第6話 早朝の襲撃者

枕が硬い。


 でも、ベッドはふかふかで気持ちいい。


 昨日どうやって寝たんだっけか・・・。


 まあいいか。


 もう少し寝たい。


 なんかすごく幸せな夢を見た気がする。


 続きが見たい。


 ふんわりと甘い香りに包まれながらそう思った。


 俺はいつの間にか抱き枕に抱き着いて寝ていたみたいだ。


 この抱き枕すごい肌触りがいい。


 左手は抱き枕の下敷きになっていて、なんか肘裏のあたりがあったかくて柔らかくて気持ちいい。


 右手でさらにギュッと抱きしめてみる。


 右手には高そうな布の感覚と顔には低反発枕のような柔らかい反発力。


 そして、ほんのりと暖かい。


 抱き枕ってすげぇな・・・。俺こんなの持ってたっけなー?


 ああ、そうか俺異世界にきたんだった。


 異世界の抱き枕すげぇ・・・。これは日本で商品化したら絶対売れる。


 右手で布の感触を味わいながらもう一度睡眠に入ろうと思ったら、右手になんか不思議な感覚が伝わった。


 なんかこんもりと膨れてる部分がある。


 なんだこれ?


 とりあえずその部分に右手を当ててみる。



 手に伝わる肌触りが変わった。


 なんだろう、ツルツルしてる・・・違うなスベスベしてる。


 さっきまでの布の感じではなく細かい繊維の感触。そしてなんだろう・・・この絡みついてくるような

まったりとした感触。


 プルっとしているのにふんわり・・・感触が良かったので力をいれて掴んでみた。



 「んっ」





 ぎょっとした。


 凄いエロスティックな吐息のような、鼻から抜けるようなそんな甘い音が鼓膜にへばりつく。


 閉じていた目を開けた。


 そして、ゆっくりその音の方向を見た。


 目が合った。


 俺は完全に硬直していた。


 状況を理解しようとする脳と目の前のものをそのまま伝える視神経がブレイクダンス対決をしていた。


 パニック!!大パニック!!


 えっ。とか、あっ。とかそんな言葉にならないものが口からこぼれた。


 見つめ合ったまま時間が流れた。


 ・・・。


 ・・・。


 どれくらい時間がたっただろうか・・・。


 俺の目の前に横たわる抱き枕がもぞもぞと動き、俺の左頬をツネった。


 「エッチ」


 目の前の女は俺を見ながら優しく微笑んでいた。


 脳が沸騰した。


 脳が状況の理解を放棄してフリーズしていた。






 脳が再起動したら俺はベッドの端に座っていた。


 ――――なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだ


 意味不明。ってか誰よ。なんで俺の横で寝てんの?俺救世主様だよ?夜這い?逆夜這い?俺やっちゃった?童貞すてちゃった?とうとう登った?大人の階段登った?



 頭の中ではダンス大会が継続中だった。




 俺のそんな混乱を無視して女が近づいてきた。


 女はポケットから白いハンカチを取り出してそっと俺の鼻にあてた。


 ?



 !?



 俺は鼻血を出していた。


 しかも両鼻から・・・。





 女は俺がハンカチを受け取るのを見てから頭に手をやり、よしよしと優しく撫でてからベッドを降りてカーテンを開けにいった。


 俺は呆然としながらそれを見ながらベッドの縁に座りなおした。


 女はメイド服を着ていた。


 黒い髪はポニーテールにしていて白いうなじがチラチラしていた。


 身長はそんなに高くないように見えた。


 そんな事を考えていると、彼女は俺の目の前にある椅子に前かがみに座った。


 近い。いちいち近い。でも不思議と嫌じゃない・・・。


 ってかなんでこんな笑顔なんだ。


 心地いい・・・。


 何故かそんなことを思ってしまった。


 顔に血が昇ってる気がする、なんだこれ、なにこれ・・・恋!?


 いやいやいや。ないから。いきなり夜這いするような女ですよ?ビッチですよ?


 でも顔を直視できなくて、顔を反らしてしまった。


 「少しは覚えてくれてるのかな・・・」


 彼女はそういって俺の顔を両手ではさんで、無理やり顔を正面に向けさせた。


 そこにはもうさっきの笑顔はそこにはなかった。


 眉をへの字にまげ、今にも泣きだしそうなそんな笑顔だった。


 「それってどういう・・・」


 「ないしょよ」


 彼女はさっきの表情が嘘だったかのように二ヤっと笑い、手を俺から放して椅子に背中を預けた。


 「ナツキ・ユグレよ」


 「お、おう」


 名前に違和感を覚えた。なんだ、こ


 っ!!


 ナツキにチョップされていた。


 「こらっ。名前を名乗られたら名乗り返すのが礼儀でしょうが!!」


 「す、すまん。ユウだ。よろしく」


 「よろしい」


 ナツキは満足気に頷いた。


 なんとも表情豊かな奴だ。


 「ユウだけ?家名はないの?」


 「ああ、ユウだけだ」


 「そうなんだあ。まあいいわ。私、ユウの世話係に任命されたから

  これからよろしくね。」


 そういって、ナツキは俺の頭を撫でた。


 なんだこいつ。俺の事、救世主って知ってんだよな?


 知った上でこの対応なのか?


 「あのー、俺一応17歳なんだけど・・・?」


 「だからなに?私19歳だけど?」


 もっと下だと思った。


 いやいや年の問題か?初対面だろ?


 「子ども扱いしすぎじゃない?」


 「精神は大人でも体は子供なんでしょ?じゃあ子供なんだよユウは。それに、一人でこの世界にやってきて寂しいでしょ?大丈夫。この世界ではどこにいっても私が味方になってあげるから」


 そういって、鼻を抑えたままの俺をギュッと抱きしめた。


 なんという、独自理論と行動力なのか。


 こいつの行動は予想できんな。でも、不快ではない。


 この守られてる感じ。心地いい。


 ってか手に胸が当たってるから!!


 柔らかい感触が手の甲にっ!!


 ん?


 凄まじい違和感。


 頭は凄い興奮状態なのに、下半身は無反応だった。


 なんともまあ不思議な感覚だった。脳だけ浮いてるというかなんというか。


 あ、鼻血が・・・。僕ってこんなにピュアだったのね・・・。


 俺は左手でナツキの背中を叩き、鼻血がつかないように彼女から離れようとした。


 ナツキはすっと俺を開放してくれた。


 「大丈夫?苦しかった?」


 「いや、大丈夫心地よかった」


 「ユウのエッチ」


 そういって、ナツキはまた俺の頭にチョップした。


 「あーもうなんか気張って損した気分だわ。救世主様なんて大層な肩書してるけどまだまだ子供じゃない」


 どこに気張ってる要素があったのか説明して欲しいところなんだが・・・?


 「俺としてもそういう態度をとってくれる方が助かる。

  この国の連中はえらくお堅い対応で疲れる」


 「そー?」


 ナツキはそういって満足そうに笑顔をつくった。


 「あっ。鼻血止まった?」


 「あー。・・・。大丈夫止まってるっぽい」


 ナツキはそれを聞くと、ハンカチを俺から奪い取って汚れてないところで俺の鼻を綺麗に拭ってくれた。


 俺はなぜか受け入れないといけない気分になって、黙って彼女にされるがままになった。


 彼女は俺の鼻を拭い終わると笑顔で言った。


 「お腹すいたでしょ?もうご飯できてると思うから食堂いくわよ」


 「お、おう」


 ナツキは部屋の入口に向かっていった。


 ナツキと一緒にいるとペース崩されるなあ。


 でも、飯くえねぇのは勘弁だな。


 そう思い俺もナツキを追いかけた。


 ナツキは入口のドアを片手で開けて、もう片方の手で早く早くとやっていた。


 俺は彼女に向かってトテトテと走り寄った。

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