【UTAU小説モドキ】三角

@shita_b

第1話

 ぽろぽろと、空から三角が落ちてくる。こつんと音を立てることもなく、小さな三角は僕の髪に当たって、肩に当たって、それから下に落ちていく。三角は何を思うのか。落ちていく三角。雲の向こう、遠く遠くの向こうから飛んできて、僕に当たって落ちるだけの三角。あるいは僕に見向きもしないで落ちる三角。足もとのずっと下、街灯の傍を落ちていく三角は一瞬だけ照らされて消える。

 屋上の夜空は明るい。

 海面のようにうねる雲が街の生活を反射してぼんやりと光っている。うねりは穏やかだが大きい。人の一生なんて自覚もなしに呑みこんでしまいそうな、悠々と流れる雲。その合間から、三角は絶えることもなく落ちてくる。風がさわさわと音を立てる。

「またここですか?」

 背中の後ろからユフさんの声がした。

 僕は驚かない。人の気配には敏感なのだ。誰かが屋上に上がってくることは分かっていたし、足音がふわふわしてたから、今日はユフさんだろうと思っていた。

 ユフさんはそっと僕の隣に立ったまま、柵越しに街明かりを眺めている。そんな気配がする。

 こうして黙っていても心地よい空気を作れるユフさんがうらやましい。僕はそういうのが苦手だから、何かあると、こうやって一人になりに来る。何もなくても、一人になりに来る。

 ユフさんが手を柵の先に伸ばして手のひらを上に向ける。空から落ちてくる三角がぽろぽろと彼女の手に溜まって、溜まったそばから消えてなくなっていく。

「初雪ですね」とユフさんが言う。

 初雪なのか、と僕は思う。三角の雪は変わらず僕の髪や肩に当たって落ちていく。雪はこんな風にぽろぽろと落ちるものだっただろうか。と自分で考えておきながら、割とどうでもいい。でもユフさんが隣にいるからきいてみる。

「雪って三角だっけ」

 少し間があって、「雪は六角形ですよ」とユフさんは答える。

 そうだった、そうだったよな、と思う僕の目端を三角が通り過ぎていく。

「でも、三角の雪もいいかもしれませんね」

 ユフさんは包み込むように言う。大人だ。

「――だって三角なら、大きなかき氷おにぎりが作れそうですよね。ふふっ」

 こういう大人にはなりたくない。

 でも、好きな物があるのは良いことだと思う。僕にはあまりないから。

「三角がさ、」と僕は言う。「三角がさ、落ちていくんだ」

 ユフさんは黙っている。少し言葉足らずだったかもしれない。でも僕は一度出してしまった僕の言葉をうまく言い直せない。性格的に。

「三角形の雪が、積もらないっていうことですか?」

「ん」

 ちょっと違うけど、まあ、いい。

「ココさんの中では、雪は三角で積もらなくて、かき氷みたいにころころ転がっていくもの、ってことですか?」

「んー、うん」

 だいぶ違うけど、まあ、いい。

「じゃあ、おっきいかき氷おにぎりができますね!」

 ユフさんは心底うれしそうに目を輝かせて言う。ダメだこの人。そう思って顔を下に向けると、落ちていた三角が目に入った。僕はそれを無視したが、ユフさんはそんな僕を見逃さない。

 ユフさんはそれを拾い上げ、僕の方をまっすぐに見て言う。

「ココさん。落ちてますよ、髪飾り」

 三角形の厚い金属だった。雪と違って、もともと三角の形をしている。くすんだ金色は銀細工を連想させる。一辺が小指くらいの長さのそれは、ついでに言うと、磁化している。

 ユフさんが咎めるような笑顔でそれを差し出すので、僕はそれを受け取らないわけにはいかなかった。

 表面についた砂鉄をこすり上げ、角のところでつまみ取る。これをしないまま髪につけるとユフさんが怒るから仕方なくする。面倒だ。でも、ユフさんが怒るともっと面倒だ。僕はそれを髪の後ろにつける。髪は短いから、本当は髪飾りなんていらないんだけど。そういうと皆はきまって「尻尾みたいでかわいいから」と反対する。

 だからこの日も、おとなしく髪飾りをつけた僕を見てユフさんは満足げに微笑み、僕に手を伸ばしてこう言った。

「寒いでしょう。帰りますよ」

 その手を取るのがなんとなく恥ずかしかったから、僕は黙って柵を乗り越えた。ユフさんは何も言わずに見守ってくれた。


 帰り際に見つけた雪の結晶。

 前を歩く三つ編みについたそれは、確かに六花の華だった。










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