神託と心得る。妥協案、それは妙案。無人の客間から音。

「三ツ葉、〈夢の舎〉って知ってる?」

「お手元に書いてあったね。初耳だよ」


 三ツ葉も知らない弁当屋。どうしようもなく調べたくなってスマートホンを取り出した。旅先のことを調べるのはこれが初めてだった。三ツ葉は常にこういう衝動に突き動かされているのかと思うと、嬉しさが込み上げてくる。


「〈リアスアーク美術館〉ってところにある、創作レストランみたい」

「ああ、なんか山の上にあるらしいね」


 山の上の方舟アーク、津波……。


 まるで津波が来ることを予言したものであるような気がした。また同時に、行かなくちゃいけない使命……いや、気仙沼に訪れたら来館するのが当たり前であるような、いつの間にか内に宿った習慣のようなものを感じた。

 おおごとに言っちゃえば、神託だね。


「明日、行ってみようよ、リアスアーク美術館」

「時間が許す限り、気になったところを余すとこなく行きたいさ。でもその美術館かなり距離あるでしょ」

 三ツ葉はあまり積極的でなかった。


 往復で三時間弱かかるみたいだ。志津川駅からホテル観洋までの道のりを想像する。しかも日の高いうちに歩くわけだから、熱中症の危険もある。新装備の帽子を手に入れはしたけど、インドアで鍛えぬいたわたしの貧弱な身体が耐えられるかどうか。


「昨日BRTのおじさまが薦めてたシャークミュージアム、私はそっちに行こうと思ってるよ。気仙沼漁港に隣接してて徒歩十五分くらい。漁港も見られるしサメも見られるし海鮮丼も食べられる。なにより港だね。気仙沼の要、心臓といってもいいだろう。気仙沼は、どのまちよりも海に近いと、そう思うんだ」


「うーん」

 いつもなら三ツ葉の案に折れるんだけど今夜は違った。サメは魚の中でも可愛くて好きだし、漁港の海鮮丼っておいしいってイメージがある。


 でも、それがリアスアークを断る理由にはなれなかった。なにがあるのかもわからないけど、どうしても第六感に従っていたい気分だった。


「バスかなにか使って、明後日行くとかは……?」

「行程上厳しいかも。金港館、明後日は満室みたいだから延期ができないし。気仙沼出たら、次は陸前高田と大船渡を経由して釜石って予定だから、組み込むのも厳しいと思う」

「そっかあ……」


 脇の道路を車が過ぎていく。地面が濡れているらしく、水しぶきの音がしていた。


「なら、明日は別行動にしてみよっか」


「別行動?」

「そう。私はシャークミュージアムへ、依利江はリアス・アーク美術館。夕方まで自由行動にしてさ。夕食は近くにある復興屋台村があるから、そこでお酒でも飲みながら報告会しようよ」


 三ツ葉と別々に旅をする。そんな選択肢浮かびもしなかった。


 それもそうか。わたしが出かけるときはいつも三ツ葉と一緒だった。一人で知らないまちを歩くなんてしたことがない。三ツ葉はひとり旅し慣れてるから、当たり前の発想だったのかもしれないけど。


「それ、いいかも」

 三ツ葉をもっと知りたい。今回の旅の動機だ。知るためには一緒にいる必要もあるけど、逆にちょっと距離をとって違うものに触れるのも、なにかの糧になるかもしれない。


 それに、自分のことを考えるきっかけにもなるだろう。初めての挑戦だけど、やって損はない。



 食休みを挟み、お風呂に入る。わたしが先に入ることになった。


「どんな風呂なのかチェックしてね」

 例のメモ帳を書く三ツ葉が言った。


 風呂レビューだったら三ツ葉より魅力的なものが書ける気がする。バスセットと浴衣を抱えて浴室へ向かう。


 外は大風だった。ガタガタ薄暗い廊下の曇り窓を叩く。窓を見つめながら、明日の天気を思う。晴れてくれたらいいんだけど。


 ぱつ。


 聞き覚えのない音がした。

 窓とは反対側の方向、無人の客間からだった。


 ぱつ。


 わたしたちの部屋と似たような間取りだけど、畳の上に不似合いな金バケツが置いてあった。

 その天井と周囲のイグサが黒ずんでいる。


 ぱつ。


 音は、バケツのなかから響いていた。

「お客様は桐の間ですから……ああ、大丈夫ですね」

 女将の独り言を思い出した。


 ああ、そういうことか。

 なんだかとんでもない場所へやって来てしまったような気がする。


 金港館に二泊するあいだ、一体どんなことが起こるんだろう。

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