2-7 で、ナンでボクの家に来るんですか……?
「で、それでナンでワタシの家に来るんですか……?」
「いやあ、他に行くところも思いつかなかったんだよね」
大江戸君が少し、いや結構な度合いで迷惑そうな顔する。
それでもコーラを注いでくれるあたりは、彼の人柄というかなんというか……
まあ、僕も彼なら断らないでくれるだろうって、その人柄に付け込んだところがあるのは否めないけれども。
ということで僕はいま、大江戸君の家に来ていた。
大江戸君の家は国道を挟んで縁藤家の反対側、そこからさらにまっすぐ行くと坂を上るのだが、その中腹に立つ団地の中にあった。
小学生の頃は一時期仲の良かったクラスメートがここに住んでいたので、たまに遊びに来ていたが中学以降はご無沙汰だ。
彼の部屋は畳部屋の和室で、大きな本棚にたくさんのマンガ本、机の横にはノートパソコンがあり、そのプリンタの横に大量の新聞が重ねてあった。
おそらく家で取り寄せている新聞を参考に、部で作る新聞記事の資料にしているんだろう。
――僕はなんでも吸い込むピンク色のキャラクターをチョイス。
僕はレイカの家を出た。
あれから言い合いの熱は上がることも下がることもなく、お互いが黙り込んで終了と不完全燃焼のまま終わった。
もちろん、解決も進展もない。
「頭、冷やしてくる」
そう言って外出したものの、レイカのいるところにに戻るのも癪だな、と思っていたところ、夜道で大江戸君に遭遇した。
今日は家族とケンカして帰れないから、泊めて欲しいお願いしたところ、一時間ぽっちの交渉で快く了承してもらった。
「いやあ、大江戸君に拾えてもらえて本当に助かった」
「……」
「あ、もしかして邪魔だった?」
「今更、ソレ聞きます……?」
――相手のゴリラが僕のピンクを後方に投げ飛ばしステージアウト。
僕はもらったコーラを飲み干す。
「纏場サンって結構落ち着いてる人かと思ってましたケド、結構グイグイ来ますよね」
「最近まわりにパワーのある人間が多いから、それに影響されてるのはあるかも」
――そこですかさず前方スマッシュ!! あ、避けられた。
言いながら僕はここ最近のことを思い出す。
思えば優佳がいなくなってからの一か月は色々なことがあった。 そのことが僕に多少の変化を与えたとしても、不思議なことじゃない。
「最近はなんか必要に迫られるというか。状況だけが目まぐるしく変わって、僕も少し変わったのかもしれないな」
「ソレはいい方向にデスか?」
「いやさすがに優佳も見つかってない状態で、風向きが良くなったなんて思いたくはないけど」
「優佳サンが見つかるのが一番だとは思いマスけど、ソレ以外にも色々あるじゃないデスか?」
――フルパワーまで溜まったゴリラのパンチが炸裂、僕のピンクはまた一撃で退場。
「色々って?」
「そりゃあ色々デス。縁藤サンは大事な彼女サンかもしれマセんが、ワタシたちは高三だし、進路とか勉強とか考えるコトあるじゃないデスか?」
「大江戸君も結構つまらないこと聞くんだね」
「つまんナイことって言いマスけど、結構大事だと思いマスよ? 進路とか、家族とか、仕事とかって、本当に大事なものほどつまんナイもんでだと思いマスし」
「……」
――その瞬間、ゴリラの上方スマッシュが決まり、僕のピンクは星空になって試合終了。
「……大江戸君、スマ○ラ強いね?」
「纏場サンが弱すぎるんデスよ……」
「そりゃ、僕あんまりゲームやらないし」
「このトシの学生が部活もゲームもやらず、時間ナニに使ってんデスか?」
「バイトとか、休日は……優佳と過ごしてたりとか」
「典型的なリア充ってヤツじゃないデスか。……協力するのヤメたくなってきました」
「ちょっと、ちょっと!?」
リア充て。なんにせよそれは困る。
……だって優佳を探す生命線は、もはや新聞部だけといっても過言ではないのだから。
「ア、そうだ。纏場サンに伝えなければならないことがありまシタ」
「まだなにか?」
「これはもしかすると縁藤サンに繋がる情報かもしれまセン」
「……えっ?」
このタイミングでそんな大事なことを言い出した。
「ちょっと手がかりとしてはヒジョーに微妙だったので、部で吟味してからお伝えしようと思ってたんデスけど」
おいおい、それこそ僕が求めてた情報なんじゃないかよ。さっき夜道であった瞬間、開口一番でなんで伝えてくれないんだ。LINEでもなんでも伝える方法は色々あるだろ!?
「で、なんなの? その情報って!?」
僕は食い入るように大江戸君に詰め寄った。
大江戸君はのんびりと、いま思いついたようにパソコンを立ち上げる。
「ちょっと待ってクダさい、いまからそれをお見せスルんで」
パソコンの起動を待つ時間が永遠にも思える。
お見せするっていうと、新聞記事だろうか?ホームページ?それとも写真か?
その時、バッとデスクトップ画面が表示されるがそこには……
「ア゛ッ!」
アニメ(?)の女性キャラが、おっぱい丸出しでこちらにウインクしていた。
大江戸君は一瞬にしてかいた冷や汗を拭いながら、目線だけ振り返る
「ちょ、ちょっと待っててくだサイね……?」
……ここはそっとしてあげるのが親切なのか。
それともめちゃくちゃイジってあげるのが、正解なのか……
デスクトップの画面が切り替わり、太陽系の全惑星が表示された壮大な画像に差し替えられる。
「エっと、昨日エリからメールが届いたんです」
「エリ、っていうと、僕が出てる新聞の一面を書いたっていうエリちゃん?」
先日、僕の記事で気になることはないか?って不安そうな顔をして、記事を褒められると><な顔になっていた、ちんまいコを思い出す。
「はい、エリがおそらく縁藤さんのだろうってモノを見つけまシタ」
「優佳の、モノ……?」
落とす可能性のあるものとはなんだろうか。
でもそれはモノといっても、一概には持ち歩くものとは限らない。
なぜなら僕の部屋から優佳の物は一切合切、持ち去られてしまったのだから。
優佳が別のところで生活している痕跡を示すものなのか。
たまたま移動中に落としてしまったのか。
それとも、なにか事件に巻き込まれて出た、手掛かりなのか。
そう考えて僕はゾッとした。
事件……? そうだ、これは事件かもしれないんだ。
だって、一か月だぞ?
とてもじゃないけど、普通じゃない。
優佳は大人だ。子供の家出とは訳が違う。
最初はすぐに戻るつもりで置き手紙を残した。だから優佳の意志があるのは間違いない。けれどその後に予期せぬ出来事に巻き込まれて、戻ってくることができないんじゃないのか!?
「顔色が悪いですよ、纏場サン?」
「あ……」
「これがエリのメールに添付されてたものです」
「……………………それは」
「はい、ココの部分を拡大すると……ほら”縁藤”って書いてアルでしょう?」
エリちゃんから添付されてきた、そのメールに載っていたもの、それは――
「エリの家は工務店をやっていましテネ、移動には軽トラックを使ってるんデスよ、その荷台に片方だけ載っていたトカ」
先日、レイカが公園から打ち放った、片方の靴の写真だった。
ていうか高校生にもなって、靴に名前なんて書くなよ……
---
大江戸君は風呂に入り、僕は一人でテレビ番組を眺めていた。
けれど映っている内容に意味が感じられない。頭の中では全く違うことを考えていた。
先ほど頭をよぎった、最悪の想像。
優佳はどこか知らない土地で事故に遭ってしまい……死んでしまった?
身元不明の女性死体は、地域住民への確認と行方不明者との照合を行うが、捜索願も出ていない女性の身元が判明することはない。
その女性死体は腐敗が進み、証拠写真だけを残し警察の元で手厚く火葬が行われる。それで僕たちの関係は終わりだ。
出て行った優佳が悪いのか。繋ぎ止められなかった僕が悪いのか。
――優佳は死んでしまう時、どのようなことを思うのだろう。僕のことを頭の片隅に置いてくれてたりするのだろうか?
最後に置き手紙を残して死んでしまったことに対する僕への謝罪? それとも一人でしなければならないことを、最後まで完遂させてもらえなかった世界への呪い?
いや待て、勝手に殺すな。
そもそも優佳が死んでしまったなんて僕の妄想でしかない。
けれど優佳が元気にしている保証も、どこにもなかった。
……あれ? 僕が一番望んでいることは優佳が無事であること?
もし、仮に優佳が僕と関係ないことで、僕から離れていって、僕のことを思い出す暇もないとしてだ。僕が願うのは優佳の無事であること、だけ?
違う、僕が望んでいるのは優佳が帰ってくることだ。
……じゃあ帰ってきた時に、優佳が無事じゃなくてもいいって言うのか?
大怪我をして片手が無くなっていたとしたら。帰ってきたことだけに諸手を上げて喜ぶのだろうか?
違う、そんなはずはない。無事であることは絶対条件だ。
でも、もし優佳が帰って来なかったとして、僕は優佳の無事を祈るのだろうか?
だって”無事”と”帰ってくる”は別物だろう? じゃあ優佳に帰る意思がなければ、大怪我にあったってどうでもいい?
それも、違うだろ。じゃあ帰ってくることより、無事であることのほうが大事……?
なに言ってるんだ、馬鹿。
そもそも、それを比べること自体が間違っている。
いくらなんでも本当に自分を裏切った人だったとしたら、そんな人に対してまで「無事だけでいてくれればそれでいい」なんて思えるほど、僕はできた人間じゃない。
だって僕は、優佳の彼氏だ。
レイカが先日怒ってくれたじゃないか、怒る権利のある人間だって。
じゃあ、そもそも僕は本当に優佳の身を案じているのだろうか?
僕が一番怖いことは優佳が死んでしまったことより、優佳のいなくなった事情に、僕がまったく関われていないことなんじゃないだろうか。
どんなにボロボロにケガしていても、心に深い傷を負っていても、僕の元に優佳が帰ってくればそれでいいんじゃないのか。
では僕は、自分のために優佳が帰ってきてほしいと思っているだけなのか? 僕は自分が思っている以上に、残酷で独りよがりの人間なんじゃないのか??
……もうなにがなんだか、わからない。
そもそもこんな妄想したって毒にも薬にもならない。
でもこの一ヶ月でできた空白の自由時間は、本来は優佳と過ごすはずだった時間だ。
この時間で優佳のことを考えてなにが悪い。だからどんなにネガティブなことでも、優佳のことを考えていたっていいじゃないか。
……深呼吸をする。
僕はいまどうでもいいことばかり考えている。
頭の中では二人の僕が意見の言い合いをしている。どちらが天使か悪魔の意見かわからないし、善悪で判断することも間違っているような気もする。
でも、やっぱり優佳には会わなきゃいけない。
今回の失踪は全面的に優佳が悪い。
だって僕になにも相談せず、勝手に解決しようとしているからだ。僕たちはお互いを助け合いたくて、恋人という関係になったんではないのか?
であれば僕が優佳を探し出し、無理やりにでも介入する。
そうする権利が、僕にはあるはずだ。
それで見つけて話し合った結果、僕と道を違える結果になるのだとしたら、その時は口汚く文句の一つも言って、スッキリした気持ちで人生を歩み直せばいい。
……そんなの絶対に、イヤだけど。
十年来の付き合いになる、優佳。
その優佳と決別する選択肢を考える僕。そんなあっさりと決められる訳がない。
でも一月が経ち、そんなことを漠然と考え始めている。
そう考えると人と人の繋がりの薄さに、物寂しい気持ちになる。
人の心を繋ぎ止める方法なんて、どうしようもなく存在しない。
もし「また明日」って言った人とたまたま都合がつかず、一ヶ月会うことができず、気付いたら引っ越しをしてしまい、二十年後に死んでしまった連絡が来たとしたら。
それは明日死んでしまうことと大差がないんじゃないか、って。
優佳とは、そんな関係になるのが嫌だった。優佳とだけはそんなことが嫌だったから、恋人って関係で強く繋がったのに。
いなくなる時は、こんなにも唐突だ――
ふすまが静かな音を立てて開き、風呂上がりの大江戸君が戻ってきた。
水色の縦縞が入ったパジャマに身を包み、髪型をオールバックにして、首にタオルをかけている。
「纏場サンも入ります?」
「いや、そんなことよりスマ○ラやろ!」
自分の中に漂い始めた薄靄を打ち払うつもりで、いつもより高い声を出す。
「本気ッスか? もう一時デスよ」
「なんかそういう気分なんだよ」
「ホント、グイグイ来ますね」
そう言って大江戸君は○iiの電源を入れ、コントローラを握る。
なんだかんだ言いつつ、付き合いがいい。
「大江戸君ってゲーム上手いよね」
「好きデスからね、このシリーズは昔からやってマスし」
「でもその時間をもっと新聞書くことに当てたら、いまよりすごい記事書けるんじゃない?」
「……母親みたいなこと、イイますね」
大江戸君は少しバツが悪そうに頭を掻く。
「じゃあ纏場サンは、ゲームをする時間って無駄だと思いマスか?」
「うーん、無駄とは思わないけど……」
「こういうのは決してムダになりませンヨ」
僕はなんと言ったものか考えあぐねていると、大江戸君が画面を見ながら続きを口にする。
「新聞部は定期的に他校の新聞部と顔合わせをしてマス。その時にボクらはどんな話をしてると思いマス?」
「そりゃ新聞部だから、お互いの書いた記事の話をするんじゃないの?」
「もちろんしマス。でもそんなは話ばかりじゃ息が詰まるノデ。それ以外の世間話とか、仲良くなれる潤滑剤のようなものが必要になりマス」
確かに言われてみればそうかも。同じ学校の人間だったとしても、話題がなければ打ち解けられない。
この間の新聞部の打ち上げにおじゃました時も、部長と大江戸君が間を取り持ってくれはした。
だけど他の部員とは共通の話題がほとんどないので、残念なことについぞあまり話をする機会がなかった。
「ソコで重要なのがこういったコミュニケーションツールが大事デス」
大江戸君は○マブラを指差す。
「いまだったら一番重要なのはスマホのゲームなんかもいいデスね」
「スマホのゲーム?」
僕は右スマッシュを打ちながら怪訝な声で聞く。
「ハイ、スマホのゲームは身近にできる暇つぶしの一つデス。先日の経済新聞にもありましたが、高校生のスマホ普及率は九十パーセント以上になりマス」
「確かに、校内でスマホを持ってないっていうと逆目立ちしちゃうよね」
「だからそういうのが共通の話題になるんデス。いまじゃマルチプレイっていうのがアルんで、それで一緒に遊びだしたらとりあえずは仲良くなれマス」
「……なるほど」
なんていうか……色々考えてるんだな。
ゲームなんて所詮、ただの暇つぶし。最悪、ハマりすぎると時間を潰すためだけのもの、思っていたけどそういう考えがあるなんて。
「纏場サン、カラオケは行きマスか?」
「優佳と何回か、かな」
「コレも絶対に抑えておいたほうがいいデスよ。僕らより上の世代はスマホやゲームとかはいまより普及してない時代デス」
「確かに! よく会社の付き合いで飲み回が終わった後に、カラオケ行くなんて聞いたことある」
「ハイ、その世代の人たちの当時の娯楽ってなんだと思いマス?」
「それでいくとCD買ったりとか……後は歌番組とか?」
「惜しい、正解はテレビを見ることデス」
「テレビ?」
「ハイ。テレビの歌番組、ドラマの主題歌、アニメのテーマソング。全ては歌に通じ、そしてカラオケにも通じマス」
なんとなく分かるような気がする。僕は分からないことがあったらスマホで調べちゃうけど、昔はそういったものはなかった。
なんとなくテレビをつけ、その時やっている話題の番組をみんなが見て、翌日その話題で盛り上がって、そして自然と仲良くなれるのではないか。
「だからこれから仕事勤めをしたときは必ず役に立ちマス。できるだけいろんな人と行って、その世代の人が歌っていた歌なんかを把握しておいたほうがいいでショウね」
「……」
「ボクは見てて思うんですが、纏場サン」
「うん?」
「特定の人はとても仲がよさそうデスが、もっと広範囲の人と仲良くなられたら、世界が変わると思いまマスよ?」
「……」
僕はなにも言い返せなかった。
同い年である彼の言葉には、違う世界を精一杯生きてる人の知恵があった。
なんの根拠もなく、非常に自分勝手なのだけれど――
僕は大江戸君より優れている人間だと思っていた。
だけど、そんなことはなかった。人一倍、新聞部とその部をよくすることを考えていて、そのみんなと仲良くする方法を調べていて。
他校との交流や、これからのことに対してもしっかりした考えがある。
それに優佳のことを調べてもらうって……なんだ、それ?
新聞部が顔を合わせたこともない人物だぞ。
顔写真すら提供していない。
それなのに彼らは名前だけで各学校の知り合いに頼り、僕の代わりに情報を集めている。
僕が頼ったのは新聞部という組織ではなかった。
それは一組織の力が働いているから動いているのではない。
行ってしまえば、部長と大江戸君の人脈だけで、だ。
それに比べれば、僕の力のなんて非力なことか……
「……続けマス?」
気付くとキャラクター選択画面のまま考え込んでいた。
ゲームを続ける気は、もう起きない。
「いや、ゴメン。今日はもう寝よう」
大江戸君はゲームの電源を落とす。
暗くなったテレビ画面には、自信なさげな仏頂面の男がいつまでもこっちを眺めていた。
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