第6話


「町中で迂闊に砲撃は出来ないな」

「立ち去るつもりなら、このまま行かせてやればいいさ。今は逃げ遅れたヴァラクタの残党を退治するのが先な上に、船の修理も必要だぞ……ジャスティ」

「とんだ出費だな」

「同感と言いたいところだが……今は嘆いてくれるな」

 飄々とした声はそのまま、しかし端整な顔には苦渋を浮かべ、腰まである長い髪を深緑の色に染めた空賊ノルシリータの船長シューヴィッツ・ロアノークは、鮮やかな手際で退いてゆくヴァラクタを睨んでため息をついた。

「しかし、何故だ?」

「わざわざ海を越えて暴れに来た……ってのじゃ、説得力はあまりないか」

 見渡す景色は酷いもので、祭りのための飾りは惨めに黒く煤けて力なく垂れ下がり、歓声の変わりにあちらこちらで火の手が上がっているものの、大陸はいまだ空の中にある。

 大結晶の安置されている祠に続く道があるとされているレイクアッドの庁舎も、彼等が想像していたような被害はないようだ。

「……とにかく、空は手勢の多いロンバースに任せておいて、私たちは地上で持ちこたえている警備隊の応援に向うか?」

「それがいいだろう。面倒を掛けてくれるガキ共も探さなくちゃならないからな」

「よし」

 計器類に囲まれた座席に腰をすえている白髪の男……ジャスティに頷き、前合わせの上着を止めている腰帯に挟んでいる剣を鞘ごと引き抜いた。

「船は任せたぞ、ジャスティ」

「任された。……久々に剣を振るからって、怪我なんかしないでくれよな」

 様々な情報を映し出す画面から視線を離さず、しかし、しっかりとからかってくる片腕に、シューヴィッツは緊張感の無い奴だと肩をすくめた。

「それとだ……あの馬鹿でかい船だが、何とか追跡できそうだ。

ハイサルートの主砲で、妨害布どころか左側面の武装も丸ごと持ってかれているからな、俺たちの目を欺いた時のようにはいかないさ。

図体がでかいってのも困りもんだな、あの規模の船を修復するのはかなり骨の折れる仕事だぞ」

「そうか。よかったな、ウチはそこそこの大きさで」

「だからって、第二マストは痛いぞ」

 ため息混じりに言って、シューヴィッツは己も戦場へ向うために重い足取りを一歩踏み出した。それとほぼ同時だった。

「通信です!」

「ロンバースか?」

 通信士の声に足を止めたシューヴィッツは、手近にある水晶版を覗き込む。

 そこには船外の様子が映し出されており、柱のように灰色の煙が立ち昇る空の中心に一つの黒い点がうつる。飛行帆船の船影だ。

「いえ、違います。なんだ……収容しろって?」

「この声、レイナンか。後部収容口を開けてやれ、ジャスティ」

「了解」

 ジャスティの復唱と共に、船体が微動する。

「レイ、町の様子はどうなっている?」

 収容が無事完了したのを確認したジャスティは、舵の側に取り付けられている円形の水晶版の電源を入れる。

 ゆらゆらと数度光が瞬いて映し出されたそこに、酷く焦った様子でこちらを見上げる顔があった。

「見ての通りだ。それより」

 言葉少なげに答えるレイナンの硬い声に、水晶版を見つめる大人たちが異変を感じて表情を強張らせる。

「レイ」

 水色の目を悔しげに細めるレイナンの側に、あるべき姿がないのに気づいたジャスティの声が艦橋に響く。

「クローセルはどうした?」

「奴らに……浚われたのかもしれない」

「なんだって?」

 言っている本人も、確証は持っていないのだろう。向けられる視線には迷いが残っている。

「なぜ……そう思うのだ、レイナン?」

 落ち着いたシューヴィッツの声が、ゆっくりとレイナンに言葉を促す。

「ヴァラクタの空賊の一人を捕らえたんだが……奴らの目的は、レイクアッドの大結晶じゃない。

 奴らの目的は――」





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