第11話 プレゼン 中編
十一、 プレゼン 中編
「……ここがD社の本社か」
所謂一等地という場所にあるD社本社ビルの前で、
玄関の自動ドアから正面に大きな金属製のプレートがあって、そこに創業者が唱えた理念が数行刻まれている。2階以上がオフィスらしく、そこに上がるエレベーターや階段は警備員が居るICカードの改札機の奥にありここからでは見えない。また、待機スペースが外の歩道から見えないようにするためか、建物のガラス張りの壁のすぐ外側の小さな庭には細い竹が幾本か植えられている。
「俺達が来てもよかったのかな」
飯島がそういうと、崎村は笑いながら応える。
「いいに決まってるだろ。呼ばれたんだから」
「そうじゃない。七人で来てもよかったのかってことだろ」
佐藤がそう言うと、「ああ、そういうことか」と崎村は頭を掻く。さすがに今日はフケは舞っていない。
「いいんだよ。この事業計画は俺達七人全員でアイデアを出したんだから。それに、こんなデカい会社の本社なんて、滅多に来れるところでもないし、一度全員で来ておきたかったんだ……参加人数については先方には事前に伝えてあるし、大丈夫だよ」
崎村がそういうと、諸住や佐藤が「そうなんだ」とどこか心ここにあらずといった様子で応える。二人も含めて全員がだいぶ緊張しているのが目に見える。
それを見て、少し前に『この人数でプレゼンに行く理由』について聞かされていた俺は、改めて崎村の言った通りになりそうだなと感心する。
『いいか、畠中。D社がわざわざ部長級の会議の場で俺達のプレゼンを聞きたいってのは、俺はいくつかの思惑があるからだと思っている。一つは、辻井がメールに書いていたように決裁の段取りを省くためだろうけど、もう一つは――おそらく俺達を威圧するためだ』
『……威圧?』
『学会発表のように不特定多数に向かって話すプレゼンとは違って、特定の誰かに向けて話をする場合って、日常会話でもそうだろうけど、よほど言葉の力に違いがない限り、人数が多い方に傾く。
例えば、複数の友達が集まっているところで一人が「どこに行くか」って話をしていたのに、「何を食べようか」という話を二、三人で始めると、そっちに話が流れるのは常々よくあることだろ?』
『確かにそうだな』
『街頭で大勢に向けて演説するのって、話す側からすれば、空を仰いでてもいいし、全く知らない誰かに向かって言っててもいいし、言葉は悪いけど、実は案外気楽なんだよ。話の流れを切り替えようとするやつが出てきても、それを無視して「その他大勢」に同じように話しておけばいいんだから。
――でも、今回みたいな特定される大勢の前ではそうはいかない。だから、話の流れを切り替えようとするやつが出てきたら、こちらもそれ相応の人数で対応しないといけない』
『そんなもんか? 戸部のプレゼンだったら、その辺は大丈夫のように思えるけど』
『……確かに戸部はプレゼンの達人だけど、今回は辻井から俺が発表するように指名されてるんだよ』
『発表者を指名? …まぁお前は一応、コーヒーショップライフテクノロジーズの代表なんだし、わからなくもないか』
『俺もそれなりに準備と練習はしていくつもりだけどな。でも、人間は雰囲気に飲まれる生き物だからな。実際の発表になると緊張してしまって、何が起こるかわからない。そういう時は気休めなんだけど、こっちも頭数揃えておかないとってことさ』
その時のやりとりを思い出しながら崎村の顔を見ると、それに気づいたのかにやりと笑う。まったく嫌味なやつだ、と俺もつられて口角を上げる。
そこへタイミングよく「コーヒーショップライフテクノロジーズの方ですね。お待たせしてすみません。準備が出来ましたので、ご案内します」と案内役の社員が声をかける。
崎村が一人一人全員の顔を見る。
「……よし、行こう!」
俺達は無言でうなずくと、崎村に続いた。
十一の二、 D社本社大会議室1にて
通された会議室はちょっとした学会の口頭発表会場くらいの広さがあり、中央に天井からぶら下がっているプロジェクターとその正面にスクリーン、その光の筋を挟むように会議用の長机が連なっていて、すでにD社側の人間が着席している。
それぞれの座席の前には、紙の資料が二部ずつ置いてある。俺達七人用の席には事前に辻井に渡しておいた資料の一部しかないところを見ると、もう一部はおそらく俺達についてD社が調べたものをまとめた資料なのだろう――それにしては、だいぶ厚いのが気にはなるのだが。
人数は八人。
俺達七人用の席とは別にもう一人分席があり、そこにも資料が二部おいてあるため、欠席者が一名いるようだった。俺達が席に着いたところで、辻井が目配せをして、それに応えるように少し太めの男が立ち上がる。
「コーヒーショップライフテクノロジーズ社のみなさん、ご足労いただきありがとうございます。私は、このD社で研究開発本部長をしています足立です。
えーそれとここに臨席しているのは、それぞれの研究開発部の部長と課長、それに法務の人間が一名おります。本来なら先に名刺交換してお互い自己紹介をじっくりしたいところなのですが、こちらの時間の都合で先にみなさんの弊社へのご提案を聞いて、ディスカッションの後で名刺交換とさせていただきたいと思いますが……よろしいですか?」
崎村が、「もちろん、それで大丈夫です」と答える。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、御社の提案内容についてのご説明をお願いします」
足立が着席すると、部屋の灯りが消え薄暗くなる。それと同時に、俺達の作ったスライドがプロジェクターから投影され、くっきりとスクリーンに浮かび上がる。今回は戸部ではなく、辻井の指名により、崎村が演台に立つ。
「……それでは、私たちが提案する新しいマイクロデバイスを用いた細胞情報の非侵襲測定装置の開発と、それが御社にとってどのような新しいビジネスをなるかを説明いたします」
こうやって俺達の運命の――そして、この七人でする最後のプレゼンが始まった。
(続く)
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