第3話 だから俺達は全部を利用する


「俺たちを追い出したあのクソ教授のラボに寄付金を入れて、共同研究を申し込む」



「共同研究!? 何を!!!」

 崎村の突拍子もない言葉に全員が驚いている。俺達を突然追い出した張本人に金を払うって聞けば、皆の反応は当然ともいえる。

 俺はあえてそこには触れず、「竹ノ内は拒否するんじゃないか」と崎村に尋ねた。もう少し感情的な意見を期待していたのだろう、崎村は驚いて俺の方を見た後でニヤリと笑う。


「今の大学の制度からいえば、寄付金を入れる共同研究の申し出は、申し込む側によっぽどの問題がない限り、ほとんどが受理される。大学としても産学連携研究に関しては、文科省向けの絶好のアピールでもあるからな。


 ……そこを逆手に取って、あいつを利用させてもらう」





 翌日。


 信金に向かう佐藤と飯島を見送り、インキュベーション施設内のラボに残るメンバーに研究費申請用の仕事を頼んだ後で、俺と崎村の二人で古巣のT大学に向かう

 途中の電車のなかでは特に話すこともなく、ずっと黙っている。

 世間話の類は、大学から一緒だったこいつとする必要もない。ただ、ぼうっと電車の窓の景色が流れていくのを見ている。


 電車が最寄り駅について、そこから朱色の古い門を目指す間、俺は昨日のことを思い出して、もう一度尋ねる。

「しかし共同研究とはな」

 崎村はこちらを見るわけでもなく、「まぁな」と返す。

 旅行会社の観光ルートにも組み込まれてる門をくぐり、すぐ右に折れて薄暗い道を歩く。途中、「こっちからじゃなくて、春日門から行けばよかったんじゃないか」とか他愛もないことをつぶやくだけで、崎村からそれ以上の返事はない。


 理学部と医学部の建物を過ぎて、ようやく目的の場所が近づいてくると、崎村が思い出したように口を開く。


「……畠中。竹ノ内教授アイツが何故俺たちをあのタイミングで解雇したか、考えたことあるか?」


 俺は突然の質問に面食らって、「いや、ないな」とだけ答える。崎村は一瞬だけ俺の方を見ると、続ける。


「俺たちは大学の、というよりこの国のシステムに無頓着すぎたってことだったんだ。あの教授は最初から……んだよ」


「どういう意味だ?」と俺が顔をしかめると、崎村は「まだ時間はあるし、少し此処で時間をつぶすか」と近くにあったベンチに腰をかけ、俺にもそうするように促す。


「俺たち7人が雇われていたあの文部科学省の大型研究費グラントには、『単なる機器整備の研究計画は審査対象から外す』という条項が応募要項についている。

 例えば、直接経費(所属機関に必要な一般管理費を除いた実際に使える研究費)の三分の二以上を機器購入費に使ってはいけない、とかな。

 ところが、事業開始後の役所側の管理はわりと杜撰で、費目間流用に制限の項目がない……これがどういうことかわかるか?」


 「いや」と俺が即答すると、崎村は途中で買った缶コーヒーを開け、一口だけ啜った後で、「まぁ、そうだろうな」とつぶやく。ビジネス用のコートのポケットからもう一本缶コーヒーを取り出すと、それを俺に渡して、続きを話し出す。


「あのグラント公募の審査条件の中には『大型機器の購入を制限する項目』はあるが、計画が始まってしまえば、別の目的で確保していた予算を機器に流用することが、制度の上では、合法ということだ。

 つまり、あの教授は大型機器購入に充てるための金額を最初人件費として計上し、時を見計らってそいつらを切る……」


 崎村は缶コーヒーの飲み口に視線を落とす。そして、もう一口啜って息を吐くと、核心部分を話し始める。


「システムに疎い俺たちは恰好の”生贄”だったってことさ。大型機器を買うための。

 そればっかりじゃない、おそらくあのグラントの報告書の中では、『俺たちポスドクが全員が一身上の都合で突然辞め、教授は人手が少なくても研究が滞らないように大型機器を購入し、少しでも事業の正常化に努めた』となっているんだろう。

 俺達は教授にとっての都合のいい人材だった上に、文科省から見ればただの『厄介者』だってことさ」

「あいつ!!」

 俺が思わず声を上げると、崎村は視線を変えずに静かに「残念だが、ここは怒るところじゃない」と諭す。

「なっ!!? お前、いいように使われたっていうのに!!」

 俺はまだ納得がいかずに崎村に食ってかかる。

「俺たちが、雇用された時にあのグラントのシステムを細部に至るまで調べ上げていれば防ぐチャンスもあった話なんだ」

「だからと言って!!!」


「……そうだな」

 崎村は穏やかにそう答えると、最後の一口で缶コーヒーを飲み干す。



「だから、俺たちも最大限利用してやろう。

 あの教授を、この大学を、公的な研究費や制度を、文科省を、そしてこの国そのものを。俺たちは氷河期をまんまと逃げのびただけの老人たちが作ったこの糞ったれなシステムの隙間をついて、嘲笑うように成功を掠めとる。


 ――それも、全部だ」



 いつになく真剣な目でそういうと崎村は、「そろそろ時間だな」と産学連携課が入っている建物に入る。受付で案内された会議室にはすでにT大学側の関係者は着席している。産学連携課の担当者が二名、竹ノ内研究室の女性助教、そして俺達を自分の都合で追い出した竹ノ内あいつがこちらを見ている。



「さぁ、教授のお出ましだぞ」


 そう俺にしか聞こえないような小声でつぶやくと、崎村はまたニヤリと笑うのだった。




(続く)

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