第12話

「シューヴィッツ」

 その船団の中に三本のマストをもつ古代船ナグルファルの姿を見つけたクローセルは、曇ったその表情に光をともした。

 その期待に応えるように、砲撃が一斉に開始される。

 飛び交う砲弾が残す細長い紫煙、火花を散らして落ちてゆく両者の船。にわかに騒がしくなる空に、蹂躙された村が震えた。

 一つの巨大な戦艦と、多数の空賊船。

 数のうえでは空賊達の方が明らかに有利ではある……しかし。

「なんだ、あの光……」

 地上に残る手下らに信号弾を出し、高度を上げたヴィーグリーズの船体に淡い輝きが走る。

 その滑らかな壁面を舐めるように無数の光線がうごめき、模様を紡ぎあげてゆくのだ。

「まずい」

 それを見て呟いたのは、血の気の無い唇を噛み締めたツァリスだった。彼の視線は頭上の戦艦の船首……ゆっくりとせり出してくる砲門に向けられていた。

 言いようの無い緊迫感を感じた肌が乾くのを、クローセルは感じた。言葉はかすれ、漠然とした予感が警鐘を鳴らしている。

「――まさか、結晶砲?」

 疑問は形となって証明される。

 音の無い衝撃が僅かに残っていた結晶花を根こそぎ吹き飛ばし、空が人工的な輝きによって白く塗りつぶされた瞬間――空は無数の朱によって艶やかに染められた。

「そんな……」

 ヴィーグリーズから放たれた強大な一撃により、東海の空賊はその勢力の三分の一を、一瞬にして失ってしまった。


 ◇◆◇◆


「これこそが、ヴィーグリーズの……我の力!」

 空を無造作に凪いだ一撃はそれだけでは収まらず、ついでとばかりに、辛うじて海の上に浮かんでいる小さな島の一端を乱暴に抉り取って収束する。

 火花が散り、火柱が上がり。悲鳴が沸き起こる中、エルモアはそれら全てを見下ろして恍惚とした笑みを浮かべた。

「これが、ヴィーグリーズの……我々の力の一端というわけですか」

 ちらつく光の洗礼に目を細め、ファンゼンは広い甲板を流れる風にそう呟いた。

「そうだ。

 失われたと思っていたモノが戻り、船……いや、結晶たちが興奮しているのだ」

 エルモアは手下によって船内へと運ばれてゆくリエルに視線をやって、さらに上機嫌になって言った。

「コレを上手く使えば、さらなる破壊を忌むべきモノどもに与えてやることもできよう」

「エルモア様、あなたは……あなたの望むようになさればいいのです」

「歴史の流れはその腕を我に伸ばしている」

 重たげな笑みを太い喉から絞り出し、エルモアは艶やかな空に背を向けて運ばれてゆくリエルの後を追った。

「全ては、あなたと共に」

 ファンゼンは一礼し、踵を返す。

 そして、爆音を上げながら瞬く空を凝視しているベルデへと歩いていった。

「どうしたのですか、ベルデ」

「ファンゼンさま」

 ベルデは、感情に揺れる青い瞳でファンゼンを見返して言った。

「私……」

 見開かれた瞳の奥で揺らぐ感情は、大人びた雰囲気をもつ彼女を十六歳の少女へと戻す。

「これが、あの方のやろうとしていること。

 エルモア様のそれは支配ではない――根絶なのですよ、ベルデ」

 虚ろな瞳は淡々と。

 その表情と同じく、何の感情も無い声はそう言った。敵対する東海の空賊と共に消えていった同胞を悼むような感情はそこに無い。

「……でも」

 体が震える。

 目の前で一瞬にして光になった無数の命。痛みも、呪詛の一切も残すことを許されず存在を抹消される理不尽な運命。

――感じているのは恐怖だった。

 ベルデは押し黙り、降り注いでくる火の雨によって赤く染まってゆく島を見下す。

 それは十年前、空から見下ろした景色とおなじものだった。

 彼等……ファンゼンが聖堂の地下室から連れ出していなければ、自分は死んでいた。

 たとえそれが両親を殺した男だとしても、彼の気まぐれが無ければ迫る炎に焼かれて死んでいたのだ。それは、事実。

 だからこそ、見放された石もちたちは日々飢えていきている。

「こんな」

 しかし、沈む島々を船から見下ろしていた十年前のその心は、恐怖で震えていた。決定的な死を前にする最後の悲鳴は、それが彼等の罪だと嗤うことを彼女に許さなかったのだ。

「わからない」

 どうしたらいいのか。忘れてしまったと思っていた祖父の顔、色鮮やかな島の風景がいまさら彼女の記憶のなかに蘇る。 

 ――これは、後悔なのか?

 応える声は無く、追いかける手は側にない。今は、まだ……


 ◇◆◇◆


――オカエリナサイ――

 脳裏に反響する声。

「……ここは?」

 聞いた記憶もないのに妙な懐かしさを覚える囁きに導かれて覚醒したリエルは、眩い光が揺れる天井をぼんやりと見上げる。

 投げ出した四肢はとても重く。上手く体を持ち上げることが出来ずに、呼吸さえも苦しい。

 それでもじっとしているわけにはゆかないと、苦しさを押し殺し立ち上がった彼女に声が響く。

――オカエリナサイ――

「また?」

 バランスを崩しそうになる体を、球状の室内に渡された鉄橋の手すりで支えてリエルは響いてくる声を探すが、ここには彼女以外には誰もいない。

 緩くカーヴした天井に揺れる光の紋様、それを見上げた彼女は、まるで海の中にいるような錯覚を覚えた。

 ……眩暈がする。

「――ひっ!」

 引寄せられるように下に向けた視線。そこに映りこんできたモノに、のどに引っかかるような短い悲鳴が上がる。

 足元の光の海。結晶水が満たされた湖の中に、幾千とも知れない結晶の柱が沈められているのだ。

 いや、それは柱などではない。

「――人? でも」

 力なく下がった両手が、耐えきれない恐怖に小刻みに震える。

 そこに在るのは人。硬質化……いや、結晶化した大人から子供、女や男や老人とありとあらゆる人間達。

「そんなに恐がるな、ソレはお前の同胞なのだぞ」

 カツン、カツンと鉄橋を揺さぶりながら現れた男に、リエルは緩慢な仕草で視線を持ち上げる。エルモアだ。

「それは……どういう……?」

 力の抜けた膝は体重を支えることを放棄し、身体はずるずると崩れ落ちてゆく。

 ゆっくりと深く上下する胸元で、結晶花の胚が埋め込まれたペンダントが揺れる。

 室内に満ちる光を反射するそれと同じものが幾つも、呆然としている彼女の足元……光り輝く湖の底でちらついていた。

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