第13話
人々は、飢えていた。
二年ぶりの飢饉によって冬の蓄えは乏しく、外から食物を得ようにも真白の雪が降りしきる小さな村はとても貧しかった。
そして、その日はとても寒い日だった。
人々は飢え、子供達の泣き声に皆が苛立っていた。
「これ以上は耐えることはできない」
石造りの家々と、くべられた炎が乏しく燃える街頭の下で男たちは言った。手元にあるものすべてを売り払ってでも、食料を確保しなければ春を見ることは出来そうにない。
とはいえ、自給自足で日々を食いつないでいる彼等に人の目を惹くようなものを持っているわけは無い。
「やるしかない」
吹雪に混じる声は、寒さとはまた別のもので震えている。
「奴らは異能有石者だ、ニンゲンじゃない。動物を狩るのと変わりはないさ」
口々に免罪符のようにそう呟いた男たちは、村の外れでひっそりと雪の中に埋もれる家屋に視線を向けた。
身寄りの無い子供達が集まる孤児院。そこには結晶を有した子供達も大勢いる。
手に農具をもち、濁った瞳を交し合う男たちの標的は……高く売買される人の身より出る結晶。
一面に広がる白い景色を溶かすように、炎は猛々しく灰色の空に立ち昇る。
溶けても降り止まない雪はそのままに、事切れた命だけが灰燼に帰してゆく。
その様子を、金色の髪の少年達は呆然と見ていた。いや、実際には今にも飛び出してしまいそうな勢いだったのを、後ろに立つ年長の少年が押し留めているにすぎないが。
ひもじさに泣き叫ぶ多くの弟達をあやそうと枝葉の落ちた山へと入っていた少年達は、眼下で起こる異常な事体に何も言葉を発せずにいた。
何が起こったのか、瞬時に理解するには彼等はまだ幼く難しかったが、とても許しがたいことが起こったのだということだけは本能で感じていた。
火の手が上がってから間もなく、村の門から幌馬車が出てくる。馬を操る御者の顔は青ざめてはいたが、罪悪といったものは見られない。それを取り囲む人々もまたそうだ。
彼等は己が行ったことを罪とは思っていない。
「……」
少年達は互いに視線を合わせる。自分たちの居場所に火をつけたのは、奴らに違いないと。彼等はそのとき、まだ知らなかった。
大人たちの所業……その、罪を。
◇◆◇◆
村は沈鬱な静けさに包まれている。
火の手は消えたとはいえ、空気はいまだ熱く。
周囲の景色はモノトーンの侘しい色合いが広がり、再度滅びを与えられた人々の焦燥感を煽るばかりだ。
「……くそっ」
焼け落ち……炭となった家屋が砕け、消えずに残っていた火の粉が舞い上がる。それをナグルファルの甲板の上から見下ろしたクローセルは、ギリリと奥歯を悔しげに噛み締めた。
「頭にきてるのは分かるが……落ち着け。こればかりは、一人じゃどうにも出来ないことだろう?」
「わかってる。けどさ、嫌なんだよ……こんな景色を見るのは。思い出しちまう。
それに、リエルだって……助けるって決めたのに!」
行き場の無い激しい感情を拳にこめて、縁に叩きつける。痺れるような痛みが骨まで響くが、それよりもまだ怒りのほうが強い。
そんなクローセルに肩をすくめ……しかし、理解できなくも無い弟分の行動に軽く頭を小突いてレイナンは言った。
「そうしないために、いまここに、ノルシリータにいるんだろう?
それに、まだ終わったわけじゃない。あの時みたいに……な」
異能有石者への差別はどこにいても変わらずに厳しい。そんな中、彼等が身を寄せるノルシリータは人と有石者の区別無く、一つの社会として存在している。偽善だと呼ばれることも少なくは無いが、むしろ分け隔てる世界こそ間違っているとクローセルは思う。
多くの命が失われる最大の理由は、それなのだから。
「聞いていた噂どおりのところだな、ここは。人と有石者が共にいるとは」
「……?」
少し疲れが感じ取れるかすれた声。振り向けばそこに、怪我人の治療に当たっているはずのジュテルニの姿があった。
「ど、どうしたんだよ。その怪我」
「……軽く石を投げられただけだ。見た目よりも深くはないから問題ない」
他人の血糊のしみこんだ白衣を脱ぎ、船外へと放り投げたジュテルニは、血の滲む頬に手を添えた。
直後、彼の胸元が淡く輝く。
「異能有石者なのか」
レイナンの言葉にジュテルニは無表情に笑い、頬の血を乱暴に拭った。生々しい傷痕はもうそこにはない。彼の持つ力だ。
「後天性の……だがね。
ペダさんのお孫さん、彼女と同じ治癒能力のある青の結晶をもっている。医者にはうってつけの能力……といいたいが、あまりそうでもないな。わたしが異能者だとわかったとたんこれだ。
まあ、何れ騒ぎを聞きつけた本国から救援が来るだろうから、一人ぐらい医者はいなくても平気だろうし、むしろ君たちこそ医者が必要なのではないか?」
「歓迎しよう、あとでうちの船長に挨拶していってくれ」
「……ちくしょう」
異能者に対する人々のイメージを、そのまま形にしたようなヴァラクタ。
理不尽なまでのその攻撃に感情が高ぶっているとはいえ、孤島に滞在するただ一人の医者であるジュテルニに助けられたものも少なくは無いだろうに、彼に対する人々の仕打ちは理不尽なものがありすぎる。
「仕方ない……と、言いたくはないが。今の世界は確かにこうだ」
低い振動音が熱された空気を揺らしてきらめく廃棄光が小さな島にひろがり、待機していたいくつもの飛行帆船が空へと向って一斉に発進してゆく。
逃げ帰るのではない、奴らを追いかけるためだ。
「だからこそ、変えなきゃいけないんだよ」
それらに少し遅れるようにして、ナグルファルも浮上をはじめる。
「でも……それはあいつらのような方法じゃあ、だめなんだ」
気流にふわりと髪が煽られる。耳元では囁くように、リエルからもらったスカーフの飾りが音を立てた。
「ジュテルニ先生、だったか。聞きたいことがある」
「何だ?」
「……晶化症という病気、知っているだろうか?」
レイクアッドで捕らえた――その後の身柄は、警官に預けた――男から聞き出した話を思い出して、レイナンは遥か遠くに在るはずのヴィーグリーズを睨みつける。
島を浮かす大結晶を一つや二つ奪ったところで、あれほどの威力をもつ結晶砲を船体機能を維持したまま撃つのは難しい。
ナグルファルも古代船なので結晶砲は装備されてはいるが、それは最大出力で使われたことは無い。それほどの出力をだせる純度を持つ結晶を持っていないからだ。
「晶化症……人体結晶化症候群か」
「人体結晶化? なんだよ、それ。結晶になっちまうってことか?」
「察しが良いな、ヒヨコ頭くん」
「……?」
正解だと、答える声は冴えない。
「サルヴェリオ地方に昔からある風土病で、出身者は必ず晶化症の因子をもっている。
わたしはそれの研究者だった……発病する前まではな」
もっていた医療鞄を足元に置き、風に流される髪を押さえつけてジュテルニは続けた。
「結晶化した人体は、島を支える大結晶よりも純度が高い……つまり秘めたる力が強大だということだ」
上空で一端停止した船団は、一斉に東の空へとその船首を向ける。
「彼女を……リエルを連れ去った理由は、それだろう」
親の手がかりとなるはずのペンダント。それがもし本当に両親が残したものであるとしたら、彼女もまた晶化症の因子を持っているということになる。
「結晶化したら、どうなるんだ?」
やっと絞り出した声は、よくない予感に情けないほど震えていた。
「それは……死と同等のことだ」
「――」
その言葉に、クローセルの脳裏が真っ赤に染まる。しかしすぐに震える手をぎゅっと握り締め、浮かんでくる血生臭い記憶に歯止めをかけた。
今は過去の記憶に臆しているわけにはゆかないのだ。
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