【さ読】はじめてのお部屋訪問-4
それからしばらくして、読子さんはぼくに身体を預けたまま、小さな寝息を立てはじめた。
ぼくは読子さんの身体を支えたまま、読子さんを起こさないように、そっとカクテルの缶に手を伸ばす。缶を回転させて、成分表の表示を見た。
「……やっぱり……場酔い、かな」
小さくつぶやく。
読子さんが買ってきた二本のカクテルは、どちらもノンアルコールのものだった。
パッケージのデザインこそカクテルを思わせるようにできているけれど、缶の端にきちんとノンアルコールだと明記してある。
最初のひと口を飲んだ時にも、アルコールを感じなかった。酸味や苦みを加えてお酒に近い味わいにしているから、普段お酒を買わない読子さんは気づかなかったのかもしれない。
読子さんは「お酒の力を借りて話した」と言っていたけれど、お酒の力なんか借りてはいなかったのだ。
それでもまるで実際に酔ったかのように上気していたのだから、人の身体は面白いものだと思うけれど。
あとでカクテルがノンアルコールだったことを読子さんに伝えたら、読子さんはどんな反応をするだろうか――それを考えると、いじわるだとは自覚しつつも、ほんの少し楽しい気分になるのを抑えられなかった。
さて。
依然、読子さんはぼくの腕の中で眠っている。
両腕と身体に感じる読子さんの体重は、ぼくにとっては読子さんがぼくを信頼してくれていることの証でもあって、誇らしい。
ちらりと時計を見る。時間は夜の十時を回ったところ。
読子さんは翌日に予定はないと言っていたし、このままベッドに寝せて、明日まで寝かせておいてもいいだろうか。
……健康な男子としては、今夜になにかがあることを期待しなかったと言えば、それは嘘になるけれど、それでも、目の前で穏やかな寝顔を見せてくれている読子さんを起こすのは、すこし忍びない。
「う、うん……?」
どうやって読子さんをベッドに移そうか考えて、読子さんの首に手を回すと、読子さんが声を漏らした。
「ん、あ……寝ちゃってた……?」
「うん、時間遅いし、このまま泊まっていけば?」
「ん……あ、でもコンタクト、外さなきゃ……」
読子さんはゆっくりした動きで、ぼくから離れた。
ぼくは読子さんに言われて、読子さんが眼鏡をかけていなかったことを思い出す。それなら、家に送っていかないといけないかな。
と、ぼくがちょっと寂しさを感じつつも、それを理性で抑え込もうとしたとき、読子さんはトートバックのなかからコンタクトレンズのケースを取り出して、すこし恥ずかしそうにぼくにみせた。
「えとね、実は……お泊まりの準備、持ってきてるの。……お邪魔しても、いいかな?」
「うん、だいじょうぶ」
ぼくは内心の嬉しさをさとられないように、平静を装って言う。
ぼくの返事を聞くと、読子さんはぱたぱたとユニットバスへと入って行った。
――時刻はまだ、夜の十時を回ったところ。
<おしまい>
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