第2話 刺激

「ふぅ...さすがに疲れたな...」

少女はその辺りの切り株に腰を下ろす。切り株は固く冷たい、だが気休め程度にはなった。辺りには夜の帳が下りていて、もう周りがほとんど見えない。それ以上に深刻なことがあった。腹が減った、お腹の辺りをきゅうきゅうと締め付けられるような痛みが襲う。それに少し眠い、夜の闇はさらに深くなっていく。少女の瞼が墜ちていく...少女の視界senseは闇に堕ちた。

グルルルルルルル....

獣の唸り声のようなものが聞こえて少女は少し瞼を開ける。こんな暗い中何が来たのだろうか。向こう側、約459m程向こうに狼のようなものが居る。視界は暗く、見えるのは五頭ほどの白い獣。それも、ゆっくりとこちらを煽るかのように近づいてくる。正確には狼かどうか分からない。ただ狼や犬の特有の低く呻る声が聞こえてくるだけだ。ここに居てはまずい...逃げよう。少女はとっさに感じた。声からしてこちらを攻撃してくるだろう、あるいは縄張りのようなものに侵入されて怒っているのだろうか。どちらにせよこの場に留まるのは得策ではない。少女はそっと切り株から降りる。そしてしゃがんで極力息を殺しながら後ろに行く。幸いにも狼が居るのは今まで自分が進んできた道からだった。先に進めば身を隠すところくらいあるだろう。少女は予想して宵闇が溢れる森を進んでいった。


少女は息を殺して歩き続けていた。だが木が続くのみで中々隠れられそうなところが見えてこない。その木も全てが同じ姿のようで同じ場所をずっとぐるぐる回っているかのような錯覚dazzlementを覚える。それでも何も言わず前に進む。後ろから来ている気がする。狼が迫っているかどうかを知るために少女は振り返ってみた。何も居ない、良かった――――――――――

「P?you ihub hu. and? fersc in affect?」

「おおいえおあいおいおおいうおお?」

「ううええおおっおおいあうえお」

何か声が聞こえる。一つは女の人の声、残りの二つは男性の声。言っていることが母音のみ、もう一つに至っては訳の分からない英語を喋っているのでさらに不快だ。怖くなって周りを見渡す。だが、周りには暗闇しかない。狼も居ないし、他の生物も見えない。なんだろう怖い、少女は耳を抑える。声を完全に遮断することは出来ないが、少しましになった。

「逃げられるとでも思っているのか?小娘」

低い声が聞こえる、後ろを向く、白い狼が一頭立っていた。口からはギラギラと牙が覗き、涎が滴り落ちている。毛は白く気高い。普通の人間が見たらかっこいいと思うだろう。だが、私は違う。殺される、怖い。私の肩がカタカタ震える、私はそれを手で抑える。手も震えていた。狼がこちらに来る。ゆっくりと...背を向けないように後ずさりする。だが2,3歩の地点でこけてしまう。足ががくがくと震えて使い物にならなくなっていた。狼が近づいてくる。低い唸り声を上げながら。

「I am Left.」

妙に綺麗な発音で狼は告げ、消えていった。後には呆然とする少女が残された。


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