その他
【??】ゼロ(1)
「ここ、ちょっと読みづらいかも。ことばの順番を変えたほうがいいかな。……それで、こっちの、このキャラクターの表現、わたし、すごく好き。なんだか、色彩が豊かな感じがする」
夕日が差し込む教室には、わたしと、あの人だけが残っていた。
春。ほんのすこしきつくなったような気がする制服に包まれて、わたしは高校三年生に進級した。
窓の外には散り遅れた桜の花が葉のあいだにすこしだけ残ってる。
「じゃあ、つぎは、わたしの作品のばんだね」
わたしはクリップで留めた紙の束をカバンから出して、机の上に置いた。
「ありがとう。すっごく参考になった」わたしはお礼を言う。「お互い、ベストを尽くしたよね。……うん、せめて一次選考だけでも通過できると、いいな」
カバンに紙の束をしまいながらわたしが言うと、あの人は笑ってそうだねと言ってくれた。
「わたしのは一次選考が突破できればいいなっていうくらいだけど……きっと、そっちはいいところまでいけるよ。だってすごく面白かったよ、その作品。本になってもおかしくないと思う。まえに読んだ小説よりずっと面白かった」
わたしに褒められたのが恥ずかしかったのか、あの人はちょっと笑って、自分の作品をカバンにしまった。
六月。新人賞の締め切りが過ぎて、わたしの生活は受験勉強中心に切り替わっていった。第一志望の大学を目指して、毎日机で問題集や参考書に取り組む。だけど一日にちょこっとだけは、物語に触れる時間を残した。息抜きだって大事だと先生は教えてくれたから。
あの人と会うことはめっきり減っていた。もともとクラスも違ったし、文化系の部活は三年生の引退も早い。たまに、クラスを移動するときにすれ違って挨拶を交わすだけ。
気づいたらあの人は夏制服を着ていて、自分も最後の夏制服に袖を通しているはずなのに、時間の流れの速さにはっとしてしまった。
七月。久しぶりにあの人と放課後の教室で会った。
新人賞の第一次選考の結果を見るために。
放課後の教室は冷房も止まってじっとりと暑くて、長くなった陽が教室をギラギラ照りつけていた。
外ではセミがけたたましく鳴いている。
祈るような気持ちで、スマートフォンで選考結果のページを開く。
――ふたりとも、一次選考通過。
わたしは思わず、あの人に抱きついていた。
そのくらい、とても嬉しかったから。
わたしが一次選考を通過したことも。
あの人が一次選考を通過したことも。
八月。夏休みのあいだに選考は進み、二次選考の結果が発表された。
不安と緊張とでページを開いた。
――ふたりとも、二次選考通過。
わたしは嬉しくて、あの人に電話をした。
次も一緒に通過できるといいね。
ひょっとしたら一緒に受賞して、デビューしたりして?
冗談めかして言った。ほんとうに、冗談のつもりだった。
わたしにはそこまでの実力はないと思っていたから。
それでもひょっとしたら、というほんのすこしの奇跡を期待したりはしたけれど。
このときは、頭の中にいくつも物語のアイデアがあって、受験が終わったらきっと書こうと思って、ノートにメモをたくさん残していた。
三次選考の結果が出た。これを通過すれば、あとは最終選考だけ。
期待せずに開いた選考結果のページを見る。自分のペンネームを見つけた瞬間、胸が強く鼓動する。わたしは通過していた。
わたしは結果のページを下に送る。……上に送る。……もう一度、ゆっくり一番下まで。
あの人の名前は無かった。
わたしだけが、最終選考に残ってしまった。
うれしさと戸惑いが同時に襲ってくる。頭がそれを処理しきれなくて、わたしはその場でフリーズしてしまった。
突如、スマートフォンが振動する。
あの人かもしれない。画面を見る。知らない電話番号だった。どうすればいいか迷っているうちに、留守番電話に切り変わっってしまう。
録音されたメッセージを再生してみる。わたしたちが応募した出版社の人だった。
連絡が来るということは。あの人は言っていた。受賞した人には連絡が来るって。
出版社からの電話は来たけれど、あの人からの連絡は来なかった。
三日たって、わたしのほうからあの人に連絡をしてみた。
あの人から、返事は来なかった。
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