第27話 展示会
崎村と飯島が年末に毎年開かれる様々な分野の最先端技術などのテクノロジー系ベンチャービジネスの国内最大の見本市、『イノベーション
筐体の大枠は依頼した別の企業で組んだものの、測定部分の微調整は手作業で行わなくてはならず、二人ともここ数日は泊りがけの調整だったらしい。崎村の頭はいつも以上にぼさぼさで、いつも身なりを整えている飯島でさえも、眼鏡が自分から滲み出た脂で汚れている。それでも試運転で測定データが出てくると、二人は安堵したように破顔する。
「……何とか間に合いそうだな」
飯島はぐったりとレンタルラボ内の実験スペースで椅子にもたれかかる。さすがの崎村も疲れ果てているのか、左手の親指を立てて応えるだけで言葉が出ない。
「わぁ!! 出来たんだ、試作機!」
そこへF工業での仕事を終えた愛理が帰って来て、感嘆の声を上げる。少し前に同じく得意先であるS市内のI社から帰って来ていた俺に簡単な業務報告を済ませると、すぐに試作機の方に向かう。
こちらも流石と言うべきか、T大学の産学連携課で働いていただけあって、斎木の『ライフサイエンス分野への異業種進出を考えている中小企業とのマッチング』は徐々に成果を上げ、四社と契約し、現在三社で仕事を開始している。その分、俺や愛理がレンタルラボに居る時間は減っているが、こうやって崎村や飯島の研究成果物が着実に形となって出てくるのを見ることができるのは、大学院生だった頃や、竹ノ内研でポスドクをやっていた頃にはなかった喜びがある。
あの頃の俺は”研究者”という自分に囚われ過ぎていて、誰かと一緒に研究開発を進めるということが本当には理解できていなかったのかも知れない――そう考えるようになってきていた。
愛理とそれに便乗して試作機の周りに寄って来た斎木が、崎村や飯島にレクチャーを受け自分で試作機を動かしている。俺も自分のデスクでの仕事を一旦やめ、実験スペースに移動する。
「おお、ちゃんと動いてる!!」
愛理は試作機につながってるパソコン上に出てきた一つ一つの細胞の大きさや形態についてのデータを見ながら喜んでいる。それを見て飯島や崎村が得意気な顔になっている。続いて、斎木が試作機を試して、また同じような声を上げる。
「うん、でもこれでは多分ダメだよね」
突然の愛理の言葉に、崎村と飯島だけじゃなく、俺までもが固まる。斎木も同じことを考えていたらしく、「あっ」と短く発する。
「だって、私たちの作ろうとしているものって、各研究所に一台しかない、例えばサキムラ君たちのような元々の専門の人が機械の微調整までを熟知して使うようなハイエンドモデルではなくて、各研究室にあったり、異業種参入してきた会社が使うようなエントリーモデルでしょ? そのためにまだ結果が不安定な蛍光測定部分を切り捨てたけど、後から開発する上位機種だったり、オプションでどんどん機能を付け加えていくってのが大筋のプランだったよね。だったら、”これ”はないと思うの」
そう言って愛理がちょいちょいと試作機の裏面を指さす。
「まずこの裏面の電源を入れて、光源の調節器がこっち、それに毎回微妙にズレる測定部位をこの右側のダイヤルで手動補正……で、その間にパソコン側での設定でしょ? 使い方が難しすぎるんじゃないかな、これ」
「しかし、ライフサイエンス系の機器はだいたいこんなもんだと思うが……」
飯島が応える。
「うん、そうかもしれない。でも、この機械を実際に使うのは元々ライフサイエンスを専門にやってきたヒトだけじゃないんだよね? それこそ研究所でパートで働いてるヒトとかが使うものって想定していたんじゃないの?」
うっと飯島が詰まる。
「今から作り直しとなると、展示会の準備に間に合うかどうか……」
徹夜明けで疲れているせいか、崎村までもが弱気なことをつぶやく。まったく、らしくない。俺はふーと長めに息を吐いてから、崎村と飯島に向けて話す。
「大学で研究してた時からずっとこうだっただろ? 『おっ』と思うデータが出てきても、追試していって覆されて、また最初っからやり直し――なんてざらだったじゃねぇか。それに、この意見は俺達のような『先端機器の当たり前の不便さ』に慣れきってる人間には出てこない。まぁ言うなれば、俺達は元々この機械を使う人間の立場には立てなかったんだろうな。だから、今から組み直そう」
崎村は「しかし、操作を簡単にするノウハウなんて俺達には……」と弱々しく応える。
「そこはもっとうちの”営業部長”さんに感謝してもいいんじゃないかなぁ」
そう言うと、愛理は俺の背中をバシっと叩く。
「元々ね、私たちがコンサルしてる先って、いざ私たちの製品を作る時に技術提供してくれそうなところに最初から絞ってるんだよ。F工業もI社も、自動制御だったり測定機器作るの得意な会社だし、自社の利益につながるんだったらきっと乗ってきてくれる」
愛理がにこっと笑うと、今度は斎木が崎村に向けて続ける。
「それに展示会の準備は私に任せてください。何度もやってきましたし、それにT自治体の担当者にそのための補助金申請する業務だって経験あります。私も、もっと社長の……この会社の役に立ちたいです!」
「社長のぉ?」と意地悪い顔をして愛理が斎木に突っ込んでいる。慌ててそれを否定する斎木を見ながら、俺も飯島もつられて笑う。
「俺達はもうポスドクじゃない。だから各自が得意なことで会社に貢献すればいい――っていうのは、お前の言葉だっただろ?」
崎村は「じゃぁ、組み直すか」と照れくさそうにぼさぼさの頭を掻くのだった。
二十七、 展示会
三カ月後、イノベーションGALA前日。会場の国際会議場でブースの設営をしていた俺と斎木、飯島は焦っていた。
操作方法を大きく変えた試作機は、主にF工業とI社が組んでくれることになり、ここ数カ月は崎村・飯島と愛理でレンタルラボから離れたF市内とS市内を往復して作業を続けていた。俺自身も崎村に最後に会ったのは一週間前で、電子メールで『イノベーションGALAの前日までにはなんとか終わる』と全員での試運転さえもままならない状態での今日となっていた。
だが、その肝心な試作機もまだ届いていない。
斎木がイベント会社に発注した展示台やパンフレット、ポスターなどはすでに設置が終わっていて、あとは最後の仕上げに、ブース中央に置いた来場者に実際に試してもらうための台の上に試作機を置くだけになっている。両隣のブースに出展する企業の設営も終わり、俺達に名刺交換を持ちかけてくる。
俺達の出展ブースのある”島”と通路を挟んで向いの”島”には、測定機器関連の出展者が固まっていて、その向いの”島”の最も入り口に近い場所にD社のブースが出展されている。通常の倍の広さを使い、凝ったデザインのアーチや大きな社名とロゴの入ったアドバルーンを天井から垂らしていて、いかにもこのエリアの目玉と言った感じの配置になっている。
「あら、あら。実機もないのにブースだけ?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「……何の用だ、中村」
にやにやと嫌味な笑いを浮かべているであろうその顔を見たくない一心で、俺は振り返らずに応える。
「別に。かつての同級生がどんなものを、このイノベーションGALAに出しているのかなぁと思って。ふふ、まさかウチの劣化版を出すとは思わなかったけど」
グッと拳を握る。
「……劣化版かどうかは実機を見ないとわからないだろ?」
「あははは、その実機はどこにあるのよ」
中村は嘲るようにわざと大きな声で笑う。周りのブースの担当者が何事かとこちらをのぞき込んでいる。
「実機ならあるよ、ここに。たった今、到着した」
崎村が搬入用の大きな台車をF工業の担当者と一緒に押しながら、中村に答える。中村の顔が歪む。
「……”やよい”。俺達はちゃんと”田中のじいさん”が目指していたものを自分たちの頭で発展させ、自分たちで実験し、そしてたくさんの人たちの手を借りながら作り上げたんだ。この試作機の要素に竹ノ内のアイデアは入っていない。だから、断じてお前たちの劣化版なんかじゃない!!」
崎村は中村を睨みつけながら言い放つ。
そこにはあのD社との一件や首都圏生命科学グラントを不採択になった時の弱々しさはどこにもない。俺達の――コーヒーショップライフテクノロジーズの代表としての威厳を感じる。
崎村は息を大きく吸い込んで、もう一度、狼狽える中村をキッと睨みつける。
「俺達の成果が支持されるかどうかはお前や竹ノ内が決めることじゃない。買ってくれるお客さんが決める。今度こそ、俺達はお前たちに勝つ」
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます