リアスアーク美術館午後の部

キッチンスペース夢の舎。海の見える席。すべてが巨大な昼ごはん。

 いつまでも話をしたいとさえ思ってしまえた。


 こんなのわたしっぽくないと感じつつも、わたしっぽさなんて持ち合わせていないだろうと内心ツッコミを入れる。どんな話も面白いと思って、すべてをわたしのモノにしたいなんて独占欲が湧き立っていた。


 ただちょっと興奮しすぎてしまった。疲れも空腹も訪れる。

 学芸員の方も午後から用事があるみたいで、企画展を出ていってしまった。気付いたら正午過ぎになっていた。何時間話をしてたんだろう。


 満足には程遠いけど、ここへ来た理由はヴェネツィアを見るためではない。あれは偶然の産物にすぎなくて、本命はこのレストランにある。


 リアスアーク美術館の二階。キッチンスペース〈夢の舎〉、地場産品を用いた創作レストランだ。金港館での出会いと感動を忘れたわけじゃない。


 重たい鉄の扉を開くと、一面に広がるガラス張りの展望があった。緑に覆われた山々、視線を右に移すと気仙沼湾と、湾岸に建造途中のマンションらしきものも窺える。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

 女性の給仕がにこやかに案内してくれた。


 一人でレストランなんて、初めてだ。

 今更気付いて、どこに座ろうか思案する。隅の暗がりに二人掛けの席があったので、そこに座った。


「向こうのほうが景色がいいですよ」

 お冷とメニューを持った給仕に、そんな指摘を受けてしまった。


「いいんですか?」

 海がよく見える席は、どこも四人掛けだけど。


「せっかくなんだから、よく見えるほうがいいでしょ」

 案内されるがまま席を移動した。


 ああ、これがアットホームな店というんだろう。店員の距離の近さを覚えながら、メニューを見る。気仙沼ランチ、イカ肝カレー、舞茸とメカジキのパスタ……。どれも気になる。


 こんなとき、三ツ葉だったらどうしてただろうか。

「あの……すみません」

「お決まりですか?」

「いえその、オススメってありますか?」

「オススメですかあ? うーんそうだなあ」


 給仕は嬉しいような困ったような笑みを浮かべ、顔を寄せた。

「私舞茸好きだからパスタがオススメだけど、どちらから?」

「あ、えっと……神奈川から!」

「あらあ、わざわざこんな田舎まで! そしたら気仙沼ランチ、いいよ。メヌケ食べたことないっしょ」


 八八〇円。ランチには海鮮汁がある。白味噌仕立ての汁をベースに、ホタテと白身魚メヌケが入っているとメニューにはある。


「食べたことないです」

「ああっ、食べ終えるまで検索しちゃダメよ。おいしいんだけど、見た目がアレだから」

「はあ……」


 頼むことにした。


 深呼吸をして、外を眺める。大学の講義を二コマ分終えたあとみたいなめまいがして、目がチカチカする。

 市街地が近くに見えるけど、たしか自転車で三、四十分は走ってたと思う。

 海を挟んで向こう岸に緑色のクレーンが見えた。なにに使うんだろう。


 頭をからっぽにしていたら気仙沼ランチがやってきた。ランチョンマットの中央に置かれたのは、ラーメン丼よりも大きな器だった。これがメインの海鮮汁らしい。


 大きい。口から洩れるほど、いろいろ大きかった。二郎系ラーメンみたいに盛られてるわけじゃない。具材は薬味を除けばホタテとメヌケ、それだけなんだけど、大きい。


 白身のたっぷり付いたメヌケが白味噌汁の水面から突き出ている。赤い皮とのコントラストがまた引き締まって見えた。


 そして、ホタテは貝殻ごと器に収まっていた。手のひらサイズの二枚貝に、拳くらいの大きさの身がうやうやしく座っていた。

 ホタテと言えばスシローで回るあのサイズを想像してた。こんなスシロー四貫サイズ、初めて見たよ。

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