硝子の扉

稲葉真綺

第1話 Glass

甘い甘い匂いに誘われて這っていく。周りの状況を確かめようにも意地悪な闇が光を食べてしまい周りは暗闇。おまけに壁や地面が蠢く。地面が絶えず躍動するせいで自分が正しい道を通っているのか不安になってくる。色も黒しか確認できない、見えたところで相当グロテスクな絵面なのだろう。それでも信じて進むしかない。たとえ這った先に”希望”が無くても、その希望が糸のように細く儚いものだとしてもひとまずこの”絶望”から逃げたい。怖い寒い、恐怖Fearが纏わりつく。あなたはそれらから眼を背けるように急ぐ。でも這う速さは変わらない。腕や足に力を込めても、込めなくても。焦るでしょうね、怖いでしょうね、無知とは恐怖。泉のごとく恐怖が沸く。泉は無限の創造。後ろから何か来ているかもしれない、一度狂った歯車は戻らない。しかし戻ることは不可能ではない、ただ”無知”。これだけが歯車Feelingsを正常に戻すことを不可能にしている。そのうち桃源郷にたどり着いた。だがそれを桃源郷と呼んでいいのか分からない。蠢く恐怖の洞窟が終わっただけ。周りには花もなくただただ白い。花も家も無くただ白。それでもあの恐怖から逃れられたのだ、それだけでここは桃源郷と言える。本当に白以外何もない。光が身体を照らした―――――――――――

無知は絶対悪、たとえ知っているとしてもそれが完全でなければそれは悪に成り得る。

貴方は自らを受け入れますか?



「ん...う...?」

少女は草原の中で目覚めた。空には雲一つ無い快晴。周りの草花が風に当たって揺れていて、花畑には色とりどりの花が咲いている。日光を浴びて嬉しそうに揺れているように見える。そして体を起こす。恐怖がまだ少し残っていて立てなかった。眼もまだ眠気が残っていて眼があまり開かない。さっき見えた風景も三日月のような細い視界から少し見えただけ、やっと目が開いた。周りの風景を落ち着いて見る前に心地よい日差しが上から降り注ぐ。視線がそれによってまた遮られる。眩しい、視線を下に戻す。すぐに目が慣れた。日光が身体を照らす。服が暖か...ん?ここ何処?少女は気付いた。今自分のいる場所、おかれている状況が分からない。確か私は......


あれ?思い出せない


自分の家族の記憶、友達の記憶、思い出が抜け落ちている。

必死に思い出そうとする。でも思い出せない。記憶が抜け落ちている。唯一残っている記憶は暗闇の中を這っているときの記憶だけだ。自分の名前の記憶もない。

「あれ?おかしいな」

口に出して両手で顔を覆い記憶の海に潜る。でも分からない。混乱しているだけかもしれない、大きく深呼吸してみる。そしてまたきおくに潜る。そこで分かった。いや分かってしまった、嫌でも理解させられた。記憶そのものが闇を抜けたときから始まっている。それまでにあった、いやそれまでにあったと思われる自分の人生ストーリー軌跡チェックポイントがない。記憶を探っても何もない。今覚えているのは暗闇から抜けたことと今の環境に対するこの疑問だけだ。今になってようやく立つという意思が出てくる。そして立ち上がる。それもゆっくりと。そして伸びをする。何とか眠気を無くすことができた。

「この服...」

おかしな服を着ていることに気付いた。でも前にどんな服を着ていたのかも分からないから気にしないことにした。落ち着いたところで周りを見回してみる。後ろは崖になっているが、前には森林が広がっている。とくに考えはないが崖から落ちるという考えは絶対無い。と、なるともともと少ない行動の選択肢がさらに少なくなる。暗闇に戻ろうにもどういう訳か洞窟が無くなっている。それも、跡形もなく。崖から飛び降りる気ももちろん無い。消去法で森林に向かうことにした。太陽は少し傾いて周りの影を傾けていた。

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