気仙沼市篇

金港館、一泊目

19年連続1位。三ツ葉を分析。唐突に訪れるいつもの感情。

2日目 23日(火)気仙沼市1日目



 被災地に到着して、今日で二日目。


 こうして三ツ葉のバックパックを見つめながら歩き続けてみると、今まで見えなかった姿に気付くようになる。


「気仙沼市といえばなんといっても水産業だね。特に気仙沼漁港は特筆すべき港だよ。養殖、沿岸、沖合、遠洋と、幅広い漁の拠点として機能している。復旧も最優先で行われて、震災から三ヶ月後の六月二三日には魚市場が再開、五日後にはカツオの水揚げが行われてる。カツオの水揚げ量は、昨年の時点で19年連続1位っていうから、もはやまちの誇りだよね。今年はどうなんだろう」


 ひとつは、たくさんしゃべるってことだ。蛇口をひねるくらい簡単に、わたしの知らない知識がドバドバ溢れてくる。


 大学構内で会うときも、三ツ葉は講義内容についてあれこれ自論を展開させてた。

 けど、三ツ葉はどちらかといえば寡黙なタイプで、会話のリード役はわたしだった。旅をして、学術的なものから電車のことまで豊富な引き出しを持ってることがわかった。


 しかも物怖じしない。初対面の相手でも臆せず話す。カフェの店員でも、同じバスに乗る初老の男性でも。

 どんな人相手にも、自分の知識を武器にしてたくさんしゃべる。それが三ツ葉の知られざる顔、ひとつめだ。


「その漁港、どこにあるのかな?」

「さっきグーグルで調べてみたら、そこの突き当りを左に曲がって、道なりに適当に行くと着くみたい。ちょっと歩くみたいだけど」

「適当? ちょっと?」

「なんか変なこと言った?」

「いや……」


 知られざる顔、二つ目はこの感覚だ。


 岳ノ台三ツ葉という人間はもっと細かいところを理詰めしていくタイプだと思っていた。三ツ葉の文章とかものの考え方はまさしく理詰めタイプなんだけど、行動は結構いい加減なところがある。

 それと、歩きを伴う「ちょっと」の感覚が一般と異なっている。だからこそ志津川駅からホテル観洋まで、荷を担いだまま六十分踏破するという苦行を思いつくんだ。


「今日の宿泊地、どこだったっけ」

 気仙沼に着いてから、このことばかり気になっている。


 駅前の気仙街道を歩いていて、旅館が多くあるのに気付く。駅前にあった七階建てのホテルに始まり、寶屋たからや旅館、旅館まるよし、松屋旅館、かどや旅館……目についたのでこれだけある。

 これだけあるのに、三ツ葉はことごとくムシしてずんずん進んでいく。


 もしかしてまた六十分コースだろうか。そんな不安が脳裏をよぎりまくる。


「金港館ってとこだよ。海が見えるところがいいかなって思って」


 海。

 セブンイレブンのある交差点を左折するけど、海らしい景色はどこにもない。白い建物の並ぶ商店街が続いている。

 不安を籠めたため息を洩らすと、湿気をはらんだ風が肩を叩いて追い抜いてゆく。


「ひと雨来るかも。志津川はあんな晴れてたのに」


 三ツ葉は空を仰ぎ見て言った。わたしたちの背後に分厚そうで真黒い雲が流れていた。


「宿さ、着けるよね? さすがに二日目で濡れたくはないんだけど」

「雨具あるでしょ」

「あるよ、バッグのいっちばん底に。けどさ、身体は濡れなくても心はびしょ濡れになるの」

「あー、よくわかんない」


 三ツ葉の賛同は得られなかったけど、こういう気持ちはみんな持ってるだろうと思う。


 たとえば都内のイベントに行こうと思って電車に乗ったら遅延して、やっとこさ最寄りの駅に着いたら雨が降ってきたのを想像してほしい。泣きっ面に蜂というべきか、うんざりしたあとで追い打ちというべきか。

 とにかく歩き通しでさらに雨に打たれでもしたら、心まで大雨になってしまう。


 早足で街道を過ぎる。この道は東浜街道、国道四五号の旧道にあたる。気仙沼市街を走る新四五号はバイパス化していて、山元を通っている。

 大きな郵便局と市役所を過ぎると街道は丘に突き当り、右手側に折れている。


 その先にあるはずのまちは消えていた。


 唐突に訪れる喪失感、きっとこれからも慣れることはないんだろう。波は丘以降のまちをさらってしまったのだ。

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