6-16 林映子の大暴露大会


 優佳さんは生徒会書記として入った私に、丁寧に生徒会の仕事を優しく教えてくれた。


 もちろんそれもそうなのだが、一番優佳さんを近くに感じたのは纏場を怒鳴ってしまった後のことだ。


 私は隠し事を明かしてくれないのは、纏場が心を開いてくれなかったと勘違いし、それに拗ねた自分の心を正当化するため隠し事をする人は友達じゃないと罵った。


 それに気付いて後悔する私を、優佳さんが許してくれた。優佳さんを深く慕うようになったのはそれからだ。いつだって優佳さんを好きな私だったし、いつからか優佳さんみたいな素敵な包容力のある女の人になりたいって思ったんだ。


 もちろんいまも変わらないままなのだが、近くにいることで少し友達感覚が強くなったかもしれない。


 けどいまでも変わらず優佳さんは私の目指したい女性像であることには変わりない。

 そしてその優佳さんに第二ボタンをくださいと言った、言ってしまった時の私の気持ち――



「うん、間違いなく惚れてしまったとしか思えないわね」


「……それはトッシ~に惚れていたというコトに気付いた宣言とみてよろしいか?」


 華暖がイチゴサンデーの入っていた容器を逆手に持つ。


「違う」


「じゃ、なんなのよ! 本当にめんどくさい里イモね!」


「里イモ言うな!」


「お客様、他のお客様もいらっしゃるので大声を出すのは……」


 知らない間にディナーの時間になり、家族連れの客も多くなっていた。そしてその中で大声で罵り合う女子高生二人……


「す、すみません。気を付けます」


 私は肩をすぼめて店員さんに頭を下げる。華暖は素知らぬ顔でスマホをいじっていた、あなたも一緒に頭を下げなさいよ。


「で、結局ど~すんのよ、まるで話に収拾ついてないけど」


「それについては申し訳ないと思うけど」


 結局、話は一周して好意とはなんなのか? みたいな人類全体の命題みたいな話にしかたどり着けなかった。


「まあ、いいわ。結構アンタもイモなりに面白い人生送ってんだなって、それがわかっただけでもよかったわ」


「しつこいわね、この……贅肉女」


 私は華暖の胸を見て、声を小さくそう罵った。


「暴言がヘタクソなのよ、言うならもっと思い切って言いな。デブ!とか」


「だってあなたが本当に体重のことを気にしてたら、申し訳ないじゃない」


「…………いまのはちょぉっと、効いたわねぇ」


 華暖は凄みの加わった苦笑いを浮かべている。


「ちなみにさ」


「なによ?」


「中学時代の優佳さんってど~だったの? アタシが知り合ったのは高校入ってからだからさ」


「そうね……すごい、優しい人だったわ」


「ま、それは想像つくケド」


「優佳さんに会って、人生観が変わったわね」


「すんごいじゃん、そんな仲良かったんだ?」


「……纏場と気まずくなった後は、唯一の友達みたいな感じだったからね」


「エーコ、根暗で友達いなそうだしね」


「余計なお世話。でも優佳さんのおかげでいまの私があるって言ってもおかしくないわね、本当に感謝しても感謝し切れないくらい」


「へ~」


「私は優佳さんに憧れて生徒会長になったの……もちろん他にも理由はあるけれど」


「すごいじゃん。だってアンタ全校生徒の前に立って話すのとか、そ~ゆ~の苦手そうだけど」


「うん、それは結局最後まで慣れなかったわね。カンペなしじゃ頭真っ白になってなにも喋れないし、夕霞中ワーストの生徒会長だったと思うわ」


「そんなことないでしょ。少なくともアタシが覚えてないってことは、悪目立ちした印象もないってことよ」


「そう言ってくれると、少し楽になる」


「別に褒めてないし」


 お互い笑うでもなく、照れるでもなく。

 華暖はさりげなく淡々と褒めてくれたのに対し、私は自然に華暖の気遣いに感謝できた。いままでになかった感覚で、こういうのいいなって思う。


「ともかく優佳さんみたいな立派な生徒会長になりたかった、優しい女の人に。だから後輩にはうんと優しくしたつもりだと思うし、それなりに慕われもしたと思う」


「いいじゃん、キレ~な話だと思う」


「ありがと。優佳さんは卒業した後も私のこと気に掛けてくれたし、元会長として色々アドバイスもくれた。学校では会長だったから肩ひじ張ってたけど、優佳さんと会った時はすごい話聞いてくれるから甘えちゃってたわね」


「そなんだ。あんたも人にしっかり甘えたりできんだね」


「うん、それは私にも新しい発見だった。そして同時に気付けたの、私こういうお姉ちゃんが欲しかったんだって」


「確か妹がいんでしょ?」


「よく知ってたわね」


「……ちょっと、こないだ話すことがあってね」


 華暖は頬をかきながら少し気まずそうにしている、なにかあったのだろうか?


「私には一人妹がいるの。それまではあまり姉妹間で話をすることがなかったけど、それも優佳さんと会って考えが変わった」


「というと?」


「絵里にとって優佳さんみたいな、いいお姉ちゃんじゃないよねって」


「……ふうん?」


 華暖は頬杖付きながらも、真面目な顔でその話を聞いてくれた。


「私、自分のことしか考えてなかったのかなって。絵里にとっての私ってなんだろうって。もし私みたいに誰かに甘えるが場が欲しかったとしても、絵里にとって私はそれになれてないよなって」


「それで、いまは仲いいんだ?」


「うん、すっごく仲良くなった。私、いまでも後悔してる。なんで私にこんなかわいい妹がいたことを、いままで見ないふりしてきたのかって」


「後悔なんて言うなって、いまが良ければそれでい~じゃん」


「うん、だからそれに気付かせてくれた、優佳さんには本当に感謝してもしきれない」


「そっか」


「でもね、優佳さんと会うたびに私にとっては少しイヤなことがあったの」


「ふうん」


「うんざりするくらいね、纏場とのことをノロけるの!」


「へ~マジ?」


「って華暖、ちゃんと聞いてるの?」


「あ~聞いてる聞いてる」


 そう言いつつも華暖はLINEでも返してるのか、スマホを見ながら返事をする。


「なにか事あるごとに『サトシがね~』って! 誕生日プレゼントになにくれたとか『サトシったらなかなか目が覚めなくて』とか、挙句の果てには初キスした時の感想まで!」


「はぁ、それは聞かされる側も大変だね~」


「ね!? ひどいでしょ? いまはせっかく私と会ってるんだから、少しでも私の話を聞いて欲しいのに!」


「そだね~」


「だから私聞いたの! 纏場と私、どっちのことが大切なんですか!?って」


「え……マジ?」


「そしたらどっちも大好き。エーコちゃんは特にいつも頑張ってるところが好きって言ってくれたの!」


「……で?」


「私、もうそれが嬉しくてね。私も優佳さんのこと大好きですって言っちゃった!」


「あ、そう」


「だから、正直纏場には謝りたいとは思っていたけど、少し怒ってたかもしれない。こんないい人を独り占めするなんて! って」


「さよか」


「それでね!」


「あ~……ちょっとストップ」


 華暖は両手を前に突き出すポーズを取った。


「なによ?」


「で……まあその色々あって、エーコは卒業式の日に屋上でトッシ~に出会った?」


「うん」


「そしてアンタは理由は分からないけど、トッシ~の第二ボタンをくださいと言ってしまった、と」


「そうね」


「なるほど、ね……」


「ね? 不思議でしょ」


 華暖は私を憐れむような目で見たあと、下を向きながら首を横に振っていた。


「っていうか、さっきから私ばっかり喋ってたよね、悪かったわ」


「別にい~わよ……気付いたんならね」


「やっぱり話にちょっと飽きてたんでしょ!」


 その後どちらがドリンクバーに行くかでジャンケンをし、勝った私はブー垂れた華暖にグラスを渡し、ウーロン茶を注文した。


 昼に集まったけれど外はもう暗くなっていた、こんなに長いことファミレスで粘ったのは初めてだ。こういうのを女子会と言うのだろうか。こんなに自分のことを話したのは初めてだったし、顔がいやに熱っぽい。


 この熱っぽい感じはきっと……楽しんでるんだろう、この場を。自分のことを話すって、こんなにも気持ちいいものなんだ。


 最初の華暖のイメージはあまりいいものではなかったけれど、いまでは普通にイイ人だと思うことが出来る。華暖とは中学の時から知り合っていたら、いまはもっといい友達でいられたのだろうか?


 ……いや、きっとそういうわけでもない。

 もし中学の時に出会っていたら、きっと私が心が幼過ぎて、外見から彼女のことを忌避し、ロクすっぽに話もせず勝手に”嫌いな人”認定していたような気がする。


 そう言う意味ではいまの出会い方が理想的だった、イモとは呼ばれたくはないけど。


 悪友、とでも言うのだろうか。別に華暖のことを悪い人間と思っているわけではない。ただ面と向かって華暖に友達だということは、いやに照れ臭い。まだ会った回数こそ少ないものだが、彼女はなんと言えばいいのか、気の置けない関係とでも言うのだろうか。


 ちなみに”気が置けない”というのは”気を遣う必要がない”という意味であって”油断ならない”とか”信用できない”とかそう言う意味ではないからね? 受験生の林映子より――


 そして、気の置けない関係である華暖に話すかどうか迷っていることがあった。


 傑さんのことだ。


 これはいまの私にとって彼女に”相談したいこと”ではない。だって彼との関係は、その……上手く行っていると言っていいものだと思う。


 けれど私はこれを華暖に話さなければいけないことではないか? と言う強迫観念にとらわれている。


 だってそれは、私にとって……隠し事をしていることになる。私が纏場に対して怒ってしまったことのある、隠し事だ。


 でも、いまの私にはわかっている。これは隠し事ではなく無理に明かさなくていいものだと。私が話をしなくて後で華暖が知ったら「話してくれたらよかったのに」とは思われても、話さないことで怒られることは決してない。


 以前の話さなかったことで裏切られた、なんて思う私の方がおかしかったのだ。だから華暖に打ち明けなくったって、悪いことでもなければ、不義理でもない。


 でも、私はそれでいいんだろうか。私がそれで人に対して怒ってしまったことがあるのに、自分がそれを隠すことを、自分で許すことができるんだろうか。


 私が華暖の立場だったらどうだろうか? 華暖に彼氏が、好きな人がいるのにそのことを黙っていたとして私は怒るだろうか。


 怒るわけがない。いや、いまは怒るわけが無い。だから当然、華暖に傑さんとの関係を明かすことは義務ではないということだ。


 だから華暖にはそれを知らせなくても、悪いことではない……


「はいよ」


 華暖がウーロン茶入りのグラスを滑らせてくる。


「ありがと」


 私は軽く礼を言う。


「ね、華暖」


「ん?」


「私ね、纏場のことは恋愛対象じゃないみたい」


「聞いたけど」


「で……私は傑さんのことが、好きなんだ」


「…………うっそ~!?」


 華暖は満面の笑みで声を裏返らせた。大好物が出てきた動物みたいな勢いでその話題に食らいつく。


「ほんと。それでね、こないだキスしちゃった」


「うっそ! え、マジ!? すごい物件捕まえたじゃん!!」


 華暖の食いつきが、すごい。

 その声を聞いたら……私は少し口元が綻んでしまった。


「うん、そうなの……えぐっ」


「って、アンタなに勝手に泣いてんの!? ウケんだけど~!」


 だって、嬉しかった。

 私は華暖に話す理由は無いって結論に至った。でも、そんなのイヤだ。


 私は、隠し事をされるのがイヤな人間で、隠し事をしたくない人間なんだ。

 だから私は聞かれてもいないことをバカ正直に話してしまう。


 華暖がされて嫌なことはしないけど、私がされて嫌なことはしたくなかった。いまでこそ癇癪は起こさなくっても、隠し事をされて嫌な気持ちになる呪われた癖はなくならない。


 だったら私はこの呪われたままの自分で突っ走りたい。私が生きたいように、生きていきたい。

 そして話してみたら華暖は食いつくようにその話題を喜んでくれた。こんなの嬉しくないわけ、あるか。


 これからもきっと私は必要のない暴露を続けて、初めて聞いたことをいままで隠されていた……って、不機嫌になるのだと思う。

 でも、それがきっと私の、生き方なんだ。私の治らない、治そうとしない、私が一番取っていきたい生き方なんだ。


 願わくば傑さんにもこんなめんどくさい私を知っても、受け入れてくれる人であってくれますように――


「ね、ね、もうエッチはした? 初めてはバックがいいみたいよ~! 痛くないし、一番気持ちいいって言うし!」


「あなたは本当にそう言う話題ばっかりね!」


「あ~~~お客様~~~!!」


---


 流石に何度も店員怒られた私たちは間もなくして会計を済ませて外へ出た。


 私が華暖に振った傑さんネタにはだいぶ食いつきがよく、違うファミレスに行って続きを話そうとまで言われたが、もう二十二時近くだし明日も予備校があるので店の入口で別れた。


「次会った時にはエッチまで済ませんだよ~」とからかう華暖を尻目に、私は自宅に向けて足を進める。


 電信柱の街灯には虫がバチンバチン体当たりをし、近くの小学校のプールからはカエルの鳴き声が聞こえたけれど、いまの私はそれすらも夏らしい光景として好意的に捉えることができた。


 私は間違ってなかった、と思う。


 少なくとも、いまは間違わなかった。


 でも次も間違わないとは限らない。きっと同じことを繰り返し、また恥ずかしさのあまり頭を掻きむしりたくなることもあるだろう。


 けれど、少なくとも昔より大人になることができた。いまはそのことに酔っても怒られないんじゃないかと思う。


 結局、第二ボタンの件は分からず仕舞いだった。


 このことはいつか解決しなければならない。

 なぜそう思うかは分からない、それは私が電波を受け取ったからそう思ったとしか言えない。


 ……こうして考えてみると、私って実は相当イタい子なのでは?

 隠し事をされたら癇癪を起こすし、急に「私は纏場の事が好き」とか言い出すし、電波を受信したといってそれを行動指針にしている。


 虫の声に交じって、私の笑い声も夜空に吸い込まれた。なんにも縛られていないような解放感が私の体に包んでいる。


 傑さんとは正式にお付き合いを始めたわけでもないし、第一志望は未だにE判定だし、第二ボタンの件も解決しない。


 けれどもいまの私はなんでもできるような気がしていた。

 家に帰ったら冷凍庫の中にアイスの一本や二本入っていないだろうか、いまは無性にアイスを食べたくてしょうがない。


 そうして自宅が見えてきた頃、近くの電信柱に人が立っていることに気が付いた。


 近づくに連れ、その面影がはっきりし、私は自然とその人影に走り寄っていた。


 だってそこにいるのは、ここに居ないはずの人……


「優佳さん?」


「……っ、ごめん、エーコちゃん。今日泊めてもらって、いいかなぁ?」


 涙と汗で顔を濡らし、髪を額に張り付かせた優佳さんが、喉を潰した声で私にそう言った。

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