第7話
「情けないわね」
赤や緑、黄色や青といった光の色に満たされた部屋に、皮肉げな女の声が響いた。
カッサンドラ・デオスラーバ。
異能有石者で構成されているヴァラクタの中で、唯一生粋の人間である彼女は、糊の利いた白衣の裾を乱暴になびかせて、狭い部屋を圧迫するように乱立しているガラス菅をひとつひとつ調べてゆく。
磨かれた床から突き出し、そのまま天井へと突き抜けている巨大なガラス管の中身は、結晶堂に満たされている結晶水だ。
巨大な戦艦を空に浮かべるそれは白い気泡をはじけさせながら、絶えることなく艦内を巡っている。
「ここまで来ておいて、目的のものを取り逃がすなんてね」
『少々東海の空賊を甘く見すぎていたようだ。
……カッサンドラ』
「気安く呼ばないで頂戴」
癖のついた長い黒髪を手で撫でつけたカッサンドラは、ふくよかな唇に犬歯を立てて小さく呻き、机の上に備え付けられている水晶板を……正確にはそこにうつっている男をにらみつけた。
「障害布のことだったら、無駄よ。
私は古代船の研究家であって、帆船技師ではないの。破れるなり穴が開いたなりの些細な損傷ならまだしも、帆の半分を砲台ごと吹っ飛ばされているのよ? 直せるわけがないじゃない」
『それぐらい、貴様なんぞに聞かんでも分かる』
「……じゃあ、何よ?」
機械を通していても薄れることの無い、凍てついた威圧感に出かかった悲鳴を危うく飲み込み、体を硬くした。
『奴らは、呼んでいるか?』
尊大な口調。
全てを見透かしているのではないかと錯覚さえ感じさせる鋭く光る琥珀の瞳と、顔の左半分を抉るような傷痕……そこに埋まる緑色の小さな結晶。
山のような筋肉に包まれながらも、鋭利さを失わない姿態の持ち主は、空賊ヴァラクタを支配する絶対者……エルモアその人だった。
「それならそうと……言いなさいよ」
射すくめられ弛緩する体をガラス管に預け、カッサンドラは噛み締めていた唇を開いた。
その男の容姿はとにかく恐ろしい。
「この町に着てから、共鳴が強くなったわ。これほどの反応があれば、たとえ地の裏にいたとしても、探し出せる」
『地の裏……ふふふ、地の裏でもか!』
声を上げて、エルモアは嗤う。
大きく動く喉もとには、鈍色に輝く円形の金属片が不気味にうごめいている。
それは、信管こそ外されているものの、特殊な囚人……つまりは異能有石者に施される戒めだった。彼は自身の怒りを表すようにそれを隠すことなく、他者の目に突きつけていた。
それは、何も彼だけではないが。
『ならばどこまでも追いかけてくれよう。すべては我々が望む世界を築きあげるためだ!』
「せいぜい頑張って頂戴。お望みのものはデータで送るわ」
深い感情に染まった恐ろしい瞳に自分の姿が映りこんでしまわないうちにと、カッサンドラは一方的に通信を切って、そのままずるずると崩れ落ちた。
「そう……やってもらわなければ困るわ。
完成を待たずに封印された、統一戦争後期の古代船ヴィーグリーズ。私が望むのはその完成。そのためには想像を絶した動力が必要不可欠」
彼等がやっていることは知っている。燃え上がり、墜落する町に何も感じないといえば嘘になるが、同情や後悔よりも執着の方が先んじていた。
思いを遂げるためには、なにものをも省みない。それに、彼女には不条理な力に押しつぶされる同胞達に特別な感情を抱くことが出来ないのだ。
その理由が、彼女にはある。
「そうよ……ただ、それだけ」
気を張りすぎたために、どっと押し寄せてきた疲労感に大きなため息をついて、泡を吐き続けるガラス管に視線を向ける。
有色結晶を溶かした色とりどりの液体はどれも美しく、彼女の精神を魅了してやまない。
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