



 「ん?よくわからん。もう少し分かりやすく教えてくれ」



 アルテは何も言わずに目をつぶった。


 だめだこいつ。会話になんねー。


 ただ、目を瞑って座っている。


 これ、会話終わりの合図?


 なんか気に障ることいったかな?



 そんな事を考えてたら犬の遠吠えのようなものが聞こえた。



 俺は咄嗟にそっちを見る。


 砦の屋上に一匹のスコープウルフがいた。


 おかしい、こいつはケラル山脈に生息する種類のはずだ。


 こんなところにいる訳がない。


 ???


 スコープウルフは木と砦の壁を上手く使い中庭に降り立った。


 やばい。


 狙われてる。



 俺は咄嗟にナツキを庇い腕を広げた。


 ナツキだけはどうにかして助けないといけない。


 大丈夫だ、アルテも近くにいる。


 こいつは見た目は小さいが頼れる。そんな気がする。


 時間さえ稼げばアルテがなんとかしてくれる。


 なんとかして時間を稼がないと。


 そう思って俺は近くに落ちていた木の枝をひろう。


 救世主ユウ 装備品 木の枝 攻撃力+5だ。


 いやそんなこと考えてる暇はない。


 今にもスコープウルフが突進する勢いでこっちに突っ込んでくる。



 俺は武術の心得も何にもないのでとりあえずタイミングだけを合わせてスコープウルフの顔に木の枝を振り下ろす。


 プンという音だけ立てて空振りした。


 スコープウルフは俺の横をすり抜けた。


 やばいナツキが・・・


 そう思ったらナツキの横もすり抜けた。


 アルテか・・・アルテならなんとか・・・


 と思ったらアルテはまだ目を瞑っていた。


 やばい噛み殺される。


 そう思って俺は木の枝でもう一度襲い掛かろうとした。


 「大丈夫」


 アルテはそんな俺を声で停止させた。



 スコープウルフを見るとハァハァしていた。そしてめっちゃ尻尾を振っていた。


 おーい。


 少し混乱したが、大体の状況が把握できた。


 そうだった、こいつ・・・アルテは召喚術師だった。


 ということは恐らくこのスコープウルフはアルテが召喚したものだ。


 あの懐きぶりは間違いない。



 俺はいっきに気が抜けてへたり込んだ。


 「ったく、そんなん呼ぶんだったら一言声かけてくれよ。」


 「わかりやすくって言った。」


 そういったけどよ?現物見せる方がわかりやすいのは確かだが、こうなることは予想できただろ?


 ったくコミュ力上げようぜ。



 そんな事を思っていたら俺の視界が高くなった。


 ナツキに腹の前に両手を入れられ抱き上げられていた。


 「うおおおおお」 


 ナツキは俺の驚きを無視してアルテの方を向いて胡坐をかいてその上に俺を座らせた。


 そしてナツキは俺の後ろからギュッと抱きしめた。


 ナツキを見るとビックリする程、幸せそうな笑顔だった。


 「守ってくれてありがとう」


 ナツキはそう言って抱きしめる腕に力を入れた。


 その言葉は俺に対して言ったのか、俺の中にいる御子に対して言ったのかわからなかった。


 苦しい・・・けど心地いい。俺はもう少し享受したいので我慢することにした。




 「そこのスコープウルフはお前のしょうか・・・」


 そうだ。そうだった。


 おかしい。


 俺はこんな狼知らない。見たこともない。


 体長は2m-3mで肉食で獰猛。


 目が非常に良く視覚と嗅覚で一度見つけた相手は逃さない。


 群れで生息していることが多く。生息地はケラル山脈。


 このスコープウルフを見た瞬間にそんな情報が頭の中をよぎる・・・。


 他にも、アースクラッド。ゴブリン。一角。ルードラゴン。


 聞いたことのない単語と情報が頭のなかを駆け抜ける。


 まるで、魔物図鑑アプリを脳内にインストールしたみたいだ。




 ・・・


 これってもしかして・・・。



 「なあ、ナツキ?」


 「なーにー?」


 ナツキは相変わらず上機嫌だ。


 「御子様って魔物図鑑とか好きだった?」


 「え・・・。一緒に暗記した。全部・・・一冊丸ごと」


 そういうことだった。


 つまり俺のどこかには御子の記憶が残っている。


 これは事実だ。


 自我は無いのかもしれないが、記憶は残っている。


 この頭の中の魔物図鑑がその証拠だ。


 「俺、この魔物知らないけど知ってる。」


 ナツキに事実を教えた。


 少しでも楽になって欲しかった。


 ナツキの腕にさらに力がはいる。



 うおおおおおええええ 苦しい苦しい・・・絞め殺される・・・。


 俺は必死にナツキの腕をタップして解放を願う。


 ナツキはあ、ごめん。といって俺を開放してくれた。


 ナツキから解放された俺はナツキと反対側まで逃げる。


 ナツキがアルテの右側に座っていて、俺がアルテの左側に座った形だ。



 ナツキは俺が膝の上から逃げたことに不服そうだったが、殺されては元も子もない。


 あの温もりは今は諦めよう。





 ふむ。


 大体状況がわかってきた。


 アルテは毎日ここにいて、スコープウルフをつかって見回りをやっていた。


 その結果を受け取るためにここで待っていたということだろうか。


 これについてアルテに同意を求めた。


 「違う」


 どうやら違ったらしい。


 どう違うまで教えてくれないあたり、コミュ力の低さを感じる。


 「すまない。どう違うのか教えてくれ」


 「私も一緒」


 ん?よくわからん。


 お前ここで毎日寝転がってるんじゃないのか?


 「わかりやすく教えてくれ。」


 「わかった」


 アルテはダルそうに左手でスコープウルフを撫でながらナツキに言った。


 「ナツキ」


 「なに?」


 「立って」


 ナツキは言われたままに立ち上がった。


 「後ろを向いて」


 そして後ろを向いた。


 「キャッ」 


 その瞬間スコープウルフがナツキに襲い掛かっていた。


 違うな。ナツキのスカートの中にスコープウルフが顔を突っ込んでいた。


 そして、飛びのくナツキ。


 元の位置に戻るスコープウルフ。


 そしてアルテの口から出る言葉。


 「黄色」


 ナツキの顔が真っ赤に染まる。


 俺はだいたいわかっていたが敢えて聞いた。


 「なにが?」


 「パンツ」


 ボシュッと俺の頭にナツキの手刀が振り下ろされていた。


 なんでおれ???


 ってか痛ってえええ。加減しろよ、この体6歳児なんだぞ!!気絶するぞ!!


 俺は涙目になりながら、頭をさすった。



 ナツキはさっきの笑顔はどこにいったのやら頬っぺたを膨らまして元の位置に座った。



 「つまりお前は召喚したものと視覚が共有できるわけか」


 「そう」


 アルテは肯定した。


 「つまりお前はここで目を閉じてそのスコープウルフと視覚共有して一緒に見回りしていたと?」


 「そう」


 なるほどそういうことか。


 ってかよお。お前これ口で説明してくれれば一瞬で済む話だったんじゃないの?


 そうしてくれれば俺の頭守られてたんじゃないの??


 頼むよまったく。



 そこでふと思い当たる。


 頭のなかで魔物図鑑を漁る。



 『バルーンバット』


 体長50cm程の魔物で風船のような形をしていることからこの名前が付けられた。


 上空を漂っていて生息地は不明。


 目が良く夜目も効く。


 基本無害である。鳥類の餌になることもしばしば。




 便利だな魔物図鑑アプリ。


 御子に感謝しないとな。


 安心しろナツキは幸せにしてやるさ。




 「なあアルテ、お前バルーンバット召喚できる?」


 「できる」



 条件の一つはクリアした。


 これがあれば上空からの視界は確保できる。


 待てよ・・・。


 「お前の召喚する魔物って・・・お前の命令は絶対聞く?」


 「召喚主の命令は絶対」


 これって・・・


 俺の命令に絶対服従の人形の代わりにはならないだろうか・・・


 そして


 「命令ってどこにいても伝えられるの?」


 「契約したままだったら」


 リアルタイムに指示を送れるシステム。


 解決した。


 全て解決した。



 最後に・・・


 「召喚術ってもしかしていっぱい召喚できる?」


 「腕による」


 「ちなみに・・・アルテさん・・はスコープウルフ何匹呼べるの?」


 「200」


 完成した。


 それはこの世界で疑似RTSが完成した瞬間だった。


 上空に魔物を配置してその魔物の視界を得る。


 魔物を召喚してリアルタイムで操る。


 これなら俺のRTSの技術を使える。




 となると・・・


 「アルテ様。お願いがございます」


 「なに?」


 ナツキとアルテは俺の事を変な目で見ていたが気にしない。


 俺は正座して地面に頭をこすりつけて、土下座した。


 「アルテ様。弟子にしてください」


 ・・・。


 ・・・。


 あれ?返事がない・・・。ダメ?ダメだったら詰むんだけど?


 「リディアが許可したら・・・いい」 


 少しの沈黙のあと、アルテが言った。いやアルテ様がおっしゃられた。


 いける。リディアは俺に協力してくれる。


 間違いなく許可してくれる。


 これで問題クリアだ。




 これで救世主としての力を使えるようになる。そう思ったのだった。

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