第2話『先達』

 夜、クタクタになって帰路につく。

 地球の仕事はとにかく忙しい。技術程度が低いせいで、全てを人間がやらなくてはいけないのだ。

 私の星なら、飲食店のオーダーは全てセルフサービスだ。機械に入力された情報を受けて、店の従業員が品を作り、機械が丁寧に間違いなく届ける。

 しかし、この星は全てを人間がやらなくてはいけない。注文を取る機械を初めて渡された時は、何故これを全てテーブルに置かないのか不思議で仕方なかった。

 接客というものも初めてやった。まるで上流階級の相手をするような振る舞いで客と接し、不備なくもてなすのがこの星の流儀らしい。

 なるほど、一般市民が上流階級の気分に浸るために、わざとこういうシステムにしているのか。地球人とはなんと器量の小さい。



「あなたみたいな非常識な子は初めてよ。一体どんな生活してきたら、あんな横柄な接客出来るのよ!」

 先輩の言葉が頭に響く。私は地球の文明についてある程度学んできたのにこの体たらくだ。全くもって先輩の言う通りなので、何も言い返すことが出来なかった。

 はぁ、明日からもっと頑張らないとなぁ。そう思いながらアパートの階段を上がる。

 …………。

 違う。

 私はこの星に職業訓練に来たのではない。

 偉大なる我がメイター星人の誇りにかけて、この星を侵略しに来たのではないか。

 いや、誇りにかけては大袈裟だったか、とても個人的な理由だし。

 全てが世界征服セットをコインロッカーに忘れてきた私のミスが原因。気づけば本来の目的を忘れ、気づけばこの屈辱を甘んじて受け入れていたとは……。

 うぬぬ、今に見ておれ秋山あきやま先輩。いつか地球を征服した暁には、真っ先にアンタを呼び出して「ごめんなさい」と言わせてやる。

 アパートの扉の前に戻ってきて、私は心機一転、侵略への情熱を燃やす。ここは事実上、我が前線基地だ。家賃は一ヶ月八万円……否、いずれそれもタダにしてみせるのだ。

 基地に戻ってきたからには、私は侵略者としての顔に戻れる。征服セットはないけど、私は地球人よりずっと進んだ生命体だ。そんな甘えた道具に頼らずとも何か出来るはず。

 よし、まずは作戦会議だ。一人しか居ないけど、きっと名案を考えだして見せるぞ。

 そして扉に手をかけて気づく。

 バイト先に家の鍵を忘れたっ!

 嘘でしょ、こんなやる気出てきたところなのに、いきなりへし折られたよ。

 っていうか、私こんな忘れ癖酷かったっけ? うわぁどうしよう、家からそんな遠くないけどいざ行こうとなると面倒くさい距離だし!

 せめて明日のアルバイトの時に取りに行けばいいものを忘れれば良かったのに! なんで肝心の寝床の鍵を忘れているんだ!

 ああもう、自分の惨めさにガッカリする。なんでいつも大事なものを忘れてしまうのか。

 ああ、なんだか地球征服なんて出来る気がしなくなってきた。恥をしのんで家族に迎えに来てもらおうかな。

 自分をメタメタに責めた私は、何をするにしても部屋に入れないとしょうがないと、来た道を戻ることにする。

 ああ、まだ店長帰ってないといいけど……そう心配しながら、アパートの階段をトボトボと降りる。

「あ、居た」

「……あっ」

 階段の下に、見覚えのある顔……秋山先輩だった。

 なんかすごい呆けた顔で見られているけど、この人の家、この近くだっけ?

 それとも、わざわざ説教するためにうちまで来たとか? ええ、私この人にそこまで嫌われてるの?

 何を言ったらいいかわからないで居ると、秋山先輩がふと手から何かを垂らした。

 見るとそれは、うちの鍵だった。タヌキのキーホルダー付いてるし、間違いない。

 え、どういうこと。つまりこの人、わざわざうちに届けに来てくれたの?

「どうしたのよ、早く受け取りなさいよ」

「あ、は、はい。どうも、あ、あり、ありがとう、ござい、ます」

 一応素直に受け取っておく。なんだか、すごい気まずい。

「その、すいませんでした」

「私はあなたの教育係だから。出来る限りフォローするわ。明日も頑張りなさいよ。じゃ」

 そう言って、彼女はクールに去っていった。

 …………。

 先輩、カッコイイ!



 今日の学習事項。地球人は卓越した人心掌握術を持つ。

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