第5話 グラント面接
一、 自治体研究費二次審査会場
『この開発内容はT大学の竹ノ内教授のものと同じなのではないですか?』
プロジェクターを使うために灯りを落とした薄暗い会議室で、60代だろうか、白髪の男性が立ち上がり、マイクをとって質問する。
「お、来たぞ」
「崎村の言う通りだな。自治体から委嘱された審査員は、たいていが技術士なんかの一般人より多少詳しいだけの非専門家ばかりだから、『ネットですぐに見つかる情報をまず聞いてくる』、か」
プロジェクター前の演台に上がっている戸部に向けたその質問について、離れたところで聞いている飯島と
「ええ、もちろんです。弊社は竹ノ内教授と共同研究を実施していまして、一緒にこの開発を成功に導きたいと思っています」
二人が見守るなか、戸部が内心にやりとしながらも顔には出さずに、真摯な返答をする。
「……そしてあんな少額の寄付金でつけた『共同研究』で、嘘をつかずにこう言い切れる、か。俺は時々、崎村がどこまで”見えて”るのか怖くなるときがあるよ」
「ああ、俺も」
諸住がそう相槌を打つと、タイミングよく持ち時間の終了を告げるベルが二回鳴る。壇上の戸部が「ありがとうございました」と会釈をすると、会場から――もちろん中には形式的なものもあるだろうが――大きな拍手が沸き起こる。
この研究費公募の二次審査は一般にも公開されていて、地元のテレビや新聞社などの報道席のある部分からも席を立ちあがって会場を出ようとする戸部の後を追う人が数人続いているのが見える。それを飯島や諸住と同じく会場から見ていた次の発表者は完全に場に飲まれたように顔が引きつっている。
おそらく、崎村はこのシーンもイメージしていたのだろう。
飯島と諸住はもう一つの現象を、発表者が交代するわずかな時間、会場が明るくなる際に確認する。そこには飯島が前に会った人物が二人席についているのが見える。これもまた、崎村の予想通りの現象だった。
二、 二次審査会の八日前、コーヒーショップライフテクノロジーズにて
「さて、具体的な『反撃』までわれわれがやるべきことは、もちろんこの公募研究費を確実に手に入れる、ということになるわけだが……そのためにそれぞれにやってもらいたいことがある」
扇動的な演説を終えた崎村がいつもの調子に戻って言うと、各々が「何をすればいいんだ?」と聞き返している。
「まずはプレゼンのためのスライド作り。これは俺たちのなかでも一番上手い長谷川に頼みたい。 ……いいかな?」
もちろんだ、と長谷川が答える。長谷川は現在進行形でT大学での実験機器の貸借の交渉をしていたはずだが、それを置いてでもといった気迫を感じる。
「次に、プレゼンはもちろん、竹ノ内研でセミナーが最も上手かった戸部で。戸部のプレゼンは正直、竹ノ内や中村よりも優れていると思ってる」
戸部は「褒めても何も出ないぞ」と笑いながらも、やはり引き受ける。
「……代表のお前が全部やるんじゃないんだな」
俺がそう軽い嫌味を言うと、少し動じずに崎村が返す。
「まさか。ここは大学の研究室じゃない。俺たちはポスドクの時がそうだったように、個人事業主みたいにすべてを一人で行う必要はない。個々人が一番得意な部分で活躍してくれれば、会社としてもプラスになるんだ。
……それに、俺のプレゼンが壊滅的なのは畠中が一番よく知ってるだろ?」
崎村がにやりと笑いながら言い、俺はそれを「そうだな」と軽く返す。
「それと……飯島の実家って呉服店だったよな?」
「ん?? ああ、そうだが」
突然のことで飯島の声が上ずる。
「スーツを一着作ってくれないか? 戸部に」
「スーツ? 一応、ビジネススーツくらいは持ってるけど……」
飯島よりも先に戸部が聞き返す。
「それは知ってる。 ……でも今回は『綺麗に整っていながらも、あまり高すぎないように見えるスーツ』が欲しい。それも服飾専門の人が見てそう思えるようなやつが」
「やけに細かいオーダーだな」
飯島が苦笑する。
「こういう自治体の
こういう審査員だと、テクノロジーの中身ももちろん重要だけど、それと同様に、いやひょっとしてそれ以上に『若いのに頑張っている』という印象を与えることも重要になってくる」
俺が「どういうことだ」と尋ねると、崎村は意地悪そうに口角を上げ、続ける。
「そのままだよ。こういう研究費の面接審査会は、テクノロジーの発表を審査する会だっていうのに、役所の都合で平日の昼間に開催するから、大学の教員のように本職の研究者はなかなか参加できない。
この一次審査合格の通知には審査員の名簿は載ってないから今回のメンバーは正確にはわからないけど、おそらく大学の研究者はこの自治体の中にある私立のT農業大の人間が一、二名ってところだろう。
それを踏まえた上で、他のメンバーが研究者ではないとしたら、さっきの”清潔感”みたいなものも重要になるってことさ」
「それは……サイエンス、ではないな……」
俺は堪らずそういう。
「……あくまで確率を上げるために、ってことだよ。『老人たちの求めるヒーロー像』に可能な限り合わせてやるだけで確率上がるなら、喜んでそうするさ」
崎村はいつものように飄々を答える。
「それと、それらの審査員に加えて、自治体が普段から専門的なことを相談するための技術士が何人かいる。少なくとも一名は必ずいる。この人たちは俺達の専門分野の知識はほぼないが、科学や工学といったものの一般的な知識は持っている」
崎村がテーブルに置いてあった珈琲を一口啜って、乾いた口を湿らせてから続ける。
「このタイプの審査員は、特に年配になればなるほど、実は分かりやすい行動をとる」
「わかりやすい行動?」
飯島が聞き返す。
「ネットで、あるいは紙の資料で検索して、対象のわかりやすい問題点を突きつけてくる。多分、俺たちのプランだと『竹ノ内教授との関係』ということを突かれるだろうな……だから、ここで竹ノ内に払った寄付金が活きてくるってわけだ」
俺も飯島も、その他のメンバーも崎村がそこまで考えていたことに対して、うーんと唸る。
「少額とはいえ実際に共同研究費を払っているわけだからな。戸部は後ろめたいこと考えずに、『共同研究しています』と言い切ってもらえばそれでいい。
それだけで、おそらく技術士審査員の用意してきた質問のほとんどが解決され、それ以上の追及はないだろう。まぁ、仮にあったとしても戸部のスキルならなんとかなるさ」
戸部は笑いながら「任せとけ」と言う。
「……それと飯島と佐藤は前に行った信金に、この一次審査合格通知のコピーを持って行って、『是非、二次審査会に来てください』とお願いしてきてくれ」
「二次審査会に? 何でだ?」
すると、また崎村がにやりと笑う。
「前にも言っただろ。信金だけじゃなく、銀行は”堅いところ”だって。だから俺たちが『こんなに素晴らしいんです』とか『儲かります』とか言っても、彼らは担保となるものを探そうとする。この場合の担保ってのは、文字通りの不動産とか社長の個人預金とかではなくて、『自分の判断を後押ししてくれるナニか』ってことな。
だから、俺達の事業計画を紙やパソコンの画面で面と向かってそのまま見せるだけじゃなくて、二次審査会の『雰囲気も見せつける』のさ」
「雰囲気を見せつける?」
今度は普段は無口な諸住が聞き返す。
「そう、会場が戸部のプレゼンに感心する雰囲気をそのまま。金も実績もない俺達の言葉だけでは信用できないと思っている信金の営業マンたちも、大勢の観衆たちの作り出す雰囲気には抗えない――――
そういうもんなんだよ。そして、俺達の中で…いや、俺がこれまでに見たすべてのプレゼンの中で、戸部と長谷川のコンビはその点については断トツだ」
二次審査会から二週間後、コーヒーショップライフテクノロジーズに、角形二号の封筒に入った少し厚みのある郵便物が届く。その中には合格通知と、その後の手続きについての説明文書が入っていた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます