第28話 直接対決
イノベーション
初日の開館直後だというのに、多くの来場者が首から入館証を下げ、入り口のゲートをくぐる。今日から三日間、コーヒーショップライフテクノロジーズ全員でこのイベントに参加する。
このイノベーションGALAは、文部科学省と経済産業省が合同で主催する先端技術に関する国内最大の大学・ベンチャー企業見本市で、俺達のような『ライフサイエンス分野』だけでなく、もっと医療の現場に近い機器や技術を展示している『医療分野』、ICT技術などの『情報通信分野』、それに『マテリアル分野』、『エネルギー分野』、『ナノテクノロジー分野』の6つ分野に関連する大学や企業展示ブースが並んでいる。それぞれの分野は会場内でエリアに分かれていて、俺達は『ライフサイエンス分野』のエリアにブースを出展していて、同じエリア内の入り口付近にD社と竹ノ内研究室のブースが出展している。
さすがは大手企業と言うべきか、D社のブースは通常の二倍の広さで――二コマ分の出展料を支払って――展示品から資料、そしてデモンストレーション用の実機として置いてある非侵襲細胞活性測定装置に至るまで、洗練されたデザインの美しさが光る。天井からはD社の社名とロゴの入ったアドバルーンが垂れ下がっていて、ブースのなかや通路には黒地に赤でD社のロゴが入った上着を着たイベントコンパニオンが何人も居て、アンケートやパンフレットを配っている。
『ライフサイエンス分野』エリアに入場した来場者は、ほとんどすべてが一旦D社のブースに吸い込まれ、そこから別のブースに移る――という流れが開場から40分で早くも出来上がっていた。
対して、コーヒーショップライフテクノロジーズは、今のところ来場者はゼロ。
比べるものではないことは分かっているのだが、どうしても自分たちの劣勢を勝手に意識して焦っていた。
二十八、 直接対決
それでも午後3時くらいになると、ぽつぽつと俺達のブースにも人が立ち寄るようになる。しかし、ほとんどの来場者は「ああ、D社と同じか」とか「こっちは蛍光ないのか……」と名刺を取り交わす暇もなく立ち去っていく。(実機を触ってもらえばわかるのに)という思いもむなしく、一日目が終わろうとしていた。
「おや? こちらも非侵襲細胞活性測定装置なのか」
声がした方を見ると、40代後半くらいの黒のコートを着た男がコーヒーショップライフテクノロジーズのブースの前で立ち止まり、リーフレットを一枚、手に取って眺めている。
「へぇ、大きさや形態、それに活性測定を自動で行って……うん? この『局所環境下での”ふるまい”の測定』って何ですか?」
男が尋ねてくる。
「はい、当社の測定装置の特長の一つで、ディスポーザブル(使い捨て)のカセットカートリッジ内で細胞を流れや加圧などの細胞が傷つかない程度の弱い刺激を与え、その際の細胞の形態変化とそれが元の形に戻るまでの動き――これを”ふるまい”と呼んでいますが、この機体は一つ一つの細胞のふるまいをリアルタイムで記録していきます」
飯島がリーフレットの模式図を指しながら丁寧に説明する。
「へぇえ! それだと本当に非侵襲と言えるのか……具体的にはこのカセットカートリッジで与えられる刺激で変なシグナルが入っちゃわないかとかいろいろ懸念はあると思うけど……でも、なんか単純に面白そう。これは実機? 試せる?」
飯島が「どうぞ使ってみて下さい」と試作機の前の椅子を引く。男は飯島の説明を受けながら、あれこれと試していく。
「うーん、これは面白い……が、D社のに比べると蛍光を使った代謝活性測定が無いのか……うーん……」
30分ほど経ったところで、男が唸りながら悩み始める。俺達はその様子をハラハラしながら見ている。飯島が心配そうに「あの……どうでしたか?」と尋ねると、男はハッと我に返って立ち上がる。
「あ、ごめんなさい。私、この近くのK大学で教授をやってる田畑と言います。実は今度、うちの大学とある民間企業でヒトの幹細胞を使った研究に特化したセンターを新しく作るんだけどね、研究者がずっと付きっきりで手を動かすならいいんだけど、実際にはパートの方々に単純な作業は任せていくことになるんですよ。
だから、こういう品質判定の機械とかキットとか、『このくらいの品質なら次のステップに進んでいい』みたいに判断を自動化できるものがないかと探していたんですよね」
K大学と言えば、私立大学のなかでも全国一、二を争う名門大学で――その穏やかな話ぶりからは想像もできないが――この若さで教授となるとかなり優秀な人物ということが想像できる。
……失礼なことだが、俺も崎村も飯島も名前も顔も知らなかったのだが。
「もしよければ、一回、デモ機として貸してもらえないかな?」
田畑は試作機を自分の研究室で何日間か使ってみたいと提案してくる。俺が崎村の方を見ると、崎村は無言でうなずく。
「ええ、もちろん。購入検討のためのデモ機の手配は可能です」
「ああ、良かった。実はね、さっきあそこのブースでもデモ機借りるように手配してくたんですけど、一種類しかないのは寂しいですからね。D社のものと、御社のもの両方を試してみたいと思います。ありがとう!」
田畑はにこにこしながら自分の名刺を手渡してくる。俺はそれを受け取り、「では、このメールに連絡します」と伝える。田畑はもう一度俺達に礼を言うと、次のブースへと移動していく。移った先のブースでも担当者に質問をしている。真面目に情報収集をしている姿に好感が持てる。
その間にノートパソコンで田畑のことを調べていた飯島が「ずっと海外に居た先生みたいだね。今年、K大学に着任するために戻って来たみたい」と言う。
「ようやく一件目の問い合わせか……予想はしていたけど、なかなか厳しいな」
「そして、思いがけずに”直接対決”になっちゃったね」
愛理がため息をつく。
「いずれどこかで競争するのはわかってたことだろ? 望むところさ」
俺はふっと短く鼻から息を吐いてから、そう応える。カラ元気だったのかもしれない。それでも愛理や崎村たちをほんの少し勇気づけることには成功したようで、「そうだな。よし、頑張ろう!」とリーフレットを持って、通路を歩いている来場者に配って回る。
そうやって三日間の日程を終え、イノベーションGALAが終わろうとしている。三日間ともD社のブースには人だかりが出来ていたが、一方で俺達の成果としては、田畑の他にはデモ機の貸し出し依頼はもう一件しかなく、成功というには程遠い。
それでも一縷の望みに賭けるため、そしてD社と――竹ノ内や中村との直接対決のために、K大学の田畑の研究室にデモ機を運び入れるのだった。
(続く)
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