【僕透】あらゆる記録に残らない透子さんが僕といた証明 より
【僕透】ある日、街角の出来事の記録
「すいません、ちょっとお時間よろしいですか」
「……はあ」
僕ととうこさんが都心の繁華街で服を物色していると、一眼レフを持った男性が声をかけてきた。
「こういうものなんですけど、彼女さん、雑誌の写真撮らせてもらえないかなって」
男性は名刺を差し出してくる。出版社の名前と、コンビニで見たような気がする雑誌のロゴが目に入った。
僕はとうこさんのほうをちらっと見る。とうこさんは真面目な表情でその名刺を見つめていた。人一倍ファッションに気を遣うとうこさんは、繁華街を歩く人々の中でも頭ひとつとびぬけて可愛い。欲目だと言われても構わない、実際に見ればわかる。
だから、この男性の目にも留まったのだろう。
「怪しいものじゃないんで、よかったらお願いできませんかね、雑誌に載るチャンスだよ」
「……」
とうこさんは沈黙していた。
「えっと、すいません、そういうのはちょっと」
僕は割って入ることにした。とうこさんの特異体質を考えれば、断ったほうがいいと考えたからだ。僕が多少強引に断った形にすれば、とうこさんも傷つかずに済むはずだ。
「いやーそこをなんとか、ほら、キミも彼女さんが雑誌に載れば自慢でしょ? ね、彼女さん、どう?」
男性も食い下がる。とうこさんのほうを伺う。とうこさんは数秒、あごに手を当てて考えていたようだけど、やがて僕のほうを見てやわらかく微笑んだ。
「……写真が足りなくて困っているような状況なんですか?」
とうこさんは男性に尋ねる。
男性はオーバーな仕草で頷いた。
「そうなんだよ! なかなかお願いしたいなって人で、OKしてくれる人がいなくって」
「わかりました。少しの時間で済むなら、いいですよ」
「おっ、いい? ありがとうね!」
とうこさんが言うと、男性はカメラをチェックし始めた。
「とうこさん、いいの?」
僕はとうこさんに尋ねる。とうこさんが迷いのない顔で頷いたので、僕はそれ以上なにかを言うのをやめることにした。
「それじゃ、この街灯のあたりに立ってもらえるかな、手は前に出して自然にバッグ持って、うん、もうすこし角度そっちに……そうそう」
男性はとうこさんに指示する。
とうこさんは言われた通りにポーズを調整している。
「オッケーそれじゃ、何枚か撮りますよーはい、笑ってー、そう、ちょっと固いかなー自然にー、うん、いいねー」
男性は言いながらシャッターを切って行く。
道行く人々がとうこさんに注目していた。
男性もプロなのだろう、とうこさんに指示したポーズはとうこさんの魅力をしっかりと引きだしている。これまでずっととうこさんを見てきたはずの僕も、気が付けば、撮られているとうこさんの新たな魅力に見とれていた。
「よーしオッケー、ちょっとそのまま待ってね、一応撮った写真チェックするから」
男性はカメラの液晶画面を覗く。
僕は男性がどんなリアクションをとるかと思い、すこし緊張した。
「……はれっ」
男性が間の抜けた声をあげる。
そりゃそうだろう。撮れたと思ったものが撮れていなかったのだから。
僕はとうこさんを見た。とうこさんは相変わらず、穏やかに微笑んでいる。
「れれ、っかしーな……ごめんね、もっかい撮らせてねー、さっきと同じポーズで」
「はい、いいですよ」
とうこさんは男性にやさしく応えた。再び、男性が指示をしながら何度かのシャッター音。
撮影が終わり、男性がもういちどカメラの液晶画面を見る。
「……え、なんで……?」
男性が小さく低い疑問の声をあげたところで、とうこさんは男性のところまで歩いてくる。
「そろそろ、いいですか? まだ撮影します?」
「えっと、うん、そうだね、うーんと」男性は歯切れが悪い。「……うん、大丈夫。採用されるかどうかはちょっとわからないんだけどね、ご協力、ありがとうございました」
「はい。……行きましょうか」
とうこさんは待っていた僕のところへ来ると、僕の手を引いて歩きだす。
僕が後ろを振り向くと、男性はまだ液晶の画面を覗きながら首をかしげていた。
「とうこさん、よかったの?」
「ええ」とうこさんは微笑む。「あの人もお仕事でしょうし、撮影して気が済むならそのほうが早いかなって。ちょっと意地悪だったかも、ですね」
とうこさんは悪戯っぽく笑った。
僕は返事をできずにいた。とうこさんは写真に撮られるのを嫌がると思っていたけれど、それを意に介していないように見えたのが疑問だった。けれど、そのことを訪ねていいのだろうか。僕は決心がつかなかった。
とうこさんが僕の表情に気づき、僕の顔を覗き込むようにする。
「大丈夫、ですよ? ……確かに、いままでもときどき、いろんな場面で写真を撮る機会があったりして、そのたびに嫌だなって思ってましたけど、いまは大丈夫ですから」
とうこさんは僕の手をぎゅっと握る。
「私の特異体質とも一緒に歩いてくれる人が居るから、ほかの誰かとうまくいかなくなるかもしれない時も、怖くなくなったんです」
「……そっか」
「だから、気にしないでください。さっき、守ってくれて、ありがとうございました」
そう言って、とうこさんは嬉しそうに頬を染める。
僕も、笑うことにした。
<おしまい>
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