再生ボタンを押す。集団下校。トンネル開通がてらの続き。

「いや、そういうつもりで言ったんじゃないけど……」

「私の記憶は私のものだよ。封じ込めるものも呼び起こすものもないよ。トラウマもないし、隠しごともしてない」

「うう」

「誤解はあらかじめ解いておこう。そういうわけで、先に依利江の話、聞かせてよ。震災のとき」


 それを聞いてわたしは胸を撫でおろした。口調は強かったけど、別に怒っているようではなかった。

 教授にも自論を展開する三ツ葉だ。反論すると強く言ってしまうのはよく知っていた。


「そんな大したことはしてないけど……あの日はたしか、先輩たちの卒業式だったんだよ。中二だったから、在学生代表として式に出て、昼過ぎには家にいたよ。そんでパソコンいじってた。当時マイパソコンなかったから、リビングの家族用パソコンを使っててさ。親は二人とも仕事でいなくって。ニコニコで動画漁ってて、ロード待ってたと思う。そしたらコトコト、ズガンと」


 揺れたときどういうわけか「またか」と思った。いつになく地震に慣れていたような気がする。揺れて数秒までは、軽い地震かと思った。初期微動のあとの主要動もそんな強いものじゃないと思っていた。そしたらあのドデカさだ。平静を取り繕おうと動画の再生ボタンを押す。動画が流れ出す。揺れは収まることなく、むしろ激しさが増していた。


 あの日の揺れはとにかく長かった。一向に収まらない揺れに恐怖が込み上げてきて、本能のままテーブルに隠れた。学校の防災訓練じゃ気恥ずかしくてやってなかったけど、あのときのわたしの顔はいたって真面目だった。パソコンが倒れて壊れたらどうしようって思った。親に叱られるんじゃ。


 揺れが収まるまで、震源がどこか考えていた。理科の授業で、初期微動と主要動の時間差があればあるほど震源が遠いことは知っていた。あの日はかなりの差があった。だからなんともいやな予感が胸のなかで揺らめいていた。

 震源は遠い。けど……。


「三ツ葉はなにしてたの?」

「卒業式の予行演習中だったよ。震度三だった。そんなに揺れたわけじゃなかったけど、そのあと下校させられたな。集団下校なんて初めてだったよ」

「集団下校とか懐かしいね。本当にやる日が来るなんて、考えたことなかった」


 ここでかき氷がやってきた。どんぶりみたいに大きいガラスの器にふわふわなかき氷が満載だった。小顔な三ツ葉の頭一つ分あるかもしれない。頂から赤・青・緑・黄・桃五色の筋が放射状にかけられている。


「おいしそうだね」

「依利江、お先どうぞ」

「うい、いただきます」


 スプーンでてっぺんをすくった。氷がやさしく口のなかを冷やしていく。しっかりした甘味が溶けていく。


「おいしい! 舌が五色になりそう」

「んなわけあるか」


 笑いながら三ツ葉も食べる。気持ちいいつめたさに目をつむった。


「やわらかいね。こうやわらかいと頭が痛くならないらしい」

「最高だね」


 しばらく氷山を削る作業に勤しむ。二人でふもとの氷を掘り出してトンネルづくりをして遊んだ。ゴレンジャー山の地下にはミルクの水脈があって、ミルクに浸かった氷を食べるのもまた味が変わっておいしい。

 トンネルが開通した辺りで三ツ葉がスプーンを置いた。


「そのあとがね、大変だったんだ」

「そのあと?」


「あの日の話。知らない? 栄村大震災」

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